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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第四章 波乱の木曜日
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波乱の木曜日1

 千絵は自分の描いた絵を見ながら、なにかが足りないと感じていた。

 昨日に引き続いて、再び今日も千絵たちは美術室に入り浸っていた。直も白かったキャンバスに、少しずつ下絵を描き始めていた。モチーフを使用していないところを見ると、なにか自分のイメージしたものをそこに描いていくつもりのようだった。


 千絵はというと、作品はほぼ完成に近い形となり、題材となった花の絵がキャンバス全体を華やかに彩っていた。それなりにまとまっていて、悪くはない仕上がりになっているようにも思えるが、どうにもまだしっくりとしない。


 やはりなにかが足りない。

 そう思うが、それがなにかがわからなかった。千絵にはこの絵に、あとどう手を加えていけばいいのかわからなかった。


 窓の外を見ると、空は昨日までの曇天が嘘のように晴れ渡っていた。太陽の光が、温かな希望のように窓から差し込んできている。

 時計は相変わらず止まったままだったが、太陽はきちんと動いていた。地球の自転は繰り返されている。それはつまり、ここにも時間という概念は存在しているということではないだろうか。時計だけに、なにか正体不明の力が作用した。そう考えるのが自然だと思う。


 そうだとすれば、今日は木曜日になっているはずだ。地震の日から数えて三日目。五月八日。

 直とさえの二人は昨日のあれ以来、お互いに言葉を交わしていないようだった。直はもうあまり気にしてはいない様子だったが、さえは直のことを避けているようだった。こんな状態がいつまでも続くようなことにならなければいいと思うが、千絵にはどうすることもできなかった。

 そんなことを考えていると、美術室の戸を誰かが開ける音がした。そちらに目をやると、そこには勇哉の姿があった。


「鷹野くん。どうしたの?」


 直が彼にそう話しかけると、彼はこう言った。


「さっき、他のメンバーと話してたんだけど、今日は天気もよくなったし、また町の様子を見に行こうってことになったんだ。今度はもっと他の場所にも足を伸ばして調査してみようって。それに、そろそろまた今後の食料のことも考えないといけないし、一度みんな自分の家に帰ってみようかって」


 そう話す勇哉の顔は、どこか昨日までと比べて明るさを取り戻したように見えた。やはりそれは、昨日彼自身が話していた携帯の件によるものだろう。

 昨日、彼はみなに、LINEのメッセージが一度だけ送信できたことを話していた。他のみなもそれを聞いて、同じように同じ場所で試していたが、他のメンバーはすべて失敗に終わっていた。勇哉自身も再び何度も試したようだったが、その一通のメッセージを除いて、送信はできなかったらしい。

 そのときにちょうど小さい地震が起きていたことが、なんらかの作用を及ぼしたことが関係しているかもしれないという意見があったが、現状それについてはっきりとした答えが出せるわけもなく、電波が繋がった原因については、くわしいことはわからないままだった。


 けれども、そのことは他のメンバーにとっても一筋の光だった。まったく役に立たなくなってしまったと思っていた通信手段が、もしかしたらまだ使えるのかもしれないのだ。

 まだそのメッセージの返信は届いてはいないようだったが、それでもやはりその一件は大きな価値がある。そう思わせるものがあった。


「そうね。わたしたちも絵のほうは中断して、みんなと一緒に調査にいったほうがいいわ。千絵ちゃん、すぐに行ける?」


 直がそう千絵に話しかけてきた。


「あ、うん。ちょっと片付けたらわたしも行くよ」


「みんなもう先に出ていってて、今は教室には誰もいない。とりあえず昼くらいには、一度みんな学校に戻ってこようって話になってるよ」


 勇哉の話に、直と千絵はうなずいた。


「了解です。わたしたちもそのくらいには戻ってくるようにするわ」


 勇哉が先に美術室を出て行くと、直と千絵も画材を片付けてからそこを出た。


「確かに持ってきてた食料も少なくなっているし、お米なんかもまた家から持ってこないといけないわ。カセットコンロは使えるわけだから、土鍋でご飯も炊けるはずだし」


「わあ。土鍋のご飯かー。そういえば、もうしばらくまともに温かいものを食べてないよね。土鍋で炊く炊きたてのご飯、絶対おいしいよね」


 千絵の頭の中は、つやつやとしたその白い宝石のことでいっぱいになっていた。やはりここ数日の簡素とした食事は、あまりにも味気ないものだった。温かいご飯が食べられるということは、本当にありがたいことだということをしみじみと実感していた。

 しかし、直は千絵のように呑気に炊きたてのご飯のことを想像してはいなかった。


「実際、食料のことについては深刻な問題よね。今のこの状態が続くと仮定したら、すぐに食べることに困窮してしまう。いくら保存食が豊富にあったとしても、各家庭の台所だけを頼りにしていけるわけはないわ。人が本当にいなくなってしまっているのだとすれば、流通は途絶えてしまっていることになる。それはもう、そこに新しい食料が入ってはこないってことを意味している。それに加えて冷蔵庫が使えない今、保存はきかないわけでしょう? 食料のことばかりじゃない。今まで当たり前に使っていた生活に必要な物資は、こうなってしまえば有限なものばかりだわ。もういろんな面で、わたしたちは追いつめられている。このまま日にちが過ぎれば過ぎるほど、様々な困難が予想されるわ。そうなれば、もう綺麗事ばかり言っていられない。生きるためには、これまでのタブーも破っていかなくちゃいけないかもしれない」


 直の言いたいことは、なんとなくわかった。今のところ自分たちは、各家庭から持ち寄った食料を分け合ってお腹を満たしている。けれど、それも当然限りがあるわけで、そうなれば新たに食料を調達する必要に迫られる。スーパーで買い物といったって、そこに店員はおらず、陳列されている品物は日を追うごとに傷んでいってしまっているのだ。無人販売の野菜を買うようにお金を置いてきたとして、それがなにになるのだろう。人がいないその場所で、お金など何の役に立つのだろう。


 千絵は、自分の倫理観や良心といったものの基盤が揺らいでいくような感覚を覚えた。人様のものに手をつけてはいけない。両親から教えられてきたそんな当たり前のことを、このままこの世界で守っていけるのだろうか。生きるためにはそんな倫理は必要ないのだろうか。

 それを教えてくれる大人は今、千絵たちの周りのどこにもいなかった。


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