運命の月曜日4
鷹野勇哉は、サッカー部仲間の江藤雄一と宮島透らとともに昇降口を出た。
四時間目の途中で地震が起きたが、結局その日の午後の授業は通常通り行われることになった。授業がなくなることを期待していた一部の生徒たちにとっては、期待はずれな結果となってしまったが、代わりに部活のほうは全面中止が決まり、生徒たちには速やかに帰宅することが言い渡された。
「あー。なんで部活中止にすっかなー。どうせ中止にするなら授業中止にして早く帰らせてくれたらいいのに」
「勇哉。お前、ホントサッカー馬鹿だな。俺なんか、部活休みでちょっとラッキーとか思ってたくらいなのに」
同じ三年一組に所属している宮島透が、隣でそんなことを言った。少し小柄な透は、勇哉から見ると弟的な存在だ。よく日焼けした顔に短い髪といった姿からは、小猿を連想させられる。お調子者なところも相まって、勇哉たちの間では、明るいマスコット的キャラクターとして扱われていた。
「そんなこと言ってるから毎回先生に怒られるんだぞ。そういえば、この前もボールなくしたとかで呼び出されてたよな」
江藤雄一は、眼鏡を指で押しあげながらそう言った。雄一は、透とは対照的に背も高く、どちらかというと理知的な印象の少年だった。雄一は勇哉たちとは違って四組に所属しているが、やはり彼もまた、勇哉とは仲の良い友達だった。
「なんだよ。仕方ねーだろ。ホントに見つからなかったんだから。それに今日部活休みなのとそのこととは関係ない」
透が雄一の言葉に、ふてくされたように言った。
「いや、部活は休みになったけど、サッカーゴールはそこにある。ボールがないのはどうしようもないけど、サッカーができないわけじゃない」
勇哉はそんなことを言うと、足を校庭のほうへと向けた。
「え? おい。勇哉っ。どこ行くんだよ!」
「ちょっとだけやっていこうぜ。エアサッカー」
「はあ? なに言ってんだよ」
「宮くん。しょうがない。少しだけサッカー馬鹿につきあっていこう」
そうして透と雄一も、勇哉に続く形で、校庭へと向かっていった。
校庭にはさすがに部活が休みとなったこともあり、ほとんどそこには誰もいなかった。唯一存在を認められたのは、部室棟の前にいた三人の女子たちくらいのものだった。
「つーか、なんだよエアサッカーって」
「見える人だけにしか見えないボールで、サッカーをするんだよ」
勇哉はその見えないサッカーボールを透に向かって蹴った。
「ほんと、サッカー馬鹿だな。勇哉は」
透はそう言いながらも、勇哉の放った見えないボールを体で受け止め、今度は雄一へとパスした。
「まあ、これはこれで、結構楽しいんじゃない? ほら、今度はボールを高くあげて、勇哉! パス! ヘディングシュートだ!」
雄一はボールを勇哉のほうへ寄こすふりをした。そして、勇哉もそれに合わせて頭でボールを打つ真似をする。
「ゴーーーーール!」
勇哉は叫びながらゴール前へと走っていくと、その前で両膝をついてガッツポーズをしてみせた。
雄一が、それを見ながらくすくすと笑いを漏らす。透も呆れたように笑っていた。
「勇哉。どうでもいいけど制服汚れるぞ」
「あっ。しまった! また母ちゃんに怒られる」
勇哉は慌てて立ちあがり、背をかがめて膝の砂を払った。払い終えると、今度はまたなにかを思い出したように顔をあげた。
「そういえば、俺このあと寄りたいところがあったんだった」
「寄りたいところ?」
勇哉の言葉に透がすかさず訊き返す。
「新しい靴が見たくてさ。下見に駅のほうに寄ってこうかと思ってさ」
「また靴かよ。それともスパイク?」
「あーまあ、どっちも」
「お前、まだその靴新しいだろ。スパイクだってまだ使える」
「いやー、これが見るといいのいっぱいあって欲しくなっちゃうんだよな。さすがにまだ買ってもらえないとは思うけどさ」
「勇哉って、将来絶対コレクターになりそう。そういうのに無駄にお金をつぎこむタイプ」
雄一がそんなことを言う。
「いや、その前に稼ぐから」
「もちろんサッカーで?」
「おう。もちろんサッカーで」
その場のノリで勇哉はそんなことを言ってみたが、実際にはそんな自信はなかった。この学校のサッカー部ではエースでやれているけれど、一歩外に出てみれば、サッカーのうまい人間なんてごまんといる。その中で自分がどこまで通用するのか。そこでのしあがれると言い切れるだけの自信は、今の勇哉にはなかった。