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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第三章 懊悩の水曜日
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懊悩の水曜日5

 千絵が直を追ってついていった先にあったのは、北校舎の三階西側にある美術室だった。直はすっとその戸を開き、中へと足を踏み入れていく。千絵もそれに付き従って入っていった。

 美術室の中は、地震によって倒れた画布や、割れた石膏像の破片などで散らかったままだった。しかし、そこに染みついた油絵の具の独特の匂いは、以前と変わらなかった。

 美術室の真ん中に立ち尽くしている直の後ろ姿は、壊れそうなくらいに頼りなく見える。降り続ける雨の音だけがやけに耳に響いていた。


「直ちゃん……」


 そう声をかけると、直は静かに振り返った。その表情はぱっと見、いつもと変わりないように見える。けれど、千絵にはわかっていた。直は今、心で涙を流している。


「千絵ちゃん。無理してわたしについてこなくてよかったのに」


「無理なんかしてないよ。わたしは直ちゃんが心配で……」


「もしかして、わたしが泣いてるとでも思った? そんな心配必要ないよ。だって、さっきのは水城さんの言うとおりだった。わたしの考えがいつも最善なわけじゃない。他の人にとって、それが最悪な場合だってある。あそこで多数決を採ることは、当然の選択だったと思うわ」


 こんなときでさえ、直の言葉は正論だった。この殺伐とした状況のさなかでは、その正論に異を唱えるものが出てくるのは必然だったのかもしれない。しかしそれは、直自身が悪いわけではない。こんなふうに彼女が責められるのは、納得いかなかった。


「でも、水城さんだってあんな言い方をすることないと思う。あれじゃあなんだか、直ちゃんが悪者みたいじゃない……」


 千絵は自分がどんなふうに言われても耐えることができたが、直が悪く言われることには我慢がならなかった。直はずっとみなのために尽力してきている。それなのに、先程のやりとりでは、あの謎の文書の処遇ひとつのことで、直を全否定されたみたいだった。あの多数決は、単純に文書ひとつのことではなく、直のリーダーとしての資質を否定されたようなものだ。


「千絵ちゃん。いつかこういうことになるのはわかってた。こんなふうにお互いが対立するようになることは、必然だったのよ。それが早いか遅いかだけのこと。たまたまあの文書のことがきっかけだったに過ぎないの」


「だって、直ちゃんをリーダーって決めたのはみんななんだよ。こんなのおかしいよ!」


 千絵はものわかりの良すぎる直の言葉に苛立ち、駄々をこねる子供のように首を横に振った。


「今はここにわたしたちだけしかいないんだもの。今までのように大人の庇護は受けられない。それを失った状態で、こうした衝突を避けることは無理だわ。それぞれの意見や考え方の違いは、あるのが当たり前だもの。水城さんの言うように、こんなめちゃくちゃな世界に、わたしの言う正論を敷こうとするほうがきっとおかしいことなのよ」


「でも……」


 だからといって、直を否定するのはおかしい。そう言おうとした千絵に、直は視線を合わせてきた。


「千絵ちゃん。わたしは別に、この世界でリーダーがしたいというわけじゃない。たまたま、最初に選ばれたのがわたしだったというだけのこと。誰がメンバーの中心になるかなんて、正直どうだっていいの」


 そう言いながら、直の表情に穏やかさが戻っていくのが見て取れた。そんな直の様子を見て、千絵の憤っていた心も不思議とおさまっていった。


「ねえ。千絵ちゃん見て。この間持ってきてたキャンバス。無事に残ってたみたい」


 直は美術室の後方の棚に置かれてあったそれを見つけ、近くにあったイーゼルの上に置いた。


 真新しい、白い画布。

 なんだかそれがひどく美しいもののように思え、千絵は胸が切なくなった。


「今日からわたし、この作品に取りかかってみようと思う」


 直は明るくそう言った。そこにはもう、先程の悲壮感は微塵も感じられなかった。



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