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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第一章 運命の月曜日
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運命の月曜日1

 吉沢千絵よしざわちえは長い坂を歩きながら、ひたすら息を切らしていた。千絵は昔から体力には自信がない。足は遅いし、反射神経だって鈍いので、球技も苦手だ。マラソン大会では、倒れて保健室に運ばれたこともある。

 とにかく運動と名の付くもの全般を苦手としている千絵にとって、この三中の坂は地獄と言っても過言ではなかった。

 親にはぽっちゃりしている千絵のためにも、ダイエットにちょうどいいと言われるが、しょせんは他人事である。毎日学校へ行くためにこの坂を上らなければならない千絵のつらさなど、まったくわかってはいないのだ。


 特に朝のこの坂はつらい。ただでさえ徒歩通学で三十分以上歩かなければならないというのに、最後の最後に現れるこの地獄の坂道。通学するだけで体力も気力も使い果たしてしまうこの地獄の坂道が、千絵は憎くて仕方ないのだった。


 そんな千絵は、当然のように運動部には属してはいない。美術部に所属している。けれども、特別絵がうまいというわけでもなく、ただどこかの部活に属していなければならないという三中の規則によって、そこに属しているというだけだ。それでも千絵は、美術部に入ったことは自分にとってよかったと思っている。絵を描くことはそれほど得意ではなかったけれど、描いている時間は楽しかった。評価が得られなくても、それでも楽しければそれでいい。千絵はそう思っていた。


 それに、美術部に入ってよかったと思う最大の理由は、ある人物と同じ部員同士になれたことだった。引っ込み思案で運動音痴の千絵がクラスでいじめられずに済んでいるのも、彼女の存在に因るところが大きい。彼女とは三年間同じクラスだった。そして同じ部員同士ということもあって、親しくなれたのだ。本当に、それだけが三中に通う千絵にとって一番よかったことだった。


 彼女がいなければ、きっと自分はこんなふうに学校に通えてはいなかった。坂道を上りながら、千絵はいつもそう思うのだった。






 M市立第三中学校は、生徒数三百六十二人。クラス数は一学年四クラスというこの辺りでは平均的な規模の学校だ。山の上の学校ということもあって、周りは自然に囲まれている。学校のすぐ裏は森で、ときにはタヌキやイタチが現れて学校の校庭を賑わしている。そんなのどかな田舎の中学校だ。部活動も盛んで、いろんな部が実績を残している。今日も校庭では、朝早くから運動部の朝練の声が、至るところから聞こえてきていた。

 千絵が昇降口で靴を上履きに履き替えていると、近くにいた男子たちが奇妙な話をしているのが聞こえてきた。


「そういえばお前聞いたことあるか? 校庭で変な音が聞こえるって噂」


「変な音?」


「なんか、不快な音なんだって。野球部のやつが言ってた」


「なんだよそれ。あれか? 学校七不思議のひとつってやつ?」


「くわしくは知らねえけど、何人かその音を聞いたやつがいるらしいぜ。心霊現象かもしれないって噂に

なってる」


「やめろよ。朝からこえーよ。俺そういうの嫌いなんだよ」


 千絵はその奇妙な話が気になり、なんだか背筋がぞわぞわとした。しかし、本当にそんな音が聞こえるのだろうか。本当だとしたら、それはいったいなんなのだろう。

 千絵は不安な思いを胸に、教室へと足を向けた。教室に入ると、すでに彼女の姿はそこにあった。


なおちゃん。おはよう」


 千絵が声をかけると、にこりと彼女は笑った。


「おはよう。千絵ちゃん」


 清川きよかわ直。彼女の周りはいつもどこか清廉な雰囲気が漂っている。なぜなら彼女は、この学校では特別な生徒だからだ。

 高く整った鼻梁、長いまつげを伴った大きな目。上品に朱の入った唇。彼女は、美しい人というのはこういう人のことをいうのだという、見本のような顔立ちをしていた。長く豊かな黒髪は腰まであり、それは上等な絹のように美しかった。普通なら、綺麗な子というのは同性からは嫌われるのだろう。けれど、彼女に限ってはそんなことはなかった。妬まれることも、もちろんあるにはあるだろうが、彼女はただ美しいというだけの人ではないのだ。


 成績は常にトップクラス。スポーツや芸術にも力を発揮している。そればかりか前期の生徒会の会長まで務めていて、先生からも生徒からも人望が厚い。そんな彼女は、言動のすべてが他と一線を画していた。

 普通の中学生ではない。ボキャブラリーの少ない千絵には、どう言ったらいいのかわからないが、とにかくすべてがパーフェクトなのだった。周りからの妬みややっかみなど吹き飛ばすくらいの存在感を示すことで、彼女は自分自身をみなに認めさせている。彼女自身がそれを自覚しているかどうかはわからないが、彼女はそういう存在だった。


 そんな人が自分の友達だというだけで、千絵は鼻が高い。自分は本当に幸せものだと思っていた。

 千絵は、鞄を片付け終わると再び直の席へと近づいていった。そして彼女に、先程聞いた校庭で聞こえるという奇妙な音の話をさっそくしてみることにした。


「校庭で変な音が?」


「そう。そんな話聞いたことない?」


「ううん。今初めて聞いたわ。でもそれって本当の話?」


「わかんない。わたしもさっき初めて耳にしたことだから。馬鹿馬鹿しいって聞き流せばいいことなんだろうけど、なんだか気になっちゃって」


「そうなんだ」


 直は口元にひと差し指を当てて、少しだけ考えるようなそぶりを見せた。けれどそれ以上特になにも言わず、ただ千絵に向かって笑ってみせた。


「それより千絵ちゃん。昨日わたし、新しいキャンバス買ってきたよ。さっき美術室に置いてきた」


「あ、そうなんだ。いいなー。やっぱり新品のキャンバスっていいよね」


「うん。だから今日の部活が楽しみなの」


「直ちゃんの次の作品がどんなのか、わたしも楽しみだよ」


「そんな期待しないで。プレッシャー感じちゃう」


「だって本当に楽しみなんだもん」


 千絵がそう言うと、直は困ったように苦笑していた。そんな話をしていたせいで、千絵はすっかり先程の奇妙な音の話のことは忘れていた。


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