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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第五章 静寂の金曜日
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静寂の金曜日4

「いじめ……? もしかして、その復讐を犯人は考えてるってことか……?」


 勇哉は声を低くして言った。いじめ、という言葉に、喉の奥がつかえたようになった。


「そう、だと思う」


 千絵はぎゅっと目を閉じ、なにかに耐えるように机の上で両手を握り締めていた。


「でも、いじめったって、いつの? 誰が誰をいじめてたの?」


 透がそう問うと、千絵はゆっくりと目を開いた。


「二年前の一年三組。そこで、いじめがあった……」


 千絵のその言葉に、勇哉は思わず息を呑んだ。

 二年前の一年三組。

 学級崩壊で、クラスはめちゃくちゃだった。

 そして、担任教師は精神を病むほどに追いつめられていた。

 そんななか、クラス内でいじめが起きていた――。


「でも、いじめられていたって……いったい誰が……?」


「……水野くん」


 千絵はそう言ってから、もう一度絞り出すような声で繰り返した。


「水野ただしくんよ」


 勇哉は、ずんと重いなにかを腹に飲み込んだような気持ちがした。水野正というのは、あの集合写真で見た、彼のことなのだろう。


「彼はいじめられていたっていうのか?」


 勇哉が問うと、千絵は顔を俯けながら言った。


「部活のとき、偶然水野くんが鞄から教科書を落としたの。そこには酷い落書きがされていて……きっと、そうなんだって思ったの……。だけどわたし、どうすることもできなかった……」


 千絵はつらそうに、再び目蓋をぎゅっと閉じた。彼女にとっても、それはつらい記憶なのだろう。しかし、どうすることもできなかったという彼女を誰が責められるというのだろう。あのとき、あのクラスで起きていたことを、誰が止められたというのだろう。なにも知ろうともしなかった自分は、それよりももっとたちが悪いではないか。

 勇哉は俯く千絵の姿に、自分自身を重ねて見つめていた。


「けど、もしそれが本当だとすると、それってつまり、その水野くんがこの怪文書を書いた犯人だっていうことになるのか……?」


「その事実に気づいた水城さんと田坂さんが、この文書を隠滅しようとした――?」


 勇哉の言葉に、雄一がそう言葉を繋げた。


「じゃあ、水野くんもこの世界にいるってことか?」


「わからないが、その可能性も否定できない。だが、彼がいると仮定すれば、この文書が貼られていたことの答えにはなるかもしれないな」


 雄一が勇哉の顔を見つめた。


「どうする? 水野くんのことも捜すか? 水城さんたちと彼に話が聞ければ、全部はっきりするんじゃないのか?」


「ま、待て待て。話がいきなりいろいろ出てきて、ちょっと気持ちの整理が追いつかない」


 勇哉が手のひらを広げて待ったをかけると、そのあとを直が引き継いだ。


「そうね。とにかく一度今まで出た話を整理してみましょう。そのあとの話はそれからだわ」


 直は黒板に向き直ると、『西昇降口に貼られていた怪文書』という項目の横に新たに文字を書き足していった。


 ・差出人X。←水野くん?

 ・何者かによって破かれた。←田坂さん?


「Xが水野くんかどうかはまだわからないけど、とりあえず仮定の話として今はこういうふうに書いておくことにします。水城さんがいなくなったこととの関連性についても、なにかがわかるかもしれないし」


 直はそう言いながらも、どこか半信半疑な様子だった。

 勇哉はあらためて今の話し合いで出てきた事柄を考えた。

 怪文書と集合写真。

 直は仮定の話だと言ったが、こうして考えてみると、すべてがその人物を示していることはあきらかだった。


 ――水野正。


 彼がもしこの世界にいるのだとしたら。もし彼がこれらのことを行った犯人だとするならば。

 なにが彼をそうさせたのだろう。この閉ざされた世界で、彼はなにをしようとしているのだろう。

 この世界を肯定するという彼の本当の意図は、どこにあるのだろう――。 

 そう考えたとき、勇哉の中である恐ろしい考えが浮かんできた。そんなことはありえないと心の中で何度もその考えを打ち消そうとしたが、それはあっという間に勇哉の心を埋め尽くしていった。


「――二年前の一年三組でいじめがあった。その被害者は水野正。それなら加害者は誰なんだ?」


 勇哉の問いに、雄一が答えた。


「そりゃ、当然首謀者は佐々嶋だろうよ。その他のクラスメイトが佐々嶋に逆らえなかったとするなら、クラスの全員がそれに加担したということも考えられる。……ということは」雄一も言いながらそれに気づいたらしい。


「同じクラスだった水城さんも、水野くんのいじめに加わっていたってことか……?」


「だから彼女はいなくなった……。水野正からの復讐を恐れて……」


 その台詞を受けて、思わず席から立ちあがった人物がいた。


「さえ先輩はそんなことしません……っ!」


 五十嵐亜美だった。


「さえ先輩がいじめに加わっていたなんて、そんなこと……」


 亜美は言いながら顔を俯けていった。その目には涙が滲んでいる。


「五十嵐さん。落ち着いて。なにも水城さんを非難しているわけじゃないのよ。これは可能性の話をしているの。それを否定したいという気持ちはわかるけど、今はそれよりも事実を突きとめないと。彼女がどこへ行ってしまったのか、それを考えなくちゃいけない」


 亜美は直にそう諭され、そのまま静かに席に座った。隣の席の千絵が、すぐに彼女の背中に手を伸ばしていた。


「それが真実なのかどうかは、確認してみないことにはわからないわ。でも、もしそうだとするならば、水城さんが怪文書に対して過剰に反応していたことにもうなずける。どこかの時点で、その怪文書の内容が二年前のいじめに対する告発であることに彼女は気づいた。そして水城さんの協力者である田坂さんは、彼女の望むようにその文書の隠滅をはかった」


「なるほど。そう考えれば今までのことのつじつまが合う。水城さんは、水野正からの復讐を恐れていたんだ。そしてその復讐が、今このときにされようとしているのには、それ相応の理由があるはずだ」


 勇哉の言葉に、みなはっとしたように目を見開いた。



 一瞬、しんと教室内が静まりかえった。そのことの持つ意味を、みながそのとき瞬時に悟ったようだった。


「この世界を肯定するというのは、きっとそういうことなんだと思う」


「ちょっ、待てよ! それってなにをしてもいいって、どんな恐ろしいことをしてもいいってことを言ってるってことか? そんなの、許されるわけないだろう!」


 透が興奮した様子で言った。


「許されるわけはない。当たり前だよそんなこと。だけど、ここではそれがまかり通ってしまう。どんなことをしても、ここには俺たち以外の人間がいないんだ。復讐というのがどんな恐ろしい形で表現されたとしても、おかしくはない」


「け、けどさ。狙われているのは、当時一年三組だった人間なんだろ? 佐々嶋たちのことなんだろ? 水城さんはともかくとしても、俺たちは復讐の対象には入ってないはずだよな?」


「……いや。あの文書は学校の昇降口に貼られていた。あのとき佐々嶋たちは学校にはいなかった。そのことから考えても、俺たちがその対象からはずされているとは言い切れない」


「でも、俺たちはいじめとは関係ない。なにも関わっていないはずだ」


 勇哉はそれに、首を横に振ってみせた。


「俺たちは傍観者だった。なにかが起きていることをわかっていて、それに立ち向かおうとしなかった。それも一種の加害者なんじゃないんだろうか」


 透はそれを聞いて、顔を歪めてみせた。


「だ、だって一年三組でいじめがあったことなんて知らなかった。クラスは荒れてたけど、その中でそんなことが起きていたなんて……」


「あの荒れたクラスでいじめがなかったというほうが、ちょっと考えにくいんじゃないのか? 結局俺たちは無関心を決め込んで、遠くからそれを傍観していたんだ。ちょっとでもあのときなにか行動を起こしていたら、結果は違っていたのかもしれないんだ」


 勇哉は拳を握り、ぎゅっと手のひらに爪を食いこませた。

 水野正が受けた痛みは、きっとこんなものではなかったはずだ。人知れずいじめに耐えてきた彼の痛みは、死ぬほどつらいものだったはずだ。


「復讐がどんな形で行われようとしているのかはわからない。俺たちがそこに入っていないと考えるほうが逆に危険だ。俺たちを含むみなが狙われていると考えたほうがいい。とにかく、これが本当に水野くんのたくらみなのかははっきりしたわけじゃないが、それを実行させるわけにはいかない。復讐をやめさせないと!」


 教室全体に衝撃が走った。雄一が思わずといった様子で、手にしていた文書をくしゃりと握り締めた。


「そうだな。今は水城さんや田坂さんのことも心配だが、それよりも先にこのことを伝えておかなければいけない相手がいる」


「佐々嶋くんたちね」


 直もうなずいた。


「二年前の当事者であり、すべてを主導していた彼には、いろいろ話も訊いておく必要があるだろう」雄一も言った。


「行こう。みんなで。あいつらを恐れている場合じゃない。大変なことが起きてしまう前に、それを食い止めなければいけない!」


 勇哉は机をばんと両手で叩きながら、立ちあがった。


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