懊悩の水曜日7
南校舎三階にある三年一組の教室に行くと、そこには江藤雄一の姿があった。
「雄一? こんなところでなにしてるんだ?」
雄一は突然後ろからそう声をかけられたのに驚いたのか、びくりと肩を震わせてからこちらを振り向いた。
「ああ。なんだ勇哉か。驚かすなよ」
雄一は、持っていた教科書やノートの類を近くの机の上に置いた。
「教室の片付けしてたのか?」
「うん。まあ、そんなところ。かなり散乱してたからな」
「けど、ここ俺らの教室だろ。先に自分の教室片付ければいいのに」
「そんなのどこからやっても同じだろ。というか、僕がわざわざ片付けてやってるんだから、どうせなら感謝してもらいたいところだよ」
「それもそうか。まあ、とりあえず礼は言っておく」
「うーん。芸術的なまでにとってつけたような台詞だね」
雄一はそんなことを言いながら、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「そんなことより、雄一。透のやつ知らないか? 今あいつのことを捜してるんだけど」
「宮くん? ああ、そういえば音楽室に行くって言ってたよ。絨毯が敷いてあるから昼寝するのにうってつけだとか言って」
「あいつ、こんなときまで呑気なやつだな」
「まあ、いいんじゃないの? 昨日なかなか寝付けなかったみたいだし」
「ああそうか。昨日は結局、俺が一番早く寝たんだったな。あれからお前ら結構起きてたのか?」
「いや。そうでもない。僕はそれからしばらくして寝たと思う。宮くんのほうはどうだったかわからないけどね」雄一はそう言って、肩をすくめてみせた。
「そういえば雄一。昨日って誰か、校舎の戸締まりなんてしてたかな?」
「戸締まり? ああ、確か清川さんがしてたと思うけど。なんで?」
「いや、ただの確認だ。じゃあ音楽室のほうに行ってくる。片付けのほうよろしくな」
雄一はまだ不思議そうな顔をしていたが、にこりと微笑んだ。
「らじゃー」
そう言って敬礼する雄一に手を振って、勇哉は教室をあとにした。
雄一の情報を元に、勇哉はさっそく北校舎三階の東側にある音楽室へと足を運んだ。扉を開けると、捜していた相手はそこに誰もいないことをいいことに、エンジ色の絨毯の真ん中で自分のショルダーバッグを枕にして寝ていた。朝の件があってから、透は常に鞄を肌身離さず持っていた。よほど中を見られたくないのだろう。
「おい。透。起きろ」
「んー? なんだよ。まだ寝かせろよー」
透が再び寝息を立て始めたので、今度はその耳元に向かって大声で叫んだ。
「おーきーろーっっ! この変態中学生!」
「ぎゃあ!」
さすがの透も、これには堪らず飛び起きた。
「なにすんだよ。鼓膜が破れたらどうしてくれるんだ!」
「こんな程度で破れる繊細な鼓膜を、お前が持っているわけがない」
「うわー。なんてめちゃくちゃな理屈。というより変態中学生ってなんだよ」
「身に覚えがないとでも? 今朝のことをこの場で一から説明してみせようか」
「わーっっ! 勇哉の意地悪! 悪魔! 外道!」
とひとまず一連のお約束なやりとりを終えると、勇哉は表情をあらため、真面目な顔つきで透に向かい合った。
「ごほん。まあ、おふざけはこのくらいにしておいて、本題だ」
「なんだよ。あらたまって」
透も勇哉が真剣な顔つきになったのを見て、笑い顔をおさめた。
「お前に確認しておきたいことがあってな。あの例の怪文書のことだ」
透はそれを聞いた途端、怪訝そうに眉をひそめた。
「あれを見つけたのは、お前が一番最初だったはずだよな」
「うん」
「そのとき、西昇降口の扉は閉まってたか?」
勇哉の問いに、透は首を傾げた。
「どうだったかな。閉まってたと思うんだけど。なんでそんなこと訊くんだ?」
「いや。覚えてないならいい。あともうひとつ確認しておきたいんだが、あの文書は西昇降口の扉に貼ってあったと言っていたが、それは外側にあったのか?」
「いいや。内側に貼られてあったよ」
それを聞き、勇哉はしばし考え込んだ。
「勇哉。どうしたんだよ。難しい顔して」
怪訝そうにそう訊ねてくる透に、勇哉は表情を和らげ、笑顔を作った。
「いや、なんでもない。じゃあ、俺もう行くわ。悪かったな。昼寝の邪魔して」
「お、おい。なんなんだよ勇哉」
怪訝そうな透の声を背中に聞きながら、勇哉は音楽室をあとにした。




