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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第一章 運命の月曜日
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運命の月曜日3

 やがて四時間目の授業を知らせるチャイムが鳴り、その日の体育の授業が始まった。体育の授業は、二クラス合同で行われる。今日は一組と二組が一緒だ。もちろん男女は別々で、男子は今日はサッカーをするらしい。だから現在、このバレーボールコートの周りには、女子生徒ばかりが集まっていた。唯一の男性は体育教師の近藤こんどうだけだ。


 そして近藤の指示に従い、クラスで二チームを作ることになり、それぞれ一組対二組という組み合わせで対戦することになった。


 千絵のいるチームには直もいた。直は勉強だけでなく、スポーツもそれなりにこなすことができる。運動部に所属していないというのに、運動神経もいいなんて本当に羨ましい。チームには他にバレー部の子もいて、千絵さえいなかったらきっと余裕で勝ててしまうのだろう。とにかく足だけは引っ張らないように頑張ろう。そう思いながら、千絵は試合の始まるコート内へと足を踏み入れていった。


「よーし。頑張って行こう!」


 バレー部の子が、そう声を出して手のひらを打ち鳴らした。さすが現役部員。頼りになる。千絵は彼女が千絵のぶんのフォローもしてくれることを願った。

 試合が始まり、ボールが空中を飛び跳ね始めた。空で踊り回る丸い生き物のようなそれを、千絵はしかし、ただただ眺めることしかできなかった。


 体が反応できない。千絵のできることは、みなの邪魔にならないように端のほうに避けることだけ。千絵はあの丸いものが恐ろしかった。触りたくない。体の奥底から湧き出てくるのは拒否反応。

 直はしなやかな動きでボールを打ち返していた。それによって、うちのチームに得点が加算される。


「ナイス!」


 直はチームのみなの賛辞に笑顔で答えていた。しかし千絵と目が合うと、すぐに心配そうな表情に変わった。千絵は無理やり彼女に向けて笑顔を作る。しかし直の心配そうな表情が変わることはなかった。


 試合は、二組がリードしたままでセットポイントまで推移した。授業でのバレーボールはワンセットマッチで終わるので、こちらがあと一点取れば試合は終了、二組の勝利となる。千絵は今のところ、ほとんどボールに触ることなく済んでいた。ボールが千絵のほうに飛んでくることがやはり何度かあり、千絵がボールを受けなければならない場面もあった。いつものようにそれは失敗にしか結びつかなかったが、大きく点数に影響するまでの回数には至らず、千絵は少しだけほっとしていた。やはり直や現役バレー部員の子のようなメンバーの活躍が、そのぶんを穴埋めしてくれたことが大きかった。


 あと一回、千絵のところにボールが飛んでこなければいいのだ。そうすればきっと、他のメンバーが点数を入れてくれる。無事に勝利でこの試合を終わらせてくれる。


 直がサーブを打った。緩やかな弧を描いて、ボールは相手チームのコートへと飛んでいく。相手チームはそれをレシーブで受け、セッターがそれを高く打ち上げた。そしてそれは、もう一人の子の手によってこちらへと返ってきた。


「吉沢さん!」


「千絵ちゃん!」


 仲間の声が周囲から聞こえてきた。けれど千絵はそのとき、彼女たちの姿を見ることはできなかった。千絵はそのとき、たった一人で宇宙に投げ出されたような孤独を感じていた。


 なんで。よりによって、どうしてこんな大事な場面でそれはこちらにやってくるのか。千絵に受けられるわけがない。神様だってきっとわかっているはずなのに、どうしてこんな残酷な試練を与えるのだろう。

 丸いそれが目の前まで来たとき、千絵は思わずぎゅっと目を閉じてしまった。


(もう駄目だ。終わった。またわたしはみんなのがっかりした顔を目にするしかないんだ。そういう運命なんだ)


 千絵がそう思ったそのとき。


 奇跡が起きた。


「わっ」と誰かが叫んだ。


 なにが起きているのか、目を閉じていた千絵には一瞬わからなかった。


「地震だ!」


 誰かが発したその言葉で、事態をようやく理解した。不気味ななにかが、バレーコートを掴んで揺らしているようだった。

 みながその場でしゃがみこんだり、近くにいた人同士で身を寄せ合ったりして不安げに辺りに目を凝らしている。なにか化け物がどこかからにじり寄ってきているような、そんな得体の知れぬ不安感がその場を支配していた。


 とても長い時間が過ぎたように思われた。やがて波がひいていくように、揺れは次第におさまっていった。

 その場にいたみなの間に、一気に安堵の空気が漂った。近くにいた直が、千絵に対して気遣うような声をかけてくる。


「結構大きい揺れだったね。千絵ちゃん大丈夫? すごい汗かいてるよ」


「あ……うん」


 言われて気づくと、確かにこめかみから流れた汗が頬まで伝わり落ちていた。体操服の肩の辺りでそれをぬぐうが、その汗はあとからあとから噴き出してきてなかなか止まらなかった。

 千絵にはその汗が、暑さからくるものとは違っていることがわかっていた。これは恐怖からくるものだ。ボールへの恐怖。失態を演じるかもしれないという恐怖。そして、地震への恐怖もそこに加わった。


 けれど、その地震に、ある意味千絵は救われたのだ。ボールは千絵たちのチームのコート内に転がってはいたが、今ここにいる誰一人としてそれが千絵のせいだとは思っていない。あの瞬間、あのタイミングに地震が起こったことに、千絵は悪いとは思いつつも感謝していた。

 あの地震が起きたことで、先程のプレーはうやむやになったのだ。千絵にとってそれはとてもラッキーなことだった。


 しばらくして、教室にいた他の生徒たちも校庭に順番に避難してきた。こんな光景は、避難訓練でしか見たことがない。しかしこれは訓練ではないのだ。そのことが、なんだか不思議な感じがしていた。


 結局余震なども起こることはなく、その場は先生たちが生徒たちの確認と安否を確認しただけにとどまった。とりあえず、生徒たちは全員教室に戻ることになり、千絵たちも、授業の中断を言い渡された。残りの時間は、それぞれの教室で各自自習をすることになった。


 教室へ戻る途中、千絵と同じチームだった他の子は、もう少しで勝利というところでバレーボールが中止になったことに不満そうだったが、千絵は正直嬉しかった。もう一秒もあそこにいたくはなかったのだ。それが叶って彼女はおおいに助かっていた。

 体育教師の近藤は、手の空いている他の先生たちとともに、先程の地震でなにかが崩れてたりなどしていないか点検に回るということで、三年二組には事実上の自由な時間が訪れていた。


 更衣室で着替えを済ませ、教室へ戻ると、そこにはざわついた空気が満ちていた。みんな先程の地震のことで頭がいっぱいのようだったが、その様子はどこか危機感に欠けていて、教室内の雰囲気はいつもより弛緩していた。

 それは、ある一人の生徒がその場にいないことにも原因があった。佐々嶋和輝。彼はまだ教室に戻ってきていない。先程校庭に彼の姿はあった。ということは、まだ彼はそこに留まっているということだろうか。


 千絵は直と話がしたかった。直は千絵のいる窓際とは反対の、廊下側の前から二番目の席にいる。真面目な彼女はおしゃべりをしている他のクラスメイトたちと違い、きちんと教科書とノートを机に広げて自習をしていた。そんな彼女の様子を遠目に見た千絵は、そばにいって話をすることもはばかられ、自分も自習をすることにした。しかしざわめく心が落ち着くことはなく、自習がはかどることはなかった。


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