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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第四章 波乱の木曜日
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波乱の木曜日8

 直がさえたちと話をしに教室を出ていったあと、雄一が勇哉に話しかけてきた。


「さっき、実は教室に入ってくる途中で、妙なものを見つけたんだ」


「妙なもの?」


 雄一がポケットから取り出し、広げて見せたのは、一枚の写真だった。


「なんだよそれ。そんなものどこで拾ったんだ?」


「西昇降口のところに落ちてたんだ」


 勇哉は雄一からそれを受け取り、それをじっと見つめた。それは、クラスの集合写真だった。毎年春になると撮られるもので、生徒たちが校舎の前で正面を向いて並んで写っている。


「これって、俺たちが一年のときのやつだな。へえ、なんかみんな幼いな」


「勇哉。なんかおかしいと思わないか?」


「え? 特におかしなところはないように思うけど」


 勇哉は雄一の顔を見て、目をぱちくりとさせた。写真はいたって普通の集合写真だ。


「違う。写真自体がということではなくて、それが落ちていたことがだ」


 雄一の言葉に、勇哉は再び写真に目を戻した。その写真は勇哉のクラスのものではない。当時の一年三組のものだ。佐々嶋や土居、山本、さえの姿もある。こうして見ると、普通のクラスのように見える。きっと実際に、最初のころは平和な普通のクラスだったのだろう。

 そんな写真が今、この場にある。まるでなにかを意図するかのように。


「つまり、誰かが故意にこの写真を落としていったって言いたいのか?」


「そうだろう。こんなものが普通にその辺に落ちているわけがない。誰かがこれを見つけるようにし向けたんだ」


「さっきからお前ら、なに話してるんだよ」


 透がそう言って、勇哉の手元をのぞいた。


「なんだ? 写真?」


「そう。二年前の一年三組の集合写真だ」


「なんでそんなもの持ってるんだよ」


「江藤が拾ったんだ。西昇降口のところで。だからこんなもの、普通に落ちてるのは不自然だよなって話をしてたところなんだ」


「それもそうだな。それにしても、よりによってあの一年三組の写真とは、なんか不吉な感じだな」


 透はそう言いながらも、じっと写真を見続けていた。


「そういえば、さっき土居のやつも当時の話をしていたな。佐々嶋のやつがすごかったとか言って」勇哉は言った。


「土居のやつ、そんな話をしてたのか?」


「ああ。そういえば、お前らはいなかったから知らないだろうけど、あいつらさっき校舎の窓ガラスを割ってたんだ。単にふざけてのことだろうけど」


「ひでえな。先生たちがいないからって」透が途端に顔をしかめた。


「それで、俺たちが止めにいってさ。そのときにどういう流れでか、土居がそんな話をしていた。あまりくわしいことは聞けなかったけど、その話があったあと、水城さんの様子がちょっとおかしくなったんだよな」


「そういえば水城さん、調子が悪いとか言ってたみたいだけど、大丈夫かな? 今朝は元気そうに見えたんだけど」雄一はそう言って、亜美のほうに視線を向けた。「ね。五十嵐さん。そうだったよね」


「あ、はい。先輩、朝は元気そうでした」


 亜美は自分の席に座ったまま、そう答えた。その隣には千絵も残っている。二人ともいつも一緒にいる仲間がいなくなって、少し不安げに見えた。

 そんな二人から再び視線を写真に戻す。雄一もすでにこちらに顔を向けていた。


「まあ、佐々嶋たちがやって来たせいもあるかもね。そういえば、彼女も当時一年三組だったんだっけ?」


 雄一が確かめるように、写真をのぞきこんだ。確かにそこにはさえも写っている。


「なあ、当時のことってみんな覚えてるか? 確かいろいろあったんだよな。今じゃほとんど誰も話さないけど」


 透が誰にともなくそう訊ねた。勇哉は記憶を遡って、あのころに起きていたことを思いつくまま列挙していった。


「まあ、細かいことはクラスも違ったしわからないが、とにかく酷かったんだよな。授業妨害やいやがらせは日常茶飯事で、それがクラス全体で行われていた。そして佐々嶋はその筆頭だった。それが保護者の耳にも入り、毎日のように学校に苦情が来るようになった。生徒や他の教師、保護者からも責められる形となって、結局当時の担任は精神を病み、辞めざるを得なくなった。新しい先生が来るまでの繋ぎとして教頭先生がクラスを受け持っていたが、そのころから少しずつクラスも落ち着いていったっていうふうに記憶している」


 勇哉の言葉に雄一もうなずいた。


「そうだな。僕の記憶もだいたいそんな感じだ。他にもいろいろ問題はあったようだけど」


 それだけのことを、ほぼ佐々嶋一人の力でやったのだ。今あらためて考えてみても、とんでもない生徒である。当時の担任の先生が気の毒でならない。勇哉は写真の中心に写る、面長な教師の顔を見つめた。


「そういえば、この担任の先生ってなんて名前だったっけ」


遠藤えんどう先生だよ。穏やかな話し方をする先生だったと記憶してるけど」


「へえ。江藤、よく覚えているな。俺他のクラスの担任のことなんて、ほとんど印象にないけど」


「勇哉は遠藤先生に習ったことはないのかもな。僕は一年のとき、少しの間英語はあの先生だったからさ」


「へえ。そういえば、英語は二人先生がいたっけな」


 勇哉はそのころに授業を受け持っていた教師の顔ぶれを頭に浮かべてみた。やはりその中に、遠藤という教師の顔は当てはまることはなかった。しかし、教室の外では何度か見た覚えがあることを思い出した。


「あれ? でもこの先生、校庭にいたのをよく見たような……。体育、なんか教えてなかったよな」


「ああ。部活の顧問もやってたからな。女子バレー部の」


 雄一のその言葉を聞いて、勇哉は目を丸くした。その反応は、他のメンバーにも見られた。


「女子バレー部? それなら水城さんも、当然遠藤先生に習ってたってことになるよな」


「田坂さんも、だな」


「でも、だからと言ってなにがどうということでもないだろ」


 透はそう言ったが、勇哉はなにか引っかかっていた。このことは、あのさえの普通でない反応の答えになる、なにか重要なピースなのではないか。今、自分たちが直面している、この難解なパズルのうちの欠かせない一片なのではないだろうか。

 なぜかそのとき、勇哉はそんな思いにかられていた。そして、勇哉の胸のうちに、あるイメージが浮かんできていた。


 ――パズル。それは巨大な目に見えないパズルだった。勇哉たちはその上に所在なく立っている。まだ未完成のパズルの上では、行き先も今どこにいるのかもわからない。必要なピースを探し出し、それを一つひとつ間違いなくあてはめていかなければ、それを知ることはできないのだ。


 そこにどんな絵が描かれているのか、今はまだまったくわからない。そこかしこになにかしらのピースは落ちてはいるが、それがなにを意味しているのかは見当もつかなかった。それを知るには、パズルを完成させていくしか方法はない。一つひとつをあるべき場所へと戻していくことで、それは少しずつ形を取り戻していく。想像を駆使し、可能性のあるピースをそこに当てはめていくことで、パズルはできあがっていく。最後の一片までやりおおせたとき、パズルはようやく本当の姿を見せるのだ。


 勇哉の中で今、ある重要なひとつのピースが巨大なパズルの上に浮かびあがっていた。


「……いや、やっぱり気になる。この符号は、きっとなにかを示しているんだろう。この写真が落ちていたことやあの怪文書のことといい、考えてみれば不自然なことが続いている。なにか悪い予感がする」


「これ以上によくないことが起こるって言うのかよ」


「このまま手をくわえて見ているだけならば、そうなるかもしれない」


 勇哉の言葉に、その場にいた全員が不安そうな顔をした。


「怪文書とこの写真。これらを差し向けた人物は、きっと同一人物なのだろう。そしてその人物は、二年前の一年三組のことを暗に示唆している。怪文書にあった復讐というのは、もしかしたらそのときのことに対しての言葉なのかもしれない」


「確かに。僕もそんなふうに感じていた。だとしたら、水城さんや佐々嶋くんたちにその当時のことを訊く必要がある。ちゃんと話してくれるかどうかはわからないけど、一番の当事者である彼らなら、なにかを知っているはずだ」


 勇哉と雄一はお互いにそう言ってうなずきあい、透もそれに合わせるようにうなずいた。


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