衝撃の火曜日13
昼食後、全員が揃ってから、再び話し合いをすることになった。直は教卓の前に立ち、そこに揃った面々を見渡しながら言った。
「まずは各グループの調査報告を発表していってもらいます」
最初に調査報告を発表することになったのは、さえのグループだった。
「わたしたち三人で回った地域でも、やはり人の姿は見られなかった。人間の活動している気配というものが、本当になかったわ。あんなに静かな町を見たのは初めてだった。他に特別新しい情報もなかったわ」
さえが立ちあがって発表した。その次に話し出したのは直だった。
「わたしたちの見た状況も同じよ。人にも犬や猫にすら会っていない。やっぱり町の人は忽然と姿を消してしまったとしか思えない状況だったわ」
直と一緒に調査にいった千絵も、同意を示すようにうなずいていた。
「鷹野くんたちのほうはどうだった? やっぱり一緒?」
さえにそう訊かれ、勇哉と雄一、透の三人はお互いに顔を見合わせた。そして三人を代表して、勇哉が立ち上がった。
「実は俺たち、調査の最中に生きた人間に出会ったんだ」
その言葉に、教室内がざわめいた。どういうことかと全員の注目する中、勇哉は言った。
「佐々嶋和輝。山本敏治。土居武。その三人に」
名前を発表すると、またざわめきが大きくなった。しかしそれは、希望とは違う種類の、戸惑いのようなざわめきだった。
「佐々嶋って、あの佐々嶋?」景子が確かめるようにそう言った。
「そう。その佐々嶋だよ」
「けど、それなら生存者が他にもまだどこかにいるって可能性も……」
「いや。さっき清川さんとも話し合ったんだけど、その可能性は薄いって結論になった」
「え? なんで?」
景子が直に視線を送ると、直はこくりとうなずいていた。
「佐々嶋くんたちはあのとき、学校の敷地内にいた可能性が高いわ。だとしたら、状況としてはわたしたちと変わらないはずよ」
「……でも、鷹野たちは佐々嶋からなにか新しい情報とか聞いたんじゃないか? 他の人を見たとかそういうの」
なおも問いただしてくる景子に、勇哉は首を横に振ってみせた。
「ごめん。それは聞いていない。それについては俺たちのミスだけど、あのときはそういうことすら考えられなかったんだ」
勇哉がそう言うと、なにかを察したのか景子はそれ以上口を開かなかった。勇哉はそれを見届けると、自分の席に座った。
「調査報告として、他になにかありませんか?」直がそう言って、周りの面々を見渡した。しかし誰一人手を挙げたり、口を開くものはいなかった。
「……ないようなので次に移ります。では、今日見てきたことも踏まえて、今わたしたちの周りでなにが起きているのか。町の人たちになにが起こったのか。そのことについて話し合いたいと思います。どんなことでも構いません。みなさんの忌憚のない意見を聞かせてください。この際、座ったまま発言してもらっても結構です」
直がそう言うと、すっと形の良い手が挙がった。さえだ。
「どうぞ。水城さん」
「それって、可能性としての話でいいのよね? 事実と違っていたとしても、意見として言っても構わないってことよね?」
「はい。事実としてわかっていることが少ない今、確実性を求められる段階ではないでしょう。ありえないと思っているようなことでも、それが1パーセントでも可能性としてあると思うのであれば、話してみてください」
「じゃあ言うけど、みんな笑わないで聞いてよ」さえは、そう前置きをしてから話し出した。
「……町を見てきて思ったことだけど、他の人たちは忽然と姿を消してしまったみたいだった。もしそれが本当なのだとしたら、あの地震が起こった際、なにかとんでもない災害が、他の人たちに起こったんじゃないかな?」
「とんでもない災害?」勇哉は思わずそう口を挟んだ。
「そう。だから常識では考えられないようなこと。そのとんでもない災害っていうのが外国の未知の兵器なのか、宇宙人からの攻撃なのかはわからないけど、そういうものが襲いかかったとは考えられないかしら? わたしたち以外の他の人たちは、それによってこの世から消えてしまった。……つまり、言いたくないけど、みんな死んでしまったんじゃないかって」
さえはそう話すと、顔を俯けた。自分の考えに、恐ろしくなってしまったのかもしれない。
さえの話はかなり常軌を逸していた。しかし、その意見を笑うものは誰もいなかった。町の状況を見てきたメンバーには、それをすべて否定できるはずもなかった。
直はうなずいて、それを黒板に書いていった。
「他に意見はありませんか?」
今度は透が手を挙げた。直が透の名前を呼び、その意見を促した。
「俺としては、災害が起きたことについては同意見だけど、みんなが死んでしまったっていうのはちょっとどうかなって思う。どこかに避難して、まだ生きているって思いたい」
透の言葉に、さえが反論する。
「それはわたしだってそう考えたいわよ。だけど、あの地震のさなか、全員避難していなくなるなんてどう考えても不可能だわ。避難できたとしても、その数は限られてくる。どこかに残されてた人はいたはずよ。だけど、全然その気配のひとつもない。やっぱりそれはおかしいわ」
「水城さん。これはひとつの意見としての話だから。とりあえず、宮島くんの意見もひとつの可能性として考えておきましょう」直は場をそうなだめてから、再び板書していった。
「まあでも、二人の意見の基本的部分は同じ種類のものと言えるだろうな。異常な災害によって今の状況ができあがった、と」
勇哉がそう言うと、雄一がつぶやくようにこんな言葉を漏らした。
「ありえないことだとは思うんだが……」
「なんだ? 雄一? どうせ、ありえない状況のオンパレードなんだから、この際なにか意見があるなら言ってみろよ」
「これが意見と言えるのかどうかわからないんだが、そう言うなら話してみるよ」
雄一は顎に手をやり、その考えを整理するように静かに話し始めた。
「みんなもそうだと思うけど、僕はずっとこの状況が夢だったらいいのにと思っている。夢だったなら、すべてこの状況の説明がつくからな。だけど、寝て起きてもこのわけのわからない状況は継続し続けている。もしこれが夢だとしたら、夢の中で自分は寝たり起きたりしているという状況なわけだ」
「どういう意味だ?」
「つまりこれが夢なのだとしたら、僕たちは今、覚めない夢の中にいるんじゃないかって」
雄一の話は、ありえないことには違いないが、どこかで見聞きしたことのある話だった。SF映画のトータルリコールやマトリックスも、そんな内容の話ではなかっただろうか。
「胡蝶の夢ね」直が言った。
「胡蝶の夢?」
「中国の宋の時代の思想家、荘子の説話で出てくる話よ。蝶になる夢を見た。目が覚めたが、はたして蝶になった夢を見ていたのか、それとも今の自分は蝶の見ている夢なのかっていう」
「すべてが夢だって? 今いる俺たちはただの意識体で、現実の肉体はベッドの上で眠っているって言いたいのか?」
「現実的じゃないってことはわかってるよ。けど、今はそのありえないことを話す場だろ?」
「ああ。悪い。そうだったな。けど、あんまり突飛な内容でびっくりしたからさ」
「たぶん、SF映画とか小説の読み過ぎだろうな。けどもしこれが夢だったなら、いろいろ全部に説明がつくなって思ったんだ」
なるほど、確かにそれはそうだ。夢を見ている最中は、不思議だがそれを夢だというふうには認識できない。しかし、こんな生々しい夢など本当にあるのだろうか。
「そういえば、清川さんも今のこの状況について難しいことを話していたよね」
勇哉がそう声をかけると、板書していた直がこちらを振り向いた。
「そう……確か、パラレルワールドだったっけ?」
直はそれに、軽くうなずいてから答えた。
「元の世界とは平行する時間軸にある世界。それがパラレルワールド。そこにわたしたち、もしくはわたしたち以外の他の人たちが飛ばされてしまったという説ね」
「これまたSF色が濃厚な話だよね」雄一がそんな合いの手を入れる。
「パラレルワールドって異世界ってこと? っつうか、清川さんが一番ぶっとんだ意見放りこんでるのが驚きだよ!」
透もそんなことを言って、おおげさに驚いた表情をした。
「厳密に言うと、パラレルワールドと異世界はちょっと違う解釈の仕方なんだけど、とにかく元の世界とは違う世界にわたしたちがいるって考えると、この世界の説明もつくと思うの。もちろんここが元の世界と同一で、わたしたち以外の人たちが別世界に飛ばされたっていうのでも、他の人たちが突然いなくなったということの説明はつけられるわ」
「確認するけど清川さん。本当にそんなことが起きたって自分自身信じてる?」
「可能性だけの話で言えば、ゼロとは言い切れない。100パーセント信じられるとはさすがに言えないけど、この状況の説明がつくならそういう説もあるかもしれないと思うわ」
直が言うと、こんなとんでもない説が、ありえなくもないことだと思えてしまう。
「自分たちが常識だと思っていることというのは、それほど確かなものでもないわ。宇宙がどこから生まれたのか。わたしたちはどこから来たのか。はっきりと証明できることなんてなにもない。わたしたちが常識だと思っていることなんて、それくらい儚いことなのよ」
「じゃあ仮に、そのパラレルワールドが本当にあるのだとしたら、もうひとつの世界のほうには他の人たちは今まで通り存在し、生命活動を続けているということになるのか?」
「元の世界がそのままの状態であったとするなら、そうだと思うわ」
「みんな、生きている……?」そこで初めて、黙ったまま座っていた五十嵐亜美が声を発した。
「確証なんてなにもないけどね。でも、そう考えるほうが、やっぱりいいでしょう?」
そう言って亜美に向けて微笑する直の姿は、まるで清らかな聖女のように見えた。
たとえばタイムトラベルなんかで時間を逆のぼったとする。その場合、元の世界を仮にA世界とし、今いる世界をa世界とするならば、それらは互いに別の次元にあり、どの時間軸で歴史を変えようとしても、a世界で起きたことはA世界には影響しない。タイムトラベルを扱ったSF作品における、タイムパラドックスの解決法である。
もしあのときこうしていたらどうなっていたか。あのときそれをしなかったらどうだったか。世の中には多くの架空SFや歴史ものの映画や小説が存在するが、巻き戻った時間で大きく歴史を変えてしまったら、元いた世界そのものが否定されてしまう。その結果によって、元いた世界は以前と同じではなくなってしまう。その解決法として生まれた概念が、世界はひとつではなく無限に存在するというものだ。つまりそれが、パラレルワールドという存在になる。様々な選択肢や事象によって、世界は無限に増えていく。この世界は、その中のひとつに過ぎないというのだ。
その考え方に基づいて考えれば、あの地震によって、ひとつのパラレルワールドが発生し、元の世界と自分たちが今いるこの世界とにわかれてしまったのかもしれない。そう仮定すれば、今のこの状況の説明がつく。
けれど、それが今現在自分たちが置かれている状況だという証拠はなにもない。ここがA世界なのかa世界なのか。この現実を変える術はなにもないのか否か。なにひとつとしてわかりようがなかった。
パラレルワールドという考え方も、ある意味で言えば、逃げだ。これを現実とは受け入れられない。元の世界はきっと別に存在していて、そこではみな元気に暮らしているはずだ。
実際そう思わずにはいられない。現実はここにある。ここにあることだけがすべてだなんて、それを受け入れることはあまりにもつらすぎる。理解しようとすればするほど、それを受け入れることは困難になっていく。
だってここは、見た目は同じだとしても、自分たちの知っている世界とはあまりにも違い過ぎる。こんな世界で、これからどうやって生きていけばいいというのだろう――。
夜になり、それぞれ食事を済ませると、八人のメンバーは男女に別れて就寝部屋へと移動していった。相変わらず電気は送られてくることはなく、携帯電話やインターネットなども繋がることはなかった。
孤立無援。燃え続ける町の姿をただ指をくわえて見ながら、勇哉たちはただ漫然と時を過ごすしかなかった。消えてしまった人たちはどこへ行ってしまったのか。この世界はどうなってしまったのか。
(俺たちは、なにをどう信じて生きていけばいいのだろう――)
孤独と苦しみに、勇哉たちは身を寄せ合い、深い暗闇の中で眠れぬ夜を再び迎えていた。