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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第二章 衝撃の火曜日
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衝撃の火曜日8

 千絵は、直がなにを考えているのかわからなかった。

 直はあの地震の前から、少しいつもと様子が違っていた。


「この家も誰もいなさそうね」


 直はそう言いながら、その民家の敷地内から出てきた。すでに何軒か見て回ったが、いずれも状況は変わらなかった。


「たぶん、これ以上見て回ってもなにも変わりはないわね」


「でも、あっちに行くと直ちゃんの家のほうだよね。一度見に行ってみようよ。もしかしたら、誰か家の人が戻って来てるかもしれないし」


 千絵のその意見に、直は一瞬押し黙ったが、すぐに笑顔でうなずいた。


「そうね。行ってみましょうか。どうせ荷物を取りに行かないといけないものね」


 直の家は、そこから歩いてすぐのところに建っていた。瀟洒な白い壁の家で、この辺りではかなり立派な建物だった。庭も広くて綺麗な芝生が敷かれてある。


「いつ見ても、直ちゃんちは素敵だね」


「住んでみれば、ただの家だよ」


 直は冷めた言い方でそんなふうに話しながら、自宅の鍵を使って玄関の扉を開けた。

 玄関内は、地震のために多少散乱していたが、スペースが広いせいもあるだろう。それほど被害がないように見えた。しかし、そこには誰かがいるような気配は感じられなかった。


「家の人、やっぱりいないみたいだね」


 もうすでにそのことに対して、あまり疑問にも思わなくなっている自分自身に驚く。


「とりあえず家に来たから、いろいろ食材や必要なものを集めることにしましょう。向こうで生活ができるようにしないといけないから」


「そんなに学校で過ごす時間が長くなるの? しばらく泊まり込むってこと?」


「そうよ。今は遠いところの火事も、このままの状態が続けば、いつこちらのほうに飛び火してくるかわからない。今の時点で一番安全な場所ということを考えると、やっぱりそれは学校ということになるわ。それに今後のことを考えたら、学校をわたしたちの拠点にしていく必要があると思う」


「拠点?」


「うん。千絵ちゃんこっち」


 直は玄関を上がり、リビングダイニングへと移動していった。千絵もそれに続く。

 そこは、地震のためにやはり多くのものが散乱していた。いつもであれば綺麗好きな直の母親によって、モデルハウスのように美しく整えられている場所だった。しかし今は、それがところどころ歪んでしまっている。その光景は、なにかもの悲しく千絵の目に映った。


 直は部屋の中央まで進んでいった。そこの南面にある大きな窓ガラスからは、薄暗い光が屋内に差し込んできていた。その冷たい光の中で、直は立ち止まった。そこにいる直の横顔も、その冷たい光のようにどこか怜悧で、近寄りがたい雰囲気をまとわせていた。千絵は、部屋の入り口付近に立ち止まったまま、なぜか動けずにいた。そんな中、直が静かに口を開いた。


「千絵ちゃん、あのね。わたしはもう、他の人たちはいなくなったものだと考えてるの。どこかに避難しているのかもしれないとか、そのうち帰ってくるはずだとか、そういう考えは、今は必要ないと思ってる」


 振り向いてこちらを見た直の表情は、冷徹なまでに美しかった。


「だって今必要なのは、そんな頼りにならない甘えた希望なんかよりも、これからどう生きていくかを考えることだと思うの。この状況を受け入れられない人は、そうして薄い希望にすがっていくしかできないのかもしれない。だけど、わたしはそんな薄い希望にすがったりなんかしない。自分で生きていく。この状況を受け入れて、自分自身で目の前を切り開いていく。そうしていこうって、もう決めたんだ」


 千絵はそれに、なにも答えることができなかった。足がすくんで、そこから動くことさえできずにいた。


 この状況を受け入れる? 千絵にとって、それは耐え難いことだった。それはつまり、両親との決別を意味している。かけがえのない家族と、一生会えないのかもしれない。それを今すぐ受け入れることは、千絵にはできそうになかった。


「いいよ。千絵ちゃんは、そんなに焦る必要はないよ。これはわたしの決めたことだから。わたしと千絵ちゃんとは、置かれた状況が違うんだから、簡単にわたしみたいになれないと思う」


「直ちゃん……」やっとのことで出したその声は、随分かすれていた。


「わたしは直ちゃんみたいに頭がよくないからよくわからないんだけど、本当にもう、お母さんやお父さんには会えないの? もうあの家で、以前の生活に戻ることはできないの?」


 そんなことが現実になるなんて、考えたこともなかった。たいして豊かでもない普通の家庭だったけれど、そこには確かに家族のぬくもりが存在していた。それがあったから、こうして生きてこられたのだ。


「以前の生活に戻るにはどうしたらいいか。それは、なんらかの奇跡が起きればかなうことかもしれない。だけど、その奇跡が本当に起きるのか。それがいつで、どんなふうに起きることなのか。なにもわからない今の状況では、それをいくら考えても仕方がない。それよりも、今できることを見つめていくほうが有益なことでしょう? だから、とりあえずは現状をしっかりと把握して、生活していくことを考えなくちゃいけない。なにも、希望を捨てろってわたしは言っているわけではないの。いろんな可能性を考えて、この先の状況がどうなっても、耐えていくことのできるように備えていかなくちゃいけない。だからこそ、わたしは今ある現状を受け入れることにしたの」


 直の言っていることはとても理にかなっている。無駄に救いばかりを求めているよりも、他にできることを考えていく。それはそのとおりだろう。けれど、昨日の今日で、千絵はそんなふうに気持ちを切り替えることはできなかった。直のこの強さは、いったいどういう心境からくるものだろう。千絵はそれが不思議でならなかった。


「とりあえず今から食材や生活必需品をまとめて、学校に持っていけるものは持っていくことにしましょう。かなりいろいろ運ばないといけないだろうから、千絵ちゃんも手伝ってね」


 直はこの話はもう終わりとばかりにそう言って、続きになっているキッチンのほうへと移動していった。千絵もそれ以上なにも言えず、黙って彼女の後ろをついていった。


「電気だけでも復旧してくれたら助かるんだけどね。今のところ、そんな希望も捨てるべきだろうから、まずはものが腐ってしまう前に片付けていかないと。本気でこのままの状況が続くとしたら、各家の冷蔵庫内がやばいことになるだろうし、当面の食料を確保しつつ、食中毒なんかの心配もしていく必要がある。生鮮食料品を扱っているスーパーなんかの店もほっといたら大変なことになるだろうから、できるだけそうなる前にいろいろ考えていかないと。そういう意味でも、学校をみんなの安全な場所として位置づけていく必要があると思う」


 直は淡々とそう言いながら、キッチンの奥にある冷蔵庫を開けていた。そしててきぱきと中のものを全部外に出していった。


「そういえば、お腹空いてきたね」


 千絵がそう言うと、直はくすりと笑った。それは、あの地震が起きて以来、初めて見る直の表情だった。


「どんな状況でも、体は正直だってことね」


 千絵は直が以前のように笑ってくれたことで、少し安堵した。直はやはり直だ。自分のほうこそいろいろと考えすぎなのかもしれない。それに今、直ほど頼りになる存在が他にいるだろうか。彼女についていけばいい。彼女の言うとおりにしていれば間違いなどない。

 千絵はそう思い、手助けをするために彼女のほうへと近づいていった。


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