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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第四章 波乱の木曜日
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波乱の木曜日4

 とそこに、後方から数人の足音が聞こえてきた。振り向くと、鷹野勇哉と水城さえたち女子バレー部のメンバーが駆け寄ってくるのが見えた。この騒ぎを聞き、校舎内から駆けつけてきたらしい。


「なにやってんだ!」勇哉が怒りを表してそう叫んでいた。遠目からも、土居たちの悪行が見て取れたのだろう。


「お前らになんの権利があってこんなことを……っ!」


 土居は勇哉らの姿を見て、ちっと舌打ちをした。そしてまだ手にしたままだったバットをすっと肩からおろし、勇哉に向けて伸ばした。

 千絵は思わずはっと息を呑んだ。まさか、そんなことをするわけがないと思いながらも、この少年ならばやるかもしれないという思いが同時に胸の中で交錯した。

 千絵たちの目の前まで一直線に走って来た勇哉も、彼のその行動に、ぴたりと足を止めた。勇哉の後方にいた女子三人も、それに合わせるように動きを止めた。


「はい。そこまでだ。お前らそこから一歩でも動いてみろよ。このバットがどこに飛んでいくかわかんねえぜ」


 土居と山本は下卑た笑いをたたえていた。千絵はあまりの恐ろしさに、体が強張ってしまっていた。これがなにかの冗談だと笑い飛ばせれば、どんなによかっただろう。

 こんな犯罪まがいのことを、世間や良識ある大人が許すわけがない。普段なら、それを心の片隅に置くことで多少なりとも大丈夫だと思えたかもしれない。

 しかし今の状況は、そんな甘い考えは通用しない。もし土居がそれを実行したとして、それを咎めるのは、ここにいる残された生徒たちだけなのだ。大人や世間の目がないということは、それができてしまえる状況にあるということだ。


「お前。随分と俺たちになめた口聞いてくれてるよな。この世界で生きていくには、そんなことじゃやっていけねえってことを思い知らせてやらないといけないな」


「そうだな。やっちまおうか、こいつ」


 土居と山本は、標的を勇哉に絞ったのか、そちらへと歩みを寄せていった。土居はバットの先を勇哉からそらすことなく向けていた。

 勇哉は一瞬怯んだ様子を見せたが、しかし気丈にもその場を離れることなく、土居たちを睨みつけていた。


「女子には手を出さないって約束しろ」


「へーえ。代わりに自分が犠牲になるってか。女泣かせのとんだ色男だぜこいつは」


 土居の言葉に山本が大げさに笑ってみせる。とことん悪役が板についている。


「まあ、だけどそこまで言うならそうしてやるか。人間サンドバックなんておもしろそうだしな」


「おい。土居。そんなことしたら死んじまうんじゃねーの?」


 そう言いながらも、山本の顔は笑ったままだった。勇哉のことを心配しての言葉であるはずがなかった。


「そのへんは適当に手加減するさ。でもまあ、もし仮に死んだとしても、この世界じゃたいしたことにはならねーだろ」


 千絵はそれを聞いて、全身の血の気がさっと引いた。死、なんてことを冗談でも口にする彼らの神経が信じられなかった。いや、違う。これは冗談なんかじゃない。この世界では、そんなことすらまかり通ってしまうのかもしれない。


「ちょっと! なにめちゃくちゃなこと言ってんの? そんなこと、許されるわけないでしょう!」


 さえが、もう黙ってはいられないといった様子で前に出てきた。


「大人がいなくなったからと言って、あなたたちの傍若無人が許されるわけじゃない。めちゃくちゃをしたかったら、どこか他へ行ってやってよ! わたしたちの生活に踏み込まないで!」


「おっと、威勢がいいねー。水城さん。なんか久しぶりに会った気がするけど、俺たち一年のとき一緒のクラスだったんだよね。覚えてる?」土居がそう言うと、さえは急に息を止めたように押し黙った。そし

て、小さな声でこう答えた。


「……忘れるはずないでしょう」


「はは。それもそうか。あの当時はサイコーだったよな。特にカズくんがめちゃくちゃですごかった。センコーのやつ、まじで青ざめてたよな」


「そうそう。当時のカズくんは、いろんな意味で相当やばかった。俺、ホント尊敬したもんな」


 土居と山本がそんなことを言い合う。どうやらこれは、二年前の一年三組のことを話しているらしい。


「あのころの俺たちのクラスって、今思えばかなりまとまってたような気がすんだよな。みんなが同じ目的に向かって頑張ってたっていうか」


 千絵はそれを聞いて、とても意外に思った。クラスがまとまっていた? 学級崩壊になっていたというあのクラスが?


「結果的にカズくんが勝利した形になって、事実上、あのクラスはカズくんのクラスになった。センコーのやつらは騒いでたようだけど、一年三組は前よりいいクラスになった。水城さんも、内心そう思ってたんじゃない?」


 千絵は目を丸くして、さえのほうに視線を向けた。今の話は今まで聞いてきた当時のこととまるで違う内容だ。言うなら、まったくの真逆と言ってもいい。当時一年三組だったというさえは、当事者でもあるのだ。今の話にどう答えるのか。千絵としても気になった。

 しかし、さえはなにも答えなかった。口をつぐんだまま、じっと下を向いている。どうしたのだろうと訝しんでいると、後ろにいた景子がさえの前へと身を躍り出した。


「変なこと言って、さえを困らせるんじゃない! あんたたち不良仲間とさえを一緒にするな!」


 その剣幕は、ことのなりゆきをはらはらしながら見守っていた千絵を、さらに驚愕させた。今この状況で、こんなふうに間に割って入るのは危険だ。


「さえっ。こんなの相手にしちゃ駄目だよ! 後ろにさがってな!」


 景子はそう言うと、さえをかばうように両手を広げて見せた。さえは一瞬戸惑いながらも、景子の指示に従うようにその後ろへと身を隠した。


「ちっ。なんなんだこいつ。なめたこと言ってんじゃねえ!」


 案の定、土居は景子の言動に憤慨した様子だった。逆上した土居が彼女に食ってかかろうと手を伸ばしかけたそのとき、千絵たちの後方から、誰かの声が聞こえてきた。


「そこまでにしといてやれ!」


 静かだが、よく響く声だった。土居が動きを止めたのを見て、みなが一斉にその声の主のほうを振り返った。


 彼は、一瞬にしてその場の空気を変えた。

 圧倒的な存在感と有無を言わせぬ迫力は、彼だからこそ作り出せるものなのだろう。


「……カズくん」


 長袖の黒のTシャツとデニムのパンツ姿の佐々嶋和輝は、優雅にすら思えるような足取りで、土居と山本のほうへと近づいていった。


「女には優しくしてやれっていつも言ってるだろう? 忘れたのか?」


 佐々嶋はそう言うと、ポンポンと軽く土居の肩を叩いた。背の高い佐々嶋が土居に並ぶと、大柄に思えた土居も、彼よりは身長が低かった。


「そうだったな。ごめんよ、カズくん」


 先程までとはまるで人が違ったように、土居は殊勝にそう言った。あがっていた腕も下におろして、すっかり大人しくなったように見える。


「山本も気をつけてやれよ。土居のやつ、ほっとくとすぐ熱くなるからな」


「ごめん。カズくん」


 山本も借りてきた猫のように大人しい。佐々嶋がいるのといないのとで、こうも態度が変わるものかと千絵は唖然とした。


「あーあー。また派手に割ったな。ここじゃあ修理屋には頼めないんだぞ。無闇な破壊はするんじゃねえよ」


 そう言いながらも、佐々嶋の表情は笑顔だった。逆にその笑顔がなにやら怖い。土居と山本もしゅんとして、視線を下に落としていた。


「まあ、けどやっちまったもんは仕方ない。後片付けはこいつらにさせるから、それで許してもらえるかな? 清川さん」


 いきなり名前を呼ばれて驚いたのか、直は目を瞠っていた。そして一拍置いてから答えた。


「もう破壊行動をしないと約束してくれるなら、それでいいわ。後片付けもしてくれるというならお願いします」


「よし。じゃあそういうことで、ここは手打ちとしよう。こんなつまらないことでお互い争っていたって、体力の無駄だからな」


 佐々嶋はそして、意外なほどに優しい笑みを浮かべた。そんな彼の姿に、千絵は驚いていた。こんなに彼が友好的に思えたのは初めてだったからだ。

 しかし隣にいた直は、まだ緊張を解いてはいないようだった。彼女は真剣な表情をしながら、佐々嶋にこう問いかけた。


「それより、訊いてもいいかしら?」


「なにをかな?」


「あなたたちがここへやってきた本当の理由を、よ」


 佐々嶋はそれを聞くと、くつくつと笑い始めた。


「さすが、清川さん。頭の回転が速い。出来がいい人っていうのは、もうなんにも言わなくてもわかっちゃうんだな」


「だって、そうでしょう。地震が起きてから今まで、あなたたちは町のほうで暮らしていた。わざわざ学校へ来るような必要性を感じていなかったからよね。だけど今になってこうしてここへやってきたってことは、なにかここに用があってきたんでしょう? それとも、用があるのはわたしたち残っているメンバー?」


 直がそう言うと、なにがおかしいのか佐々嶋はさらに声をあげて笑い出した。


「あっはっは! いいねー。そういうの。打てば響くってこういうことを言うんだろうな。こりゃ、先生たちのお気に入りにもなるわけだ」


 そして、ひとしきり笑ったあと、すっと彼は真顔になって言った。


「そう。俺はきみたちと話がしたくてここに来たんだ」


 そのとき、佐々嶋和輝の目が不敵に光って見えた。


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