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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第四章 波乱の木曜日
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波乱の木曜日9

 しばらくして、直と景子が保健室から戻ってきた。そして直はみなに、さえと景子も佐々嶋の申し出を受けることを承諾したと話した。すでにそのことについてはほぼわかっていたことだったので、みな納得した様子でうなずいていた。


「さえ先輩の様子はどうでしたか? 大丈夫そうですか?」


 亜美が待ちきれない様子でそう訊ねた。


「うん。大丈夫。今は保健室で横になっているよ。きっと今までの疲れが出たんだろう」


 景子はそう言っていたが、亜美はまだ不安げな表情だった。


「とりあえず、わたしが代表して佐々嶋くんにこのことを伝えてこようと思うんだけれど、いいわよね」


 直がそう話したのを聞いて、勇哉は言った。


「それじゃあ、俺もついていくよ。清川さんだけ行かせるのはやっぱり危ない。いくら佐々嶋がああ言っていたといっても、外での土居たちの言動は見ただろう。なにをしてくるかわからない」


「あの、わたしもついていく」


 振り向くと、千絵が勇哉の後ろに立っていた。勇哉はそれに、正直なところかなり驚いた。佐々嶋たちのような不良と向かい合うのは、勇哉としても勇気のいることだ。それに一人で立ち向かおうとする直もすごいが、千絵のような一見おとなしいタイプの女子がそこに加わろうというのだ。友達とはいっても、なかなかそこまでつきあうことは普通できないだろう。こうみえて、彼女はとても芯が強いのかもしれない。


「よし、じゃあこの三人で行くことにしよう。あいつらがいるの、確か職員室のほうだったよな」


「勇哉。さっきの話のことだけど……」雄一が言いかけたのを見て、勇哉はうなずいた。


「あとで戻ってきてからまた話すことにしようぜ。とりあえず、佐々嶋のところに先行ってくる」


「佐々嶋たちには話をするのか?」


「……そうだな。とりあえず怪文書や写真のことについてはまだ言わずにおくことにする。あっちもまだこちらに警戒心があるだろうし、あんな予告状見たらとんだやぶ蛇になりかねないからな」


「うん。僕もそれがいいと思う。悪いな。引き留めて」


 雄一はにこりとして、軽く片手をあげた。勇哉も「おう」とそれに答えて、教室をあとにした。直と千絵も勇哉に続いて廊下に出た。


「鷹野くん。なに? さっきの話」直がさっそくそう質問してきた。


「ああ。実はさっき、清川さんたちが保健室に行ってるときに、江藤が写真を拾ったって言って見せてきたんだ。それについて、ちょっと考えるところがあってさ」


「写真?」


「うん。またあとで清川さんにも見せるよ。とりあえず、今は佐々嶋のところに急ごう」


 直はまだ聞きたそうにしていたが、勇哉は構わず歩き出した。

 職員室前までやってくると、中から笑い声が聞こえてきた。こんなときでも笑って過ごせる神経が信じられなかったが、ある意味羨ましいことでもあった。


 戸を開けて中に入っていくと、土居と山本はその辺りのデスクの上に座り、佐々嶋は回転椅子に足を組んで座っていた。三人とも信じられないことに、そこでタバコを吸っている。こんなところで堂々とそんなことをするなど、もしここが元の世界だったならとてもできることではない。見つかったら即停学になるところだ。しかし、今それを咎める大人はここにはいない。彼らはそのことを楽しんでいるのだろう。

 立ちこめる紫煙に眉をしかめながら、勇哉たちは三人に近づいていった。


「佐々嶋くん」


 代表して直が声をかけた。佐々嶋たちは、勇哉たちが職員室内に入ってきたことに気づいていたのにも関わらず、すぐにはこちらに視線を向けようとはしなかった。友好関係を結びたいと言ってきたくせに、こういう態度は変えようとしない彼らの無神経さには、ほとほと呆れるしかない。


「おお。清川さん。で、話はまとまったの?」佐々嶋が直に視線を移動させると、土居と山本もにやにやとしたいやらしい表情でこちらを見つめてきた。


「あなたの話、受け入れさせてもらうことになったわ」


「そう。それはよかった。じゃあ、晴れて俺たちもきみたちと仲間になったわけだ」


 佐々嶋はそう言うと、タバコを片手に持ったまま立ちあがり、空いているほうの右手を直の正面に差し出した。直はそれを見て、固まったようになった。


「なに、取って食うわけじゃあるまいし。握手くらいしようぜ。ほら」佐々嶋が無理やり直の手を取ろうとしたのを見て、勇哉は間に割り込むようにしてそれを止めた。


「嫌がっているの、わからないか? そういうのもやめてもらわないと、仲良くなんてできない」


「ふっ。つくづく嫌われてるんだな。俺も。しっかし、鷹野。お前もいい度胸してるよな。今までは俺らに関わらないように過ごしてきてたのに。世界がこんなふうになってから、なにか心境の変化でもあったか?」


 佐々嶋はそう言って笑った。土居と山本もそれに合わせるように笑い声をあげた。心境の変化どころの話でないことはわかりきっているのに、こんなふうに人をからかって笑いものにする。本当に虫の好かないやつだ。

 しかし、ここで真に受けてはいけない。熱くなったらますます相手の思うつぼだ。勇哉はあくまでも冷静にと、自分自身に言い聞かせた。


「とにかく、あんたたちがどこまでの協力関係を俺たちと築きたいのかわからないが、この世界での生活面に関することは、確かに今までのことを抜きにして、お互いに協力していくのがいいと思う。なりよりも第一は人命が優先されるべきだからな。しかし、プライバシーに関わることや個人的な感情については、一定の距離が必要だろう。本当の意味で仲良くなるには、それなりの時間も必要だし、相性ってものがある。それは言うまでもなくわかってるよな?」


 佐々嶋は勇哉の言葉を、今度は笑うことなく聞いていた。そして手に持っていたタバコを、机の上に置いてあった灰皿に押しつけて消した。


「ああ。そうだな。おおむねそれでいいだろう。俺としても、お前たちと友達ごっこなんて、やろうと思ってもできないだろうからな」


 そして、あらためて再び右手を差し出してきた。今度は勇哉に向けて。


「取引成立の握手だ。男同士だったら構わないだろ?」


 勇哉は少し戸惑ったが、黙ってその手を握った。その途端に思い切りぎゅっと握り返され、かなり痛い思いをした。きっと睨みつけると、彼はすぐにその手を離してにやりと笑みを浮かべた。


「今日から俺たちもここで暮らすことにするから、いろいろとよろしくな」


 どこまでも人を食った男だが、一応は信用してつきあっていくしかないだろう。

 それに、二年前の一年三組のことについても話を聞く必要がある。またタイミングを見て話をせねばならない。

 勇哉たちは、早々にその場をあとにした。勇哉はどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。これからあの連中とつきあっていくことになると思うと、とてつもなく気が重かった。それは直や千絵も同様の気持ちのようだった。


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