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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第四章 波乱の木曜日
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波乱の木曜日5

 いつだったか、同級生の子から、不良だけどすごくかっこいい先輩がいるという話を聞いたことがあった。亜美としては特にその先輩のことに興味は持たなかったが、その同級生につきあう形でその先輩の姿を遠巻きに見たことはあった。


 確かにその先輩は背もすらりと高く、均整のとれた体つきをしていた。そして、顔は端正に整っていて、かなりの美形だった。しかし、亜美はその先輩に対して好感は持てなかった。不良であるということを抜きにしても、なんとなくお近づきにはなりたくないと思った。同級生の子のように、単純にかっこいいと言って騒ぐ心境にはなれなかったのである。


 それがどうしてなのかというのは、亜美自身わからなかった。住む世界が違うと言えばそうなのだろうし、怖そうだったからだと言われればそうだとも言えた。けれどそれは、決定的な答えとは言えなかった。とにかく亜美は、その先輩のことがあまり好きにはなれなかった。


 とりあえず、学年も違って部活でも一緒にはならないそんな人と、特に接点もできるはずもなく、学校でたまにその姿を見つけることはあっても、顔見知りになるようなことはなかった。これまでの亜美にとって、その先輩はまるきり遠い存在だったのだ。


 だから、こんなふうにその先輩と同じ教室内で過ごすことになることは、亜美にとってはまったくもって予想外の出来事だった。

 佐々嶋和輝というその人は、この教室内において、圧倒的に異質だった。


 なにが、というわけではない。ただ、彼がそこにいるのといないのとでは、教室内の雰囲気がまるで違っていた。教室内の空気は、まるで今までとはその質量自体が変わってしまったかのように重苦しくなっていた。


 他の生徒たちは、息を止めてしまったかのように静かだった。土居と山本は今は割れたガラスの片付けをしに行っていて、この一年一組の教室にはいない。江藤先輩と宮島先輩の二人もまだ学校に戻ってきてはいなかったので、佐々嶋以外の男子は、鷹野先輩ただ一人だった。


 しかしそれでも、彼がいることは他の女子にとっては心強いことだった。もしこの場に女子だけしかいなかったらどうなっていただろう。先程は仲裁が入って何事もなく終わったが、それがなかったとしたら、彼らの言うなりにならざるをえなかったかもしれない。体力的に劣るだろう自分たちにはきっと対抗しきれない。


「本当にここで生活してるんだな」


 佐々嶋はそう言いながら、教室内に置かれてある寝袋や、生活用品の類を一瞥した。だがそれにもすぐに興味をなくしたように、窓辺で外を眺め始めた。


「こうしてここから見える景色は、以前とそう変わりないように見えるのにな」


 そのつぶやきは誰に向けて発したものなのか、はたまた自分自身に向けて言った言葉だったのか。それは他人には知るよしもなかったが、なんとなくその言葉は印象的に響いた。


「佐々嶋くん。やっぱりあなたたちも、あの地震のときに校庭にいたの?」


「ああ。校庭というか、陸上部の部室の中だけどな。もちろん、別に陸上部に入ってるとかそういうんじゃないぜ。部長にかけあって、借りてただけだ」


 直先輩の質問に、佐々嶋はそう答えた。やはり、彼らもあのときあそこにいたのだ。きっと部室内ではろくなことをしていなかったのだろうが。


「佐々嶋くん。わたしたちはみなでいろいろ話し合って、こうして今は共同生活をしているの。状況が把握しきれていない今は、いろいろな意味で危険だし、お互いが協力しあっていかないといけないと思うから」


 佐々嶋とは反対側の、教室内では廊下側に位置する辺りに立って、直先輩はそう言った。この場で佐々嶋と普通に対話しているのは、今は彼女ただ一人だった。他のメンバーも直先輩の近くに立ってはいたが、彼らは佐々嶋と話をする気はないようだった。


「みなで協力、か。相変わらず青臭いこと言ってるんだな。まあでも、そうでもしないとお前らみたいな弱い人間は生き残れないだろうしな」


 平然とこの場のメンバーを侮蔑する言葉を口にする佐々嶋に対し、直先輩はあくまでも穏便な態度で応じていた。


「佐々嶋くん。そうは言うけど、そう言うあなただって、たった一人じゃこの世界では生きていけないんじゃない? 土居くんや山本くんがいるから、あなたもこんな状況でやっていけてるんじゃないのかしら?」


 直先輩がそう言うと、佐々嶋は「はっ!」とせせら笑った。


「なに寝ぼけたことぬかしてんだよ。あいつらなんて、しょせんは駒でしかない。しかも使えない駒だ。脳味噌の足りないあいつらといたって、俺にはなんの得もない。特にこの世界じゃ、本当の役立たずでしかないんだよ。生き残ることを考えるなら、あいつらを切って捨てたほうがいいとすら思うね」


 佐々嶋のその言葉に、亜美は目を瞠った。他のメンバーもその言葉に驚愕の色を示していた。


「おい。そりゃないんじゃないのか……?」


 そううめくように言ったのは、鷹野先輩だ。


「お前ら三人は友達なんじゃないのか? ただ、便利な駒だから一緒にいただけだって言うのかよっ」


 窓を背にした佐々嶋は、逆光の中で薄く笑みを浮かべていた。


「そのとおりだ、と言ったら?」


 それを聞いた鷹野先輩は、弾かれたように佐々嶋の前へと進み出ていった。


「最低だ! 最低だよお前! あいつらはとんでもない不良だけど、お前のことは信じている。それだけは疑いようはない。それなのに、お前にとってあいつらは、必要がなくなったらあっさり捨てられるようなものなのかよ!」


 鷹野先輩の叫びに、佐々嶋は堪えきれずといったふうに吹き出した。


「あっはっは! この俺が最低だって? そんなこと面と向かって言ってきたの、お前が初めてだよ」


 しかし佐々嶋はそう言ったかと思うと、ふいに真顔になってこう続けた。


「……けど、俺が最低だって言うなら、お前だって最低だよ。しかもそのことに気づいていないっていうのは、俺よりももっとたちが悪い」


「え?」鷹野先輩はまさかそんなことを言われるとは予想だにもしていなかったというように、言葉に詰まった。


「まあ、俺にはどうでもいいことだけどな」


 なにか意味深な言い方だったが、鷹野先輩はそれ以上佐々嶋に問い返すことはせず、その場に立ち尽くしていた。

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