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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第三章 懊悩の水曜日
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懊悩の水曜日1

 五十嵐亜美は、夜中にその音で目が覚めた。

 電気がいまだ復旧する見通しのない屋内は、以前よりも静かで、かすかな物音すらよく響いて聞こえる気がしていた。だからその音は、よりはっきりと亜美の耳に届いていた。


(――雨だ)


 パラパラとリスが踊り回っているようなそんな雨の音は、この不安で一杯だったこの数日間のうちで、ほんのかすかな希望のように思えた。






「この雨で、町の火事の勢いが少しは弱まってくれるといいよね」


 さえ先輩が、窓の外を眺めながらそう言った。すでに着替えていて、赤色のチェックのワンピース姿になっている。さえ先輩の言葉のとおり、深夜から降り始めた雨は勢いを増して、大粒の雨に変わっていた。その雨は朝になっても勢いを止めることなく、ずっと降り続けていた。


 亜美はほとんど眠れないまま、朝を迎えていた。

 保健室内には、現在女子しかいない。そこを、女子専用の寝室として使うことになったからだ。保健室にもともとあったベッドと持ち寄った毛布や寝袋で、どうにか全員体を休めることはできていた。男子は一年一組の教室内に残って、そこで寝袋で寝ることになっていたが、ベッドのある保健室と比べれば、あまり寝心地としてはよくはなかっただろう。


「それにしても不思議だよな。時計は止まってるけど、ちゃんと朝は来るし、天候も変化するし。昨日は時が止まってんじゃないかとかそんなことまで考えちゃったけど、こうして雨も降ってるってことはそういうわけでもないんだよな」


 床のほうで寝ていた景子先輩は、まだ半分寝袋の中に体を沈めたまま、そんなことを言った。普段でもよく着ているというジャージ姿である。他のメンバーもみな、制服を脱いで違う格好になっていた。やはり寝るときに制服では都合も悪く、またその必要性も感じなくなったからだった。学校に私服姿でいるという、もうそれだけでもいつもの日常とは違う。見覚えのある風景が、余計にそのことを認識させていた。


「そういや、この雨って結構貴重なんじゃないか? 断水の今、雨水もいろいろに使えるはずだ」景子先輩がそう言うと、直先輩が言った。


「そう思って、さっき千絵ちゃんと外にバケツを並べに行ったわ。洗濯とかもしたいし、この雨の水を有効的に使わないとね」


 ライフラインの復旧のめどが立たない今、当たり前に今までできていたことが、できなくなっている。雨水を使うなんていかにも原始的だけれど、今はそういうこともしていかなければならないのだろう。この状況がいつまで続くのかを考えると、亜美はまた気が重くなった。

 保健室の壁の時計に目をやる。四時二十九分。時計の針は、変わらずそこで止まったままだった。実際の時刻は正確にはわからないが、とりあえず外が明るくなってきたことから、朝にはなっているのだろう。


「……今ごろ他のみんなはどうしてるんだろう……」


 つぶやくようにぽつりと、亜美はそんな言葉を漏らした。先輩たちがしんと静まりかえってしまったことに気づいて、亜美は慌てて言い直した。


「あ、あの、男子の先輩たちみんな眠れたのかなって!」


 亜美の言葉に、隣のベッドに座っていた直先輩がくすりと笑った。水色のトップスにベージュのパンツを履いている。その横に座っていた千絵先輩も微笑んでいた。彼女はグレーのチュニックにデニムのパンツ姿だ。


「たぶんまだ寝てると思うよ。昨日も遅くまで騒ぐ声が聞こえてきてたし」


「そうそう! あいつら、修学旅行と勘違いしてんじゃないか?」


 さえ先輩と景子先輩の言葉に、みながくすくすと笑い出したのを見て、亜美はほっと胸を撫でおろした。さっきつぶやいたみんなというのは、本当は男子の先輩たちのことなどではなく、家族や他の友人たちという意味での言葉だった。先輩たちも本当はそのことに気づいていたのだろうが、亜美が言い繕ったのを咎める人は誰もいなかった。


 もし他の人たちが本当にここにはいないのだとして、ではその人たちはどうなってしまったのか。そんなことは考えたくもなかったけれど、考えないわけにはいかなかった。昨日の話し合いの中で先輩たちが言っていたことを要約すると、考えられる可能性は大きくわけて二種類ということらしい。


 みな死んでしまったか、どこかでまだ生きているか。生か死かどちらかだということは、亜美でもわかる。けれど、生きている可能性を考えるのは、現状ではなかなか難しいことらしい。どこかで生きているとするならば、そのどこかとはどこなのか。街の現状を目の当たりにして、それを想像することは困難だった。先輩たちの話を元に考えるなら、宇宙人に一瞬にして連れ去られたか、それとも別の世界に飛ばされでもしたか。


 意外にもその別世界という説を、先輩たちの何人かは支持していた。その説がまだ信じられない亜美としては、今いるこの世界のどこかに、みなが生きているということを信じたかった。

 しかし、先輩たちの考える説は、亜美の考えるものよりも、説得力があった。自分たちか、もしくは他の人たちが違う世界に運ばれてしまった。そんなことが本当にあるのだろうか。

 もしそうだとするなら、どうやって元の世界に戻ればいいのだろうか。


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