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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第三章 懊悩の水曜日
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懊悩の水曜日11

 降り続いていた雨も今は小降りになり、ぱらぱらと細い線を空中に描いている。

 軽い昼食をとったあと、再び勇哉は学校の敷地内を調査するために歩き回っていた。しかし、やはりどこにも電波は届いてはいなかった。こうなったら、もっと広い場所に出て調べるしかないと、勇哉は靴に履き替え、誰かの置き傘を借りて外に出ることにした。


 校庭に出る階段前には、地震によってできた大きな亀裂が走っていた。その亀裂の奥には、不気味な闇がのぞいている。勇哉はそれを見て、なぜか優里のことを思い出した。ふいに思い出された彼女の顔に、勇哉は胸が締め付けられる思いがした。

 この亀裂は、勇哉と優里との間にできた隔たりだ。彼女が今どこでなにをしているのか。同じ空を見ているのかすらわからない。こんな状況になったことは初めてで、勇哉自身、どういう心持ちでいたらいいのかわからなかった。


 優里とは家が隣同士で、幼稚園のころからのつきあいになる。家族ぐるみでどこかに遊びにでかけたりするほど、家同士がとにかく仲が良かった。必然的に勇哉と優里はともに過ごすことが多くなり、幼馴染みというよりも、腐れ縁というような感じでのつきあいは続いた。

 中学生にもなると、さすがに気恥ずかしさが先に立ち、学校ではお互い多くはしゃべらなくなったが、それでも勇哉にとって一番仲の良い女子は、優里であることに変わりはなかった。

 勇哉はいまさらながらに悔やんだ。優里と最後にした会話が、喧嘩のようになってしまったことに。まさかあれが最後になるなんて、そのときは思いもしなかったのだ。


「最後……?」勇哉はそうつぶやくと、すぐに頭を振った。


 あれが最後だなんて、誰が決めた。まだなにもわかっていない。こんな状況がいつまでも続くなんて、そんな思いに囚われてしまってはいけない。

 校庭のほうに目を向ける。勇哉はもう一度、あの地震に遭った場所に降り立つことにした。


 靴の裏にじゃりっとした砂の感触があり、それがいつもより不快に感じていた。だだっ広い校庭には、今は勇哉以外誰もいない。霧雨となった雨が辺りを白っぽく包んでいる。その光景はまるで現実感がなく、どこか幻想的な世界に迷い込んだようにすら思えた。


 サッカーゴール付近へと移動し、ゴールポストに触れてみた。その無機質な金属の柱はしとどに濡れて、触れた部分から勇哉を冷やしていった。振り返り、校庭の全体をあらためて見渡してみた。そこからは、そんな大きな地震があったような痕跡は見当たらなかった。いつもと変わりない、あの世界があるように思えた。しかし、そこから見える校舎時計は、そうではないことを示していた。


 四時二十九分。あの日、あのときに、ここでなにが起こったのか。あの大きな地震が起きてから、世界はおかしくなってしまった。この世界はあの世界ととても似ているけれど、まったく違うものだ。勇哉はそのとき、はっきりとそう思っていた。


 あの地震のときに聞こえた奇妙な耳鳴りのような音。あれはいったいなんだったのだろう。もしかしたら、あれがあの世界とこの世界とを隔てた原因のひとつなのではないだろうか。それらのことが、なんらかの偶然である種の反応を起こし、それが世界を変えてしまった。人知の及ばない神の御技のような力がそれをもたらした。そういうことなのではないのだろうか。


 勇哉はズボンのポケットから携帯を取り出し、電波の状態を確認した。やはりそこには、圏外という文字だけが固定された事実であるかのように表示されている。しかし、勇哉は構わずLINEのメッセージの入力画面を呼び出し、そこに文字を書き込んだ。


 ――会いたい。


 そして勇哉は、目を閉じたまま送信マークをタップした。

 その瞬間だった。突如地面が揺れ始め、ゆらゆらと勇哉の体を揺らし始めた。


(地震……!)


 勇哉は緊張に身を強張らせ、じっとそれがおさまるのを待った。ドンドンと心臓が脈打っていた。あのときの恐怖が蘇り、勇哉の脳裏に死という文字が浮かんでいた。

 気がついたとき、辺りにはしんとした静けさが戻ってきていた。地震は軽いものだった。しかし、勇哉の手は緊張で汗ばみ、鼓動もまだ早鐘を打っていた。

 勇哉はすうっと深呼吸をし、ようやく緊張を解いた。


「……脅かすなよ……」


 勇哉はそうつぶやきながら、手にしていた携帯電話に目を戻した。そして、その画面に残されていた文字を見て、目を見開いた。

 もうあれから何度も何度も試し、そのすべてが失敗に終わっていた。今度もそれは変わらない結果になるだろうということは、予想がついていた。だから今回も、携帯の画面には、送信が失敗したことを知らせるマークが出ていることを想像していたのだ。


 ――既読。


 そこには、そう書かれてあった。勇哉は目を擦り、何度もその文字を確認した。そして、それが見間違いではないことを知った。

「嘘だろ……」

 電波を示すアンテナの棒が、一本だけ立っていた。それはすぐにまた圏外へと戻ってしまったが、勇哉は一瞬の光芒を見た思いがした。

「繋がってる。まだ、俺たちはあの世界と繋がってるんだ……!」


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