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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第二章 衝撃の火曜日
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衝撃の火曜日11

 自分たちがまだ一年だったころ、三組に配属された生徒たちはかなりの不運だったに違いない。小学校からあがりたての、まだ右も左もわからないような子供だった彼らにとって、佐々嶋和輝の存在はあまりにも鮮烈だっただろう。


 当時、一年三組には土居や山本もいた。他のクラスだった勇哉が小耳に挟んだ話によると、土居や山本は入学当初はそれほど目立つような生徒ではなかったのだという。素行の悪さが目立つようになったのは、佐々嶋とつるみだしてからのことだったらしい。


 勇哉は同じクラスではなかったものの、三組の荒れ具合は教室の前を通るだけで伝わってきていた。佐々嶋を中心として、クラス全体がその指揮下にあった。彼に刃向かうものがいれば、佐々嶋はそれを有無を言わせぬような方法で屈服させていたらしい。


 そのために、三組はあっという間に学級崩壊した。くわしい事情などは勇哉にはわからなかったが、三組での様々な問題は当時の担任だった男性教諭を追いつめ、退職するまでに至った。噂では精神を病んだことによるためだということのようだったが、真相ははっきりとしないまま、その男性教諭は学校を去っていった。


 二年になり、佐々嶋ら三人の不良グループはそれぞれ別々のクラスに配属された。けれどやはり、佐々嶋のいるクラスは平和とは言い難い雰囲気だったらしい。

 そんな佐々嶋たち不良グループの悪い噂は、勇哉の耳にもそれとなく届いてきていた。いわく、喫煙や万引き、他校の生徒とのトラブル、喧嘩やいじめなど様々だった。


 三年になり、勇哉は一組に配属され、佐々嶋は二組に配属されていた。結局、勇哉自身は三年間佐々嶋とは同じクラスになることはなかった。しかし、それでも佐々嶋の噂は絶えることなく、学年全体を脅かしていた。

 誰もが佐々嶋和輝の存在を恐れていた。教師ですらも、そうだった。勇哉はそれが仕方のないことだとは思ってはいたが、心のどこかではなにかが違うと叫びを上げていた。なにかに押さえつけられているような、そんな学校生活は間違っている。息を殺して人の目を気にして。


 勇哉は、佐々嶋という人物のことは、直接的に知っているわけではなかったが、彼に対する感情はいいものではなかった。そして、それはあのコンビニでの接触で決定的となっていた。

 学校へと戻った勇哉たち三人だったが、顔色はいずれも重い表情のままだった。校門から校舎へと続く道を、三人は並んで歩いていた。


「よりによって、なんであいつに会わなきゃなんないんだよ……」


 そうつぶやきを漏らす勇哉を取りなすように、透がわざと明るく声をかけた。


「もー、あんなやつのことはほっとけばいいだろ。こちらから接触しなきゃ、あいつらもこっちのことになんか興味持たないって!」


「宮くんの言うとおりだ。あまりあいつらのことは気にしないほうがいい」雄一もそう言った。


 二人の言葉はありがたかったが、勇哉としては、やはり先程の出来事を気にしないではいられなかった。今後、佐々嶋らと接触することがないとは言い切れない。後々問題となることのないように、彼らの件は他のメンバーにも伝えておく必要があるだろう。

 三人がそうして歩いていると、校舎の方向から誰かがこちらに近づいてくるのが見えた。


「お。ちょうどいいタイミングで戻ってきたな」


 田坂景子が自転車を引きながら、そう話しかけてきた。


「なんだよ。いいタイミングって」


 透がそう訊ねると、景子はにやりと笑みを浮かべた。


「教室行ってみろよ。清川さんたちがいいもの用意して待ってるから」


「は? いいもの」


「そ。ありがたくって涙が出るかもよ」景子はそう言うと、自転車にさっと飛び乗った。


「そう言う田坂さんはまたどこへ行くつもりなんだ?」


「家に帰って、持ってき忘れたものをいろいろ取りに行くんだ。じゃな!」


 その台詞とともに、景子は自転車でそこから去っていった。


「田坂さん、学校に泊まりでもするつもりかよ」


 透の言葉に、雄一はこう言った。


「そうするつもりだろうよ」


「まじかよっ」


「おいおい。なんのためにさっき家でいろいろバッグに詰めこんできたんだよ」


 雄一の言うとおり、透は肩から大きなショルダーバッグを提げている。雄一や勇哉も、同様に大きな荷物を抱えてきていた。


「出かける前に清川さんも言ってただろう。毛布やタオルとか着替えもできるだけ学校に持ってくるようにって。今日からみんなで学校に泊まれるようにするって話だと理解してたんだけど、お前また今夜も家に帰るつもりでいたのか?」


「そうなのか? でも風呂もベッドもないじゃんか。第一、食事はどうするつもりなんだよ」


「風呂はさすがにないけど、断水の今はどこにいても同じことだろ。ベッドも一応、保健室には二つくらいはあったはずだ。勇哉の持ってきた寝袋もあるし、どうにかメンバー全員寝ることはできるだろ。食事のほうは、各家から持ち寄ったものでどうにかしていくしかないだろうな。とりあえず言えるのは、火災が広がっていく町のほうで夜を過ごすよりは、学校にいるほうがはるかに安全には違いないってことだ」


 雄一の言葉通り、町の火の手は鎮火することなく、次第に範囲を広げていっている。消防車が動いていないのだ。大雨でも降らない限り、それは拡散を続けることだろう。


「幸い僕らの自宅付近までにはまだ火の手は近づいてはいないけど、いつそっちのほうまで火が近づいてくるともわからない。またあとで僕たちも持ちきれなかった荷物を運び込む必要があるだろうな」


 勇哉もそれにうなずいた。ある程度の生活用品や非常用具などは、先程リュックなどに詰めて持ってきてはいたが、まだいろんなものが足りない。いつまでこの状態が続くのかはわからないが、生活に必要なものはとにかく学校に運び込んだほうがよさそうだ。


「それにしても、いいものってなんだろうな?」


 透は楽しそうな顔になって言った。それを見て、強張っていた勇哉の表情もいくらか緩んだ。


「現金だな。この状況でいいものって言ったって、たいしたものじゃないだろ。とりあえず教室へ行ってみればわかる」


 教室へ行くと、勇哉たちの机の上には焼きそばが用意されていた。教室内を見ると、景子以外の女子たちもみな揃っていて、それぞれが自分のぶんの焼きそばを食べていた。


「これは確かにいいものだ!」


「これはありがたいね。ちょうどお腹減ってたんだ」


 透と雄一はそれぞれそう言いながら、自分の席についた。


「これ、誰が作ったの? 給食……なわけないよね」


 勇哉がそう訊ねると、ちょうど食事を終えたらしい直が答えた。


「千絵ちゃんよ。うちの材料と千絵ちゃんちの材料も合わせて焼きそばが人数分作れそうだったから、二人で調理して持ってきたの。ガスボンベがあったからそれで火は使えたし。まあ、料理の主導権は千絵ちゃんで、わたしはほぼお手伝い程度しかしてないけどね」


「へえ。吉沢さん料理できるんだ。すげーじゃん。サンキュー」


 勇哉がそう言うと、教卓のところで使い終わったトレイをゴミ袋に入れて片付けをしていた千絵が、恥ずかしそうにこくりとうなずいていた。


「今日のところは家で調理してきたけど、今後は学校の家庭科室使って食事の準備とかやる方向で考えてるから、男子もできるだけ協力してね」


 直のその意見に反対するものがいるはずもなく、勇哉たち男子は素直に賛同の意を示した。


「調査の報告については、全員が揃い次第始めたいと思います。それまでは、各自自由に過ごしてもらっていいわ。家に戻ってまだ持ってくるものがある人は行っても構わないけど、くれぐれも道中は気をつけて。そして、あまり遅くならないように」


 直はそう言うと、すっと教室から出て行った。それを見送ったあとで、勇哉たちも食事に取りかかった。焼きそばは冷めてはいたが、しばらくまともな食事をしていなかった勇哉にとって、それは本当においしく感じられた。透や雄一もそれは同じのようで、あっという間に焼きそばをたいらげていた。お腹が満たされたことで、勇哉はようやく落ち着きを取り戻していた。もやもやとしていた気持ちに、少し新鮮な空気が送り込まれたようだった。


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