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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第一章 運命の月曜日
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運命の月曜日5

「寄り道せずに真っ直ぐ家に帰るんだぞー」


 そんな先生の言葉を、ほとんどの生徒は聞き流すようにしながら教室をあとにしていた。千絵も自分の鞄に教科書などを詰めこみ、帰り支度を急いでいた。


 佐々嶋は結局、給食の時間の少し前に教室に姿を現した。しかしまたそれから姿を消して、あとの授業には出ていなかった。きっとどこかでさぼっているか、帰ってしまったのだろう。


 教室内は、放課後を迎えたクラスメイトたちのざわめきで満ちていた。それぞれが思い思いのペースで帰宅の準備をしたり、まだまだおしゃべりを続けたりしていた。


「直ちゃん。帰ろっか」


 千絵が直に近づいてそう声をかけると、直は少し困ったような顔をしていた。


「部活休みになっちゃったね。せっかく今度のコンクール用に新しいキャンバス買ってきたのに」


「あ、新しいキャンバス、今度のコンクール用のなんだ。でもあれ、締め切りまであまり日にちないよね」


「うん。でも毎年出してるのだし、今年で最後だから頑張って描こうと思って。なんか今回は生徒会の仕事とかいろいろ忙しかったこともあって、取りかかりが遅くなっちゃったんだ。休み中は家の用事で部活には来られなかったから、今日からさっそく取りかかろうと思ってたのに」


 直は眉根を寄せて悲しそうな顔をしていた。こんな彼女の表情を見るのはなかなか珍しい。千絵は、どうにか彼女の手助けになれないかと思案した。


「一回先生に相談しに行ってみる? 事情を話してみれば許可下りるかもしれないし」


 すると、直はたちまち愁眉をひらいた。


「そうよね。悪いことして部活動停止になったわけじゃないんだから。その辺は柔軟な対応をしてくれるかもしれない。先生たちもちょっと安全策取りすぎだよね」


 千絵はほっと胸を撫で下ろした。彼女の友達として、少しは千絵もいいことが言えたのかもしれない。

 それからすぐに二人は、顧問の美術教師である樋口ひぐちに直談判しに行くことにした。職員室に行くと、そこにいた先生たちはなにやら慌ただしく席を立って職員室を出ていくところだった。その中に樋口の姿を認めた千絵と直は、慌てて声をかけにいった。


「ん? 清川に吉沢。どうした? 今日は生徒はみな、帰宅することになっているはずだろう?」


「先生。どこか行かれるんですか?」


「ああ。これから職員会議なんだ。それよりなにか用か?」


「あの。今日は絶対部活動やっちゃいけないんでしょうか? わたしたち、美術室開けてもらいたいんですけど」


 樋口は眉間に皺を寄せる。


「今日は全校部活動停止という話、聞いてただろう?」


「でも、わたし今度のコンクール用の絵に早く取りかかりたいんです。今年で最後だし、間に合わないのは悔いが残ると思うんです」


 直は、必死な様子で言い募った。しかし、樋口の表情が和らぐことはなかった。


「清川。頭のいいお前なら、わかるだろう? ここで、お前だけ特別に例外を認めるわけにはいかないんだよ。あとで見つかったら、おとがめを受けるのは俺なんだ。だから今日はあきらめて帰ってくれ」


「先生……」


 結局、樋口はそのまま職員室から出て行ってしまった。取り残された千絵と直は、悄然とその場に立ち尽くした。

 しばらくして、二人は職員室をあとにした。直は、少しの間口を開かなかった。千絵はそんな彼女に、なんと声をかければいいのかわからず、結局自分も沈黙することしかできずにいた。

 教室まで戻ると、そこにはすでに誰も残っていなかった。直が自分の鞄を手にしたのを見て、千絵も鞄を取りに自分の席へと歩いていく。


「千絵ちゃん」


 その呼びかけに振り向くと、直は千絵に向かって微笑みかけていた。


「部活もなくなっちゃったし、帰りなにか食べてこっか」


「あ、……うん。いいよ」


 少し戸惑ったが、千絵はそう返事をした。直がこんなことを言うなんて珍しい。直は真面目な子だ。他の子なら、学校帰りに買い食いをする程度のことなど、珍しくもないだろう。けれど、直にとってそれは普通にはありえないことだった。


 校則で特に言及されているわけではないが、中学生が登下校中に買い食いをすることは、あまり好ましい行為とはいえない。当然、模範的生徒である直はそんなことはしてこなかった。また、する必要もないことだった。

 けれど今、その直がそれをしようと言っているのだ。これは直のやり場のない怒りの表れなのではないのだろうか。顔は笑ってはいるが、彼女の心は今千々に乱れている。千絵はそんなふうに思わずにはいられなかった。


 昇降口付近には、もうあまり生徒の姿は見られなかった。ほとんどの生徒たちは、さっさと帰ってしまったようだ。屋外に出ると、空は重々しく、今にも雷雨がやってきそうな雰囲気である。千絵の鞄の中には学校指定の折りたたみ傘が入っているが、できれば途中で降られるのは避けたいところだ。

 隣にいる直の表情は、まだ心なしか沈んで見える。部活が休みになってしまったことがそんなに悲しかったのだろうか。


「下書きくらいなら、家でもやれるんじゃない?」


 いまさらかとは思ったが、千絵はそう言ってみた。しかし直は、千絵の言葉に静かに首を横に振った。


「家では絵はやっちゃ駄目なんだ。……そういう約束してるから」


「そうなんだ……」


 千絵は直と仲がいいとはいえ、直の家のことまで熟知しているわけではない。けれど、確実に千絵の家よりも厳しい家庭のようである。それは、会話の端々からなんとなく伝わってきていた。


「それより、なに食べようか。千絵ちゃんどこかおいしいものあるとこ知らない?」


 話題を変えて無理に笑おうとする直は、なんだか見ていて痛々しかった。

 らしくない。全然こんなのは彼女らしくなかった。


「直ちゃん……」


 千絵が心配そうな表情をしていることに気がついたのだろう。直ははっとして、その場を取り繕うように慌ててこんなことを言った。


「そういえば、千絵ちゃん。朝変なこと言ってたよね? 校庭で変な音がするとかなんとか。ちょっと調べてみようか」


「え?」


 直の突拍子もない提案に、千絵は思わず目を丸くした。しかし、千絵の戸惑いをよそに、直はそのまま校庭のほうへと向かって歩いていった。千絵も慌ててそのあとを追う。

 校庭には、まだ何人かの生徒たちが残っていた。サッカーの真似事をしたり、遠くのバレーコートでは、バレーをやっている生徒もいるようだった。意外にも、部活をやりたい生徒というのは、直の他にも結構いるらしい。


「ね。その変な音が聞こえるのって、どの辺りか知ってる?」


 直の質問に、千絵は首を横に振って答えることしかできなかった。直はそれでも、校庭を歩くことをやめなかった。なんだかその様子は、どこかなげやりにも見え、千絵は心配になった。本当に、今日の直は変だ。どうしたというのだろう。


「ねえ、直ちゃん……」


 千絵が言いかけたそのとき、空から突然雷鳴が鳴り響いた。ゴロゴロと不気味な音を響かせている。

 これはすぐにでも雨が降りそうだと、千絵は慌てて鞄から折りたたみ傘を取り出そうとした。しかしそれはうまくいくことはなかった。


「……え?」


 千絵は始め、自分がふらついているのだと思った。まるで、マラソン大会で倒れたときのように思えたからだ。しかしすぐに、それは千絵だけのことではないことに気がついた。


「地震だ……っ!」


 直がそう叫び、千絵の右腕を掴んできた。心臓がドッドッドと脈打つ音が聞こえる。揺れは序々に強くなり、千絵たちは立っていることができなくなった。それは、これまでの地震とは桁違いの揺れだった。千絵たちはお互いに身を寄せ合い、その場でしゃがみ込んだ。


(怖い怖い怖い! やめてやめて! 早くおさまって! お願い!)


 しかし、千絵の願いも虚しく、揺れはさらに大きくなっていく。


「きゃあ!」


 直の悲鳴が耳元で聞こえた。千絵はそんな直の体をぎゅっと抱き寄せた。


(わたしはどうなっても構わない。だけど、直ちゃんだけは護らなくちゃ!)


 あまりの激しい揺れに、千絵はもうなにがなんだかわからなくなってきた。怯えながら、ただその言葉だけを心に念じ続けていた。


(助けて! 助けて! 助けて!)


 しかし恐ろしい怪物は執拗に大暴れを繰り返し、空の神様も怒り狂ったように、ゴロゴロと不気味な音を鳴らし続ける。


「いやあっ! 怖いっ!」


「直ちゃん!」


 そのとき、空から大きな雷がピシャーンとどこかに落ちた。同時に、揺れも最高調に達した。

 そして、千絵たちはそれを聞いたのだった。

 キーンという、脳に突き刺さるような不快な音は、確かにその場に存在していた。


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