波乱の木曜日3
ガチャーン!
その異様な響きは、外から学校へとちょうど帰ってきたところだった千絵たちの耳に、衝撃を与えた。千絵と直がいたのは、校門を入って南校舎へと向かう途中の道だった。
「なに? 今の」
千絵のその疑問に直が答えることはなく、代わりに彼女は怖い表情を浮かべていた。
音が聞こえたのは、南校舎のほうからだった。千絵は恐ろしくなり、その場で立ち竦んでいたが、直が歩き出したのを見て、自分も慌ててそれについていった。
校舎の前までくると、そこには黒い原付バイクが置かれてあった。そしてその向こうから、再びなにかが割れる甲高い音が響いた。直はその音を聞くと、千絵が止める間もなく駆け出していった。
「やめなさい!」
千絵が直を追いかけて南校舎の正面まで走って行くと、校舎の窓ガラスが二枚割れており、その前には私服姿の二人の少年たちが立っていた。そのうちの一人は手にバットを持っている。その少年たちが窓ガラスを割った張本人に間違いなさそうだった。そして、その顔には見覚えがあった。同じ学年の土居と山本という不良生徒だ。千絵は思わずその姿を見て、二の足を踏んだ。しかし、直は構わず彼らに食ってかかっていった。
「こんなことしてどうしようっていうの? お願いだからもうやめて!」
自分よりも大柄な男子――しかも札付きの不良二人を前にして、こんな口を聞く直の姿に、千絵は肝が潰れる思いだった。はらはらしながらも、彼女を護らねばという信念で、千絵は直のすぐ後ろへと駆け寄っていった。
「おお。これはこれは前生徒会長の清川さんじゃないの。相変わらず可愛い顔してんねー」
二人のうち少し太めの土居という生徒が、直を見てにやにやとした笑いを浮かべた。見るからに素行の悪さがにじみ出ている。土居よりは若干細めの山本もまた、直と土居のやりとりをおもしろそうに眺めていた。
「ねえ。まずはそのバットをおろしてくれない? そんな物騒なもの、女のわたしを相手に必要ないでしょう?」
直の言うとおり、バットを手に持っているのは土居のほうだった。土居はしかし、そのバットを肩に置いたまま、おろす気はないように見えた。
「それ、清川さんのご命令ですか? まさかこんな世界になっても自分は偉いとか勘違いしてるわけ?」
「そんなつもりじゃないわ。ただ、無闇な暴力や破壊行動は許すわけにはいかない。とにかく、もうそのバットを振るうのはやめてくれる?」
近くで直の声を聴いて、初めて彼女の声が震えていることに気がついた。直も本当は恐ろしいのだ。けれど、それでも彼女は負けずに戦っていた。
「ふうん。じゃあ、どうしようかな。頼みを聞いてあげてもいいけど、ただっていうのもつまらないよなー」
土居は意地の悪そうな笑みをたたえ、山本と顔を見合わせた。山本もそれに合わせるように下卑た笑いを顔中に広げた。
千絵はそれを見て、すごく嫌な予感がした。ここには今大人がいない。それはつまり、この不良たちを制することのできる存在がいないということだ。きっとこの二人もそれをわかっていてこんなことを言っているのに違いない。だったらこの二人の要求することは、とてつもなく最悪なことだろう。
「ちょっと俺たちと来てよ。清川さん。頼み通り、バットは捨てるからさ」
「土居。お前、わっるいなー」
土居と山本がくつくつと笑い合っている。千絵はそれを見て、頭に血が逆流した。そんなのは駄目だ。絶対に直を連れていかせるわけにはいかない。千絵は思わず直の腕を引いたが、彼女はそれに抵抗するかのようにそこから離れようとはしなかった。
「……ついていけばいいの? そうすれば、もうこの学校やわたしたちに危害を加えるようなことはしないのね?」
千絵は耳を疑った。直はなにを言っているのだ。こんなやつらの言うことなどまともに取り合ってはいけない。相手にするだけ無駄だ。
「ああ。もちろんいいぜ。ただし、清川さんの態度次第ではあるけど」
「そう。……わかったわ」
土居は直のその言葉に、意外そうに大きく目を見開いた。そして、ぴゅうっと口笛を吹き鳴らした。
「な、直ちゃん! 駄目だよ! こんな人たちの言うことなんて聞いたら、なにされるかわかったもんじゃない……っ」
「うるせえっ! デブは黙ってろよ!」
土居の大きな怒鳴り声に、千絵の心臓は震えあがった。元来小心者である千絵に、このような不良に立ち向かうだけの度量はない。千絵は涙を浮かべ、それ以上の言葉を発することはできなくなったが、それでも直の腕を放すことだけはしなかった。




