衝撃の火曜日3
学校には、さえたち以外の人物は、まだ誰も来てはいないようだった。誰か近所に住む人とかが体育館に避難しに来ているかもしれないと、体育館の扉を開けて中を見てみたが、やはりそこには誰もおらず、がらんとした空間だけが広がっていた。教室にもやはり人の気配はなく、勇哉たちはその事実に打ちひしがれた。しかしまだ希望は捨てず、彼らは校舎の外に出て、誰か人がやってくるのを待つことにした。
勇哉は、半ば呆然としながら、体育館前の渡り廊下のところで座っていた。すると突然、誰かに声をかけられた。
「勇哉!」
江藤雄一だった。後ろには宮島透の姿もあった。彼らも勇哉と同様、制服姿だった。
「雄一、透!」
勇哉はあまりの嬉しさに、飛び上がるようにして立ち上がった。
「昨日ぶりだけど、無事だったか」
「お前もな。昨日ぶりだけど」
「とりあえず、こうして再会できてよかった」
三人は、お互いに肩を抱きあい、再会を喜び合った。普段は当たり前のように一緒に過ごしてきたが、こんなことになってからその存在の大事さが心底よくわかった。勇哉は、心を許せる友の無事が、本当に嬉しかった。それから、昨日別れてからのことをお互いに確認しあった。やはりみな同じように親とは会えていないらしい。
「これからどうしたらいいんだろうな……」
いつもはお調子者の透が、しゅんとしながらそうつぶやいた。なんだかそんな姿を見るのがつらくて、勇哉は透を励ますつもりで声を張り上げた。
「透。らしくねえ言い方してんじゃねえよ。元気だけがお前のとりえだろ」
勇哉の言葉に透ははっと顔を上げて、少し恥ずかしそうな表情をした。
「馬鹿言うな。俺のとりえはそれだけじゃねえ」
勇哉と雄一はそれを聞いて笑い合った。もちろんそれは、から元気でしかないことは勇哉にもわかってはいたが、から元気でもよかった。それだけでも、少しは心の暗雲を晴らすことはできた。
そうしているうちに、また二人の人物がそこに現れた。
清川直と吉沢千絵だ。彼女らも示し合わせたように制服姿だった。そんな姿は、普通に学校へ登校しにきているいつもの光景のようにも思える。二人はまず、水城さえたち女子のグループと言葉を交わしていた。そのあとで、勇哉たちのところにもやってきた。
「鷹野くんたちもやっぱり来てたんだ」
そう言ったのは直のほうだ。千絵はいつもそうなのだろう。直の付き人のような感じで、後ろで黙って立っていた。
「ここに来れば、誰かに会えるんじゃないかと思っていたからな。他に行く場所が思い浮かばなかったってのもあるけど」
「さっき水城さんたちにも訊いたけど、みんな家の人とは会えなかったみたいね。連絡もつかなかったって。それどころか町にいる人をここにいる誰も一人として見ていないって」
「そうなんだ。俺たちも、あれから他の人間に誰も会ってない。わけがわかんねえ。こんなことってあるのか? 実際に体験しながら言うのもなんだけど」
直は少しだけ口をつぐんだ。そして軽く息を吸ってから、再び口を開いた。
「考えられないことだけど、もしかしたら、この世界にはわたしたち以外に本当に人がいないのかもしれない」
彼女の言葉は、まるで現実感がなかった。普通なら笑い飛ばすような台詞だ。それなのに、勇哉はそれを否定することができなかった。
「世界から人が消えたっていうのか?」
「ううん。そうじゃなくて。そうじゃないとも言い切れないんだけど。でも、わたしはこう思うの。――もしかすると、わたしたちを取り巻く世界のほうが変わってしまったんじゃないかって」
「世界が変わった?」
勇哉は、彼女がなにを言おうとしているのかわからず、眉間に皺を寄せた。
「ここは、わたしたちの世界ととてもよく似ているけれど、まったく違う別の世界なのかもしれないって思うの」
「……なに、言ってんだよ」やっと言えたのは、そんな陳腐な言葉でしかなかった。
「あくまでもこれは仮定の話。だけど頭の片隅では、そんなことを考えたことがあるんじゃない? わたしたちは昨日のあの瞬間、ここに飛ばされた。だからここにはわたしたちだけしか存在しない。この世には、わたしたちが想像も及ばないそういうことがありうるのかもしれないって」
「清川さん。いくらなんでもそれはないでしょ。小説とか漫画の世界じゃないんだから」
勇哉はそう言いながらも、自分の言葉のほうが薄っぺらく感じていた。
「それが現実として起こったんだとしたら? パラレルワールドは本当に存在するのだとしたら? もしこの世界が今までと同じ世界だっていうのなら、わたしたちを残して、他の人たちが忽然と姿を消してしまったと考えるしかない。どちらだとしても、ありえない現象が現実に起きてしまっている。そう考えるしかないと思わない?」
直の言葉は、現実離れしているようで、その実、確信をついていると思った。昨日から勇哉が感じていたこと。認めたくない。そんなことは絶対にありえない。そう心に言い聞かせながら、それでもそれを否定することができなかった。
「そんなことが本当に起きているっていうのかよ……」
それを認めることが、こんなに苦しいことだとは思わなかった。認めてしまえば、それを現実として受け止めなくてはならない。家族や他の友人、そして優里のいなくなったこの世界を、受け入れなければいけない。それは、あまりにつらい選択だった。
「でも、まだそれはひとつの可能性に過ぎない。他の人たちは本当はどこかに隠れていて、それをわたしたちが知らないだけなのかもしれない。あの瞬間、校庭にいたわたしたちだけになにか力が働いて、わたしたちだけがこの世界に残ったという可能性も」
「……それは、ここにいる人間以外がみんな死んだって言いたいのか……?」
勇哉は、自分の手がかすかに震えていることに気がついた。その震えは次第に全身に伝わり、勇哉のすべてを震えさせていった。
「もし、本当にみなが消えてしまったのなら、それを説明するのに、そういうこともひとつの可能性として考えなくてはならないわ」
「直ちゃん……」
千絵が初めてそこで声を発した。直の言葉のあまりの内容に、黙っているのが耐えられなくなったのかもしれない。
「清川さん。さっきから聞いてたけど、それはあまりに乱暴な想像じゃないかな」
後ろのほうで、透と話をしていたはずの雄一が、すぐ横に立っていた。こちらも黙っていられなくなったのだろう。
「そうだよ。昨日からここにいる人間以外の他の人に出会ってないからって、それをみんな死んじまったせいだなんて、怖いこと言うなって!」透もそう口にした。
「うん。だからそれは、可能性のうちのひとつだって話。だから、いろんな可能性を考えて、それを調査していくべきだと思うの」
「調査?」
直の言葉に、その場にいた全員が彼女に注目した。少し離れたところにいた水城さえたちも、いつの間にか近づいてきていた。
「人に会っていない。イコールいなくなった。イコール死んでしまった。確かにそれは乱暴な想像だと思う。だから、そのイコールがイコールでないことを考えるためにも、今のこの状況をくわしく調査する必要があると思うの」
正論だった。このわけのわからない状況から脱するためにも、調査することは必要だ。
「わかった。とりあえず、俺たちだけでここでくすぶっていたってなんにもならないことは確かだ。清川さんの言うとおり、調査に動く計画を立てよう」
勇哉の言葉に、その場にいた全員がうなずいた。