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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第四章 波乱の木曜日
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波乱の木曜日10

 一年一組の教室に戻ると、そこには雄一の姿しかなかった。


「あれ? 他のメンバーは?」


「ああ。田坂さんと五十嵐さんは、食事の支度のために家庭科室に行ったよ。宮島は例によってトイレだ」


「そっか。そういえば彼女たち、カレー作るって言ってたな」


 勇哉がそう言うと、直が言った。


「それならわたしたちも手伝いに行ったほうがよさそうね」


 それを聞いて、勇哉はさえたちと話していたことを思い出した。


「そうだ。それなんだけど、食事の準備も当番制にしたらどうかって話をしてたんだ。水城さんと」


 さえの名前を出すと、直の表情が一瞬かげったように見えた。しかしそれはほんのわずかのことで、すぐに明るい表情に戻った。


「そうね。確かにいつまでこの状態が続くかわからないし、当番制にしたほうが効率はよさそうだわ」


 直は普段と変わらない態度でふるまっていたが、勇哉は先程見えた彼女の暗い表情の残像がそこに残って見えていた。保健室で彼女たちがどんな話をしたのかはわからない。けれど、彼女とさえとの間に入った亀裂は、まだ修正には至っていないことは、なんとなく察しがついた。


「でも、佐々嶋たちのことはどうすればいいんだろうな。食事はきっと作る気なんてないだろうから、他の労働で役に立ってくれればいいけど、それもやるかどうか。結局割りをくうのはこっちばっかりってことになるのだけは勘弁してほしいぜ」


「それはやっぱり信じてやっていくしかないわ。とりあえずは町へ行けば、なにか食料は手に入るだろうし、今のところは向こうからなにか言ってこない限りは、そこまでわたしたちが面倒を見ることはないと思う。けれど、もしどうしても困っている状況が見られるようなら、放っておくわけにはいかないわ。そこでまた、協力してもらえることを頼んでいきましょう。そのための友好関係でしょうから」


 直の言葉に、雄一と千絵もうなずいた。


「そうだね。とりあえずは仲良くやっていくってことになったんだ。そこはあまりとげとげしないよう、努力していく他ないよ」


「わたしもそう思う」


 勇哉はそんなみんなの言葉に、ふっと呆れたように息をついた。


「みんな、本当に人がいいんだな」


 勇哉のその台詞に、他の三人はどういうわけか揃って苦笑していた。


「ところで、さっき職員室に行く前に、写真がどうとか話をしてたわよね。そのことを教えてくれる?」


 直がそう言うと、雄一がポケットから例の写真を取りだして、彼女に手渡した。


「これだよ」


「集合写真?」


「そう。二年前の一年三組のね」


「どうしてこんなものを持っているの?」


 直は当然とも言える質問をした。それに雄一は、写真を西昇降口で拾ったことを話した。

 直はそれを聞いて少し驚いたが、落ち着いた様子でその写真をしばし見つめていた。


水野みずのくん……」


 そうつぶやくように言ったのは、直の横に立っていた千絵だった。


「ああ、本当。彼もそういえばこのクラスだったわね」


「水野?」あまり聞き覚えのない名前に、勇哉は聞き返した。


「うん。鷹野くんとかはあまり知らないのかな? 当時、わたしたちと同じ美術部にいた男子で、当時一年三組にいた子なんだけど……」


「ふうん。で、その水野ってどれ?」


「この子よ」


 直がそう言って指差したのは、小柄でおとなしそうな印象の少年だった。あまり見覚えがない。こんな生徒が同学年にいただろうか?


「知らない顔だな。同級生でこんなやついたっけ?」


「今はいないわ。彼、学校に来なくなっちゃったから」


 学校に来なくなった? 不登校?


「いつから?」


「あれはいつだったかしら……」


「二学期の途中から、美術部に来なくなってた」


 千絵が少し悲しそうに言った。


「繊細な男の子だったから、きっとあの一年三組になじめなかったんでしょうね」


「それで、もうずっと学校には来てなかったのか?」


「そうみたいね。遠藤先生がいろいろあって辞めた印象がすごくあるけど、彼も当時のことで学校に来られなくなってしまった被害者の一人なのよ。そして今もなお苦しんでいるに違いないわ。彼、今ごろどうしているのかしら」


 こんな世界に取り残されることになってもなお、他人の心配をする。そんな彼女の優しさに、勇哉は呆れながらも感心した。


「そっか。そんなこともあったんだな。俺、全然知らずにいたよ。結局俺は当時、一年三組の荒れた状況を見て、大変そうだなとは思っていたけど、自分とは関係のないところで起きている遠いことのように考えていた。それどころか、水野ってやつがいたことも今の今まで知らずにいた。一年三組でなにが起きていたのか、本当の意味で知ろうともしなかった。それってすごく、酷いことだよな……」


 勇哉の言葉に、直が首を横に振った。


「それは仕方のないことよ。わたしだって、水野くんと同じ美術部にいたから彼のことを覚えているけれど、そうでなかったらきっと顔も覚えていないかもしれない。非情かもしれないけれど、人間の多くは、自分と関わりのないことに深入りしようとはしない。対岸の火事を消しにいこうなんて思わないのよ」


 直は暗い目をして言った。それを見て、勇哉の胸につきりと鋭い痛みが走った。

 自分が知らないだけで、誰かがどこかで深く傷ついている。そのことに、今初めて気がついた。水野はどんな思いを抱いていたのだろう。当時の一年三組で、どれだけ苦しんで傷ついていたのだろう。


 そんなことを今の今まで考えもしてこなかった自分が、なんだかとても恥ずかしく思った。


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