静寂の金曜日3
勇哉たち三人は学校に戻ったが、やはりそこにさえと景子の姿はなかった。校内を捜していた女子たちも、そこにさえの姿を見つけることはできなかったようだった。
ただひとつ、直が気になる話をしてきた。
「水城さんがいなくなったのは、二年前の一年三組のことが関係しているかもしれない……? でも、どうして? その理由は?」
「それをこれから探っていくのよ。まだそうともなんとも言えない仮定の話だし、まずは水城さんの心理状況がどうだったかを考えなければならないわ」
「そうか。そうだな。まずはじゃあそのことについて考えよう」
そうして一度全員が席につき、話し合いをすることになった。一年一組の教室内は、メンバーが二人減って少々寂しくなってしまったが、それでもこうして話し合いができる仲間がいるのは心強かった。特に直の存在は大きい。こんな状況でも、あくまでも彼女は彼女のままだった。
直が黒板の前まで歩み出て、白いチョークを手に持った。そして、黒板になにかを書き付けていった。
・西昇降口に貼られていた怪文書。
・二年前の一年三組の集合写真。
直はそれを書くと、くるりとこちらを振り返った。
「これらことについて、もう一度みなで意見を出し合っていきましょう。これらのことで、なにか意見がある人は自由に発言していってください」
直がそう言うと、他のメンバーは戸惑ったようにざわめいた。
「ちょ、ちょっと待って。清川さん。これらのことと水城さんのことは関係ないんじゃないの? まずは水城さんの心理状態がどうだったかを考えるって話じゃなかったっけ?」
透が思わずといったようにそう言った。
「そうよ。だからこれらのことを通して、水城さんの心理状態がどうだったかを考えましょうと言ってるの」
「でも、そもそもこの二つの出来事になにか関連性はあるのか? まったく関係のない別の出来事なのかもしれないぜ」
「そうかもしれない。でも、わたしはこの二つのことにはなにか関連があると考えているの。そんな気がしない?」
直のその言葉に透は一瞬息を止めたが、それからしばらくしてこくりとうなずいていた。そんな様子を見てから勇哉が言った。
「……確かに。こういろんな偶然が重なってくると、それは偶然ではないような気がする。怪文書と写真には、なにか共通の意志みたいなものを感じる。それを俺たちに差し向けたのは、同一人物なんじゃないかって、そんな気がするよ」
「そうだな。逆に、これらのことを別の事件としてとらえるほうが無理があるかもしれない。怪文書と写真を差し向けた人物は同一だと考えたほうが自然だ」
雄一もそう言った。
「まず、怪文書のことについてだけど、これを見つけた当時の水城さんの行動は、みんなも覚えているわよね」
「ああ。覚えているよ」
勇哉は、あのときのさえの言動を思い出していた。きっかけを作ったのは勇哉の言葉だったが、さえはそれ以上にあの怪文書のことを気にしていた。考えてみれば、さえの様子に違和感を感じるようになったのは、確かにあのときからだった。
「わたしが黒板にあの文書を貼ろうとして、水城さんはそれに異を唱えた。あれはどうしてだったのかしら?」
「単純に気味が悪かったからってことじゃないの?」透がそう言った。
「それもあると思うけど、そこになにか、もっと強硬に反対しなければならないような理由があったんじゃないかしら?」
直の言葉に、勇哉はなにかしらの閃きを覚えた。
そうだ。あれにはああしなければならなかった理由があったのだ。あのときさえに感じた違和感のわけは、それで説明がつく。
彼女はどうしても、あの文書を教室に貼られたくなかったのだ。
しかし、それはなぜなのか。そこまでして見たくない内容だったのだろうか。みなの目にさらしたくないことが、あそこには書かれてあったのだろうか。
「そうだ。そういえばあの文書って今どこにある?」
「それなら景子先輩が視聴覚室に持っていったはずです」亜美が言った。
「そうか。それなら俺、これから探して持ってくるよ」
勇哉がそう言って席を立ち、そのまま教室から出て行こうとすると、誰かの声がそれを止めた。
「待て、勇哉!」
振り向くと、雄一が席を立ってこちらを見つめていた。
「なんだよ、雄一」
「行く必要はない」
「なんでだよ。なにか問題でもあるのか?」
雄一の突然の制止に、勇哉は眉をしかめた。
「そうじゃない。行く必要はないって言ってるんだ」
雄一は言いながら、自分のズボンのポケットからなにかの紙切れのようなものを取りだした。そしてそれを、こちらに広げて見せた。
「文書なら、ここにある」
そこにいた全員が、雄一の持つその紙切れに注目した。それは確かにあの怪文書のようだった。
ただしそれは、以前見たものとはかなり違っていた。紙がビリビリに細かく破られた跡があり、それをあとからセロハンテープで何度も貼り直してあった。
「……なんでお前がそれを持ってるんだよ」
当然の質問に、雄一は落ち着いた様子で答えた。
「拾ったんだ。……視聴覚室のゴミ箱から」
「ゴミ箱?」
勇哉は驚き、雄一の顔を凝視した。
「そう。ビリビリに破り捨てられているのを……ね」
勇哉は混乱しながらも、とりあえず席に戻った。
「江藤くん。どういうこと? それがゴミ箱に捨てられていたって、しかもそんなふうに破られていたなんて……」
直もその怪文書を見て、困惑の表情を浮かべていた。
「あのあと、僕は個人的にこの文書のことをもう一度調べようと思ったんだ。それで、みんなのいないときに視聴覚室にこれを探しに行ってみた。田坂さんがそこに持っていったという話を聞いていたからね。でも、どこにも見当たらなかった。それで、まさか捨てられてるわけはないよなと思って、ゴミ箱の中身をのぞいてみたんだ。そうしたら、この紙片の一部が目に入った」
「じゃあ、景子先輩がそれを破り捨てたってことですか……?」
亜美が動揺を隠しきれない様子で言った。
「普通に考えたら、そうなるだろうね」
亜美は息を呑んで、そのまま押し黙った。
「でも、違う人物の仕業という線もないわけじゃない。とにかく、僕が見つけたときにはすでにバラバラの状態になっていた」
「じゃあ、それを貼り付け直したのは江藤くんなのね?」
「うん。一応読めるほどには直せたからよかったけど」
「でも、この文書に、そこまでして隠さなきゃならないようななにかが書いてあったのかしら? 確かに普通じゃない内容を書いてはあったけど、水城さんや田坂さんが、そんなふうにそれを隠蔽しなきゃならないようななにかがあったのかしら?」
「そうなんだと思うよ」雄一は意味ありげにうなずいた。
「この文章って、すごく意味深な書き方をしてるけど、はっきりとしたことは書かれてないよね。例えば復讐って言ってるけど、なんに対しての復讐なのか。ここには書かれていない」
確かに雄一の言うとおり、文章全体を通して、なんとなく漠然とした印象を受ける。誰がなにを、なんのために行おうとしているのか。すべてはっきりとしたことは書かれてはいない。
「でも、かなり暗示的な書き方をしているけど、ここから読み取れることもある。それは、強者が弱者を貶めるというくだりから、暗になにかそういうことがあったことを示唆している」
「確かにそうね……。だとしたら、意味としては社会的構図のことを言っているとも取れなくはないけど、これってもしかすると……」
「……いじめ」
直のあとを継ぐようにそう言ったのは、千絵だった。
「きっと、いじめがあったことを言っているんだよ」
メンバー全員が、千絵にそのとき初めて注目した。彼女は下唇を噛み締めながら、じっと正面を見据えていた。