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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第五章 静寂の金曜日
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静寂の金曜日15

「……あのさ。ずっと思ってたんだけど、田坂さんって、どうしてそんなに水城さんの肩を持つの? あの文書の処遇をめぐる一連の行動についても、きみの行動はすべて水城さんの意志に基づいている。今回のことだって、そんな酷いことを彼女にされたかもしれないっていうのに、どうしてそこまで彼女をかばう必要があるんだ? きみは、被害者だろう?」


 ベッドから少し離れた場所にいた雄一が、静かな声でそう訊ねた。

 千絵も言われて気づいたが、確かに彼の言うとおりだった。景子とさえは親友で、とても仲が良い。しかし、それだけの理由で、景子のようにさえをかばえるだろうか。

 景子は目を閉じたまま、ぎゅっと唇を噛み締めていた。


「答えたくなさそうだね。でもこのままじゃ、水城さんは悪者のままだ。彼女を信じているのなら、その潔白を証明するためにも、田坂さん。きみは真実を答えなくちゃいけない。きみの行動原理を明らかにしなくちゃいけない。そうだろう?」


 雄一の言葉は、静かだが鋭いナイフのような切れ味を持っていた。景子は喘ぐように息を吐いて、顔をそちらに向けた。


「あたし、あた、しは……」


 苦しげに表情を歪める景子の姿は、見ていて胸が痛くなった。言いたくないことは誰にでもある。本当にこれは、この場で言わなければならないことなのだろうか。雄一の言うとおり、そうしなければならないことなのだろうか。

 けれど、景子は雄一と視線を交わすと、なにかを決意したかのように顔を真っ直ぐにあげた。


「……わかった。この期に及んで覚悟を決めないなんて、あたしらしくない。さえならきっとそう言うと思う。あたしがさえに味方する理由、正直に話すよ」


 そう言うと、景子は短く切った髪を掻き上げた。


「この髪、前は随分長かったんだ。一年の一学期だけだったから覚えてるやつのが少ないかもしれないけど」


「僕は覚えてるよ。昔は言葉遣いも、もう少し女の子っぽかったよね?」雄一が言った。


「あんたとは、一年のとき同じクラスだったからね。そう。以前のあたしはこんなじゃなかった。もっとおとなしくて目立たない生徒だった。だけど、あたしはそんな過去の自分を捨てた。さえを護るために変わったんだ」


 そう話す景子の瞳は、どこか暗い光をたたえているように見えた。


「以前のあたしは、背が高いってことでは目立ってたかもしれないけど、他にはなんの取り柄もない、本当に目立たない生徒だったんだ。うちの家庭、ちょっと複雑でね。あたし、親じゃなくてばあちゃんに育てられてたんだ。親はあたしを置いて、ずっと前に二人とも家から出ていった。理由はよくわからないけど、夫婦仲が悪かったからその辺が原因なんだと思う。そんなあたしを施設に入れずに、家に引き取ってくれたばあちゃんには感謝してるし、恩も感じてる。だけどそんなばあちゃんも人間だからさ。孫とはいえ、見なくていいはずのあたしの面倒を押しつけられたら、いろいろ文句は出てくるわけ。それは仕方のないことなんだけど、やっぱり毎日そんな話ばかり聞かされてたらおかしくなるよ。あたしは誰からも愛されてないんだって、そんなふうに思っちゃうとさ。なんか自分が価値のない人間に思えてさ。そんなふうだったから、学校も楽しいとは思えなかった。単なる惰性で行ってただけで、毎日がつまらなかった。特定の友達なんかも作る気もなかったし、早く卒業して、一人で暮らせるようになりたい。そんなことばかり思っていた」


 景子の語る過去の彼女の姿は、まるで今の彼女とは別人のようだった。明るく男勝りで豪快そのものといった彼女に、そんな過去の一面があったとは、とても意外だった。


「そんなあたしを変えたのは、他でもないさえだった。さえは昔から明るくて活発で、みなから一目置かれる、そんな存在だった。たまたま人からの薦めで入ったバレー部で一緒になって、なんとなくよく話をするようになったんだ。あたしはまだそのころ、バレーにもそんなに興味が持てなくて、なんとなく練習に参加してるだけだった。そんなあたしにさえが言ったんだ。羨ましい、って」


 景子はふと遠い目をした。


「さえは、あたしにはバレーの才能があるって、言ってくれたんだ。そんなことを言われたの、生まれて初めてで、なんか正直最初はぴんとこなかった。だけど、しばらくしてその言葉が全身に染み渡りきったときに、ああ、これだったんだって思った。今までなんにも興味が持てずにいたけれど、自分がやるべきものはこれだったんだって、ようやく気づけた。天啓っていうと大げさかもしれないけど、そんな感じで、ぱあっと目の前が開けた気がした。それからあたしは変わっていった。バレーに打ち込むことによって、自分ってものを持てるようになっていった。だから、あたしにとってさえは、恩人なんだよ。さえのおかげで今のあたしがある。だから、なにがあってもさえを信じてついていこうって、そう決めたんだ」


 彼女は希望に満ちた未来を、さえによって思い描けるようになった。明るい光が彼女たちの間にはあった。そのはずなのに、なぜ今の彼女たちの関係は、歪んで見えるのだろう。どこでなにが狂ってしまったのだろう。


「さえに異変が起きたのは、一年の一学期も終わり近くになってからだった。活発で明るかったはずのさえが、ずっとなにかに落ち込んでて元気をなくしてしまっているようだった。そのころ三組の様子が荒れ始めてきたことは他のクラスでも噂になってたから、そのせいもあるんだろうって思っていた。だけど、問題はもっと目に見えないところで起きていたんだ」


 そこまで話し終えると、景子は急に言葉に詰まったように、黙り込んでしまった。眉間に皺を寄せ、なにかを考えていた。


「田坂さん……?」


「ここまで話しておいてなんだけど、ここから先はくわしいことまでは言えない。これは本人のプライバシーに関わることだから、本人のいないところでこんなふうに話すことはできない。ただ言えることは、さえはバレー部顧問で担任教師だった遠藤に、弱みを握られてたってことだ」


「弱み……?」


「ああ。だからこそ、さえは佐々嶋の行動に賛同していた。遠藤を学校から追い出すことに協力していたんだ。それが水野へのいじめに繋がってしまったことについては、残念だったけれど……」


「遠藤を辞めさせるために、いじめに加担した。自分の身を護るために……」


 雄一はあごに手をやり、眼鏡の奥の目を細めていた。


「それは褒められたことじゃない。いいやり方ではなかった。だけど、悪いのは遠藤だ。いじめはさえの本意ではない。さえは本当はそんなこと、したくなかったはずなんだ」


 景子はさえを護ることで必死だった。彼女にとって、さえは特別な存在なのだ。景子を闇から救い出したさえ。さえを信じることで自信を持てた景子。そうすることで生きる希望を持つことのできた景子に、さえを疑うことは到底許されないことなのだろう。余人には、はかり知ることのできないなにかが、彼女たちの間にはあるのだ。


「あたしは遠藤の卑劣な行いを知り、さえを護るために、自分が強くなることを決めた。長かった髪を切り、誰よりも雄々しくなろうと心に決めた。あたしを闇から救ってくれたさえを、今度はあたしが護ろうと思ったんだ」


 現在の景子の姿を作ったのは、他でもないさえだったのだ。さえを護る騎士となるために、景子は今の景子となった。


「その、弱みっていうのは、田坂さんは知ってるの……?」直が訊ねた。


「……うん。だけど、それは絶対に言っちゃいけないんだ。さえを護るためにも……」


 景子はそう言うと、固く口を閉ざした。そのさえの弱みというのがなんなのか、気にはなったが、彼女がここまで頑なにそれを言うことを拒否しているのだ。これ以上、彼女からそのことについて聞き出すことは不可能だろう。


「田坂さん。あなたにひとつ、確認しておきたいことがあるの」


 直はそう言うと、スカートのポケットから、小さく折りたたんであった紙切れを取りだした。


「この文書を見てみてくれる?」


 景子はその文書を直から受け取ると、ゆっくりと広げた。


「なに……これ。もしかして、またこれがどこかに……?」


 それは、二番目の文書のようだった。それを見た景子は、目を見開いて驚愕していた。


「そう。一年一組の教室にね。その様子だと、これを見るのは初めてのようね」


「ああ。今初めて見たよ」景子の様子に、演技のようなものは感じられなかった。


「で、確認したいことって、それのこと?」


「ええ。でももう終わったわ。確認しておきたかったのは、それを見たことがあるかどうかってことだけだったから」


「そう」


 景子は不思議そうに瞬きを繰り返していたが、とりあえず納得したようだった。その様子は、複雑な心境をメンバーにもたらした。今のこの状況は、限りなく犯人はさえだということを示している。仲間を疑いたくはないが、この件に関してさえがなにかを知っている可能性は高い。


「まあ、とにかく、水城さんが学校に来ていたということがわかったんだ。まず彼女のことを捜そう。彼女がスタンガンを持っていたのか、持っていたとしてなぜそれを田坂さんに行使したのかは、本人に会って確かめるしかない。ここは二手にわかれて校舎内を捜しに行くのが効率はいいだろうな」


 雄一の意見に、亜美が慌てたように言った。


「あの、わたしは景子先輩の付き添いでここに残ります。さえ先輩のことも、もちろん心配ですけど、今はわたし、景子先輩のそばにいたいんです」


「オーケイ。それじゃ、残りのメンバーで手分けして校舎内をまわろう。女子と男子っていうわかれ方は簡単だけど、こんな状況だし、女子を二人だけにするのはちょっと心配だ。女子二人のチームに、もう一人男子を加えるのがいいかと思うんだけど」


「あ、じゃあそれ俺が行くよ」勇哉が軽く手を挙げながら、そう言った。


 千絵はその言葉になんとなくほっとした。勇哉とは今まではあまり話す機会もなかったけれど、災害が起きてから、彼のことを知る機会が増えていた。そして、その真摯な優しさに好感を持った。そんな彼が女子チームに加わってくれるというなら、とても心強い。


「よし。じゃあ、こっちは僕と宮島でいくことにする。お互い、くれぐれも用心して行動するようにしよう」


 そうして、校舎内でのさえの捜索が始まった。


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