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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第六章 真実の土曜日
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真実の土曜日5

 亜美は暗闇の中で、温かな感触に包まれていた。

 なにが起きているのだろう。

 先程から自分を抱きすくめているこの人は。この手の感触は。

 亜美のよく知っている、あの手の感触と同じ――。


「ごめんね。亜美」


 つぶやくように発したその人の声は、やはりその人のもので間違いなかった。


「せんぱ……っ」


「しっ! まだしゃべらないで」


 彼女に口を塞がれ、亜美は言葉を遮られた。


「事情はあとで話すから、今はまだ静かにしておいてくれる?」


 亜美がこくこくとそれにうなずくと、彼女はすっと亜美の口から手を離した。

 そこは南校舎にある階段の踊り場だった。亜美の持っていた懐中電灯は今は消されていて、辺りは暗闇に包まれている。


 先程景子先輩たちを追いかけていた途中で、物陰から体を引っ張られ、亜美はここへと連れ出されていた。

 彼女は階段下から上の階の様子をうかがっていたが、そこに誰の気配も感じなくなったのかほっと息をついて、手に持っていた小さな灯りを灯した。それはキーホルダーになったミニランタンのようだった。

 その灯りに照らされた顔を見て、亜美は驚きよりも安堵の気持ちが心に広がっていくのを感じていた。


「さえ、先輩……」


 思わず発したその言葉に、彼女は今度はうなずきで返してきた。


「ごめん。いろいろ心配かけちゃったよね」


「先輩……。無事だったんですね。よかった……」


 じわりと目頭が熱くなり、鼻の奥が痛くなった。頭の中はこんがらがったままだったが、とにかくさえ先輩と無事に再会を果たせたということに、亜美はほっとしていた。


「亜美……。なんで泣きそうな顔してんのよ」


「だって、もう会えないんじゃないかって、ずっと不安で……」


「馬鹿。わたしはみんなに軽蔑されても仕方ないことしてたんだよ。怒ってもいいくらいなのに、なんでそんなお人よしなんだよ……」


 さえ先輩のその言葉に、亜美はずきりと胸が痛んだ。


「先輩……。じゃあ、やっぱり……」


「……うん。わたしはXの協力者だったんだ」


 さえ先輩のその告白は、予想していたとはいえ、やはりショックだった。


「でも、なにか理由があったんですよね。そうしなきゃならない理由が……」


「まあね。……二年前のいじめのことは、みんなから話聞いてる?」


「は、はい……」さえ先輩からいじめという言葉が出てきて、亜美はどきりとした。


「わたしはそのいじめに加わっていた。取り返しのつかない酷いことをしてしまった。わたしはその償いをしなきゃいけない」


「でも、それにはなにか理由があったんですよね? いじめなんて酷いこと、先輩みたいな人が自ら進んでやるなんて信じられません」


「それはわたしのこと買いかぶり過ぎだよ。だけど、確かにあのときはわたしも追いつめられていた。人のことまで考えている余裕はなかった。だからといって、いじめをしたことが許されるわけではない。どんな理由があっても、やっぱり誰かをいじめるなんてしちゃいけなかったんだ」


 さえ先輩の表情は苦しげに歪んでいた。その表情を見て、初めて亜美は、彼女が本当にいじめに加わっていたのだということを理解した。


「でも、それとXの協力者になることと、どういう関係があるんですか? Xはやっぱり水野正という人なんですか?」


「それは……」


 さえ先輩はそのまま口をつぐんだ。まだすべてを語るまでには、心が固まっていないようである。


「でも、やっぱりよくないですよ。こんなふうに隠れてなにかしてるのは。Xになにを言われているのか知らないですけど、もう危険な真似はやめてください。景子先輩もすごく心配してましたよ」


 さえ先輩はそれを聞いて顔を上げた。


「……景子。景子はもう大丈夫なんだよね。さっき、走っていたし……」


「はい。少し前に気がついて、いろいろ話してくれました。昨日はさえ先輩と一緒だったことも……」


「そう。それならよかった」


 安堵した様子のさえ先輩に、亜美は恐る恐る質問した。


「あの、景子先輩にスタンガンで攻撃したのって……やっぱりさえ先輩だったんですか……?」


 亜美の質問に、さえ先輩は唇を噛み締めながら、こくりとうなずいた。


「いけないことをしてるってことはわかってた。だけど、Xの協力者として、そうしなくちゃいけないって思った。……でも景子が倒れたとき、わたし、ようやく自分のしてることに気がついたんだ。やっぱりこんなことはやめなきゃいけないって……」


 さえ先輩のその告白を聞いて、亜美はとてつもなく苦しくなった。そして、すごく不可解なものを感じていた。


「……なんで。なんでさえ先輩がそんなことに協力する必要があるんですか。Xになんの弱みを握られてるんですか。こんなこと、絶対おかしいですよ……っ」


「亜美。……この世界は誰かの意志によって作られてるんだって言ったら、信じられる……?」


 さえ先輩の突然の言葉に、亜美は面食らってしばらくなにも言葉を返すことができなかった。

 この世界は誰かの意志によって作られている――?


「この世界はわたしたちの知っている世界にとてもよく似ているけれど、なにかが少しずつ違っている。そんな世界にわたしたちだけが放り込まれた」


 さえ先輩がなにを言おうとしているのか。亜美にはまだよくわからなかった。


「これが誰かの意志によるものだとしたら? わたしたちがここにいるというそのことすらも、その意志に基づくものだとしたら? わたしたちがこの世界から抜け出す方法は、その意志に応えることしかない。その願いを叶えてあげるしかないんだとしたら?」


 さえ先輩はなにを言っているのだろう。そんなことがありえるのだろうか。自分たちがここにいることは、誰かの意志であるなどということが……。


「だけど、みんなを傷つけて、こんな思いまでしてそれをやらなくちゃいけないってことがすごくつらくて……。それでわたし、もうどうしたらいいかよくわからなくなってしまったの」


 さえ先輩は迷っている。なにもまだ理解はできなかったが、そのことだけは亜美にもわかった。Xの協力者として動いていたはずの彼女は今、そのことに対してとても強い罪悪感を抱いているのだ。

 そして今、亜美に助けを求めている。


「先輩。先輩の言っていることの意味は、わたしにはまだよく理解できないんですけど、こうして今わたしに姿を見せてくれたことには、なにか意味があるんですよね。なにか、助けが必要なんですよね?」


 亜美がそう言うと、さえ先輩は少しだけ微笑んでみせた。


「……うん。そう。亜美に、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」


 さえ先輩のそのあとの台詞を聞き、亜美は驚愕に目を見開いていた。


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