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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第三章 懊悩の水曜日
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懊悩の水曜日3

 それからしばらくしてからのことだった。


「おい大変だ! これ見てくれ!」


 透が白い紙を持って教室に駆け込んできた。入り口近くにいた勇哉はそれを見て、またかと呆れながらも応対した。


「なんだよ。朝から何度も騒がしいやつだな。お前トイレ行ったんじゃなかったのかよ」


「トイレはさっき行った。手も洗った! てゆーか、ちゃんと話を聞け!」


 透がふて腐れたように頬を膨らませて、持っていたその紙を、勇哉の目の前に突きつけた。


「な、なんだよ。つか近すぎだっつの」


 勇哉は一歩後ろに退いて、その紙に書かれてある文字を目で追った。


「ん? なになに? 予告状? 我はこの世界を肯定する……?」


 勇哉はそれを読み進めていくうちに、自然と顔の表情が引きつっていくのを感じていた。


「なにそれ? わたしにもちょっと見せて」


 さえがそう言って、顔を寄せてきた。他のメンバーも、後ろから興味津々でそれをのぞいている。そこにはこう書かれてあった。






『我はこの世界を肯定するものなり。

 神はこれまでの世界を否定し、この世界を想像した。

 そこには、これまでの世界におけるルールや秩序は存在しない。

 強者が弱者を貶めていく世界は、終わりを告げたのだ。

 よって、我はこの世界でこれまでの世界で起きたことの復讐を果たす。

 この世界を我の生きる世界とするために。

                                X』






「……んだよ、これ」


 勇哉は思わず、そう吐き捨てるように言った。手書きで書かれたらしいその文面は、カクカクとした直線的な文字で書かれていた。ノートの一部を破ったものらしく、端にはその破られたあとが残っている。さえはそれを見た瞬間、眉をしかめて嫌悪感を露わにした。


「なにこれ。復讐を果たすって書いてあるけど、それの予告ってこと?」


「復讐なんて、そんな物騒なことをいったい誰が……」


「というか、いたずらだろ、これ」


 一斉に教室内がざわついた。勇哉が振り返ってそこにいた面々を眺めると、あまりの内容に誰もが訝しげな表情をしていた。


「だから言っただろ。大変だって」


 透がなぜかそういばった。勇哉が最初に相手にしなかったのが気にくわなかったのだろう。


「宮島くん。これ、いったいどこにあったの?」


 直の問いに、透はこう答えた。


「西昇降口のガラス扉に貼ってあった。トイレ行ったあと、なんとなく外の様子が気になって見に行ったんだ。そしたらこんな紙が貼ってあったから、びっくりしてさ。みんなにも見せようとはがして持ってきたんだ」


 それはびっくりもするだろう。こんな物騒なことが書かれてあるのだ。


「誰かおふざけで貼ったんじゃないのかな。この中にこれを貼った人がいるなら、怒らないから正直に名乗ってよ」雄一がそう言ったが、誰もそれに答えることはなかった。


「じゃあ、これを貼ったのは、ここにいない誰かってことになるな」


 勇哉が言った。それを受けて、直がみなに質問した。


「それなら、誰かこのことを他に知っていた人は? これを見つけたのは、宮島くんが最初ということで間違いない?」


 直の問いに、みな互いに顔を見合わせていたが、誰も事前に見たと言った人物はいなかった。


「そう。じゃあ、この文書の第一発見者は宮島くんで間違いないようね」


「でも、だとしたらいったい誰がこんな張り紙を? うちら以外の誰かだとしたら……」


 さえはそう言いながら、はっと顔を上げた。彼女が思い浮かべた人物は、勇哉が今頭に思い浮かべた人物ときっと同じだろう。


「佐々嶋くんたち……?」


 さえの放ったその名前を聞いて、景子や千絵はなんとなく納得したような表情をした。透もだ。勇哉としてもその意見に異論はなかった。佐々嶋たちならば、こんな物騒なことをたくらんでもおかしくはない。

 しかし、他のメンバーの反応はそれぞれ違っていた。亜美は佐々嶋とは学年が違うため、反応できなかったのだろう。困った様子でおろおろとしている。しかし、直と雄一の表情は、それともまったく違っていた。この文書を残していった犯人が佐々嶋たちだという意見に、納得できないという表情をしていた。


「まだこれが、佐々嶋くんたちの仕業とは断定はできないわ。あくまでもそれは可能性としての話ね。けれどわたしは、この文書を書いた人物が佐々嶋くんだとはどうしても思えないの」


 直がそう言うと、さえが驚いたように言った。


「じゃあ土居くんか山本くんが書いたってこと?」


「それはもっと考えにくいだろう。言っちゃなんだが、あいつらの頭ではこんな文章は書けないと思う」


 雄一がそう口を挟んだ。確かに彼の言うとおり、土居や山本は頭があまりいいほうではない。特別うまい文章であるわけではないが、そこそこの知識のある人物が書いたもののような印象を受ける。だとすれば、あの三人のうちで書いた可能性が一番高いのは、佐々嶋和輝だ。


「だけど、僕もこれを書いたのは、佐々嶋じゃないような気がするんだ」


「どうしてだ? 復讐なんて物騒なこと、あいつなら考えそうじゃないか」


 勇哉がそう言うと、雄一は透の手からその文書をすっと抜き取って、その文面を目をすがめるようにして眺めた。


「我はこの世界を肯定するものなり。まずここの一文からして変だ。こんなぶった言い回しは彼らしくはない。彼だったら、こんな回りくどい言い回しをするより、堂々と本名を名乗るんじゃないか。我なんて気取っているけど、結局本名を名乗りたくない小心者がこれを書いたような気がする。それに、強者が弱者を貶めるというくだりから、書いた本人が自分が弱者であったことを匂わせている。そこに、僕としては違和感を感じざるを得ない。佐々嶋はこれまでの世界において、弱者だったと思うか?」


 雄一の言葉に、勇哉は言い返す言葉を失った。その答えを問われれば、それは否という他ない。佐々嶋は元の世界において、弱者だったとは思えない。優と劣ならば、品行方正ではなかった彼を劣に分類することもできるだろうが、強弱で言えば彼は間違いなく強者だ。クラスを力で支配し、服従させてこられたのは、彼が強者だったからだ。そうして言われてみれば、確かにこれは佐々嶋和輝の書いた文章ではない。もう一度雄一からその文書をもらい、読み直してみてはっきりとそう感じた。しかし、そうだとしたら謎はますます深まる。


「でも、だったらいったい誰がこんなものをよこしたっていうの? 昨日はっきり町の様子を見てきたでしょう。わたしたち以外の人はいなかったんだよ」


 さえのその言葉に、勇哉はあらためてこの文書の不気味さを思い知った。


「ここにいるわたしたちでも佐々嶋くんたちでもないのだとしたら、いったい誰がこれをよこしたの……?」


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