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白黒姉妹  作者: 日曜閑人
Chapter.2
7/11

2-1-1

水平線を眺めること4時間。所々島があったとはいえ、基本的には青空と海、雲以外目に入ってくるものはない。薄く開けた目から、その境界にうっすらと現れ始めた茶色い線に気付くと、少女は重い頭をもたげる。つい先ほどまで眠っていたので、まだ多少意識がぼんやりしているが、これからすべきことに問題は無い。

「ふわぁ~あ」

欠伸を噛み殺しもせず、少女は手元のレバーをガシャガシャと動かし、コマンドを発する。

「操作パターン オート航行モードからマニュアル操作モードに移行。」

〈システム マニュアルモードに移行完了〉

「やっとお目覚めか? 01。」

「だって暇なんだも~ん。というか、行くときにも思ったけど、海の上ってなんも無さすぎ。」

オペレーターの問いかけに、悪びれる様子もなく答える。

「まあ否定はしないが… お前が居眠りしている間にも、こっちにはやることがあったんだぞ?」

「あぁ~はいはい。ごくろーさん。」

気のない返事に、オペレーターは咎める様子もない。

「まずリントヴルムのテスト結果報告だろ? それに捕虜全員のナノマシン透析と廃棄、それと……」

「ぁ~あ」

終わる気配のない話を、欠伸で無理やり中断させる。周りの人間から、不真面目だとレッテルを貼られている彼女のみに許された得意技だ。実際彼女自身、そのレッテルを利用して、面倒ごとを避けることは多い。

「ほーひうほほは、ほっほへらいひほにひって?」

「すまん、聞き取れなかったんだが、もう一度言ってくれるか?」

「そーいうことは、もっと偉い人に言って?」

「ああ、そうだな。お前に言っても仕方ないな。」

「そうだよ~ ボクには具体的な命令だけくれれば良いんだよ?」

「まあ確かに… でも色々な情報を扱うことは、損にはならないと思うが?」

「でも、少なくとも戦いに関しては、違うと思うよ~? 考えるんじゃない、感じるんだ!ってどっかの偉い人が言ってた気がするし、ボクは全く考えてやってないからね。」

それはお前だけだろ、とオペレーターは突っ込みたくなるのを抑える。実際、彼女は仮想現実(VR)空間における模擬戦では軍内最強であり、敵の情報を与えなくても、獣じみた勘で相手の策を悉く正面から潰し、勝利を収めてきた。しかし、彼女は下手におだてたり、機嫌を損ねたりすると面倒くさいということを知っているので、オペレーターは何も言わない。代わりに諦めのため息を漏らす。

そうこうしている内に、出発時には南南西の高い位置にあった太陽が、いまや西の地平線にかかり、天地を赤く染め上げていた。

「綺麗だね~」

「ああ、そうだな。」

彼女が美に対する感性を持っていたことに驚きつつも、素直に同意する。やはり、大自然の作り出す風景は、いつの時代も人の心を打つものだ、と噛みしめながら。しかし、次の言葉で凍り付く。

「街で潰したお人形さん達みたい。ねっ?」

「ったく。折角いい気分だったのに。お前のサイコパスな所は時々目に余るな。」

「さいこぱす?」

「古い言葉で精神異常者を表す言葉だ。本来だったらお前は、協調不適合で破棄されるところを、あの方のご厚意で番号なし(アンタグド)にして引き取ってもらったんだろ?」

「ん~そうだっけ? 覚えてないけど、あの王様のいうことだったら何でも聞くよ?」

「それは殊勝…ってことじゃなくてだな、もっと常識的な言動は出来ないのか?」

「ボクに常識は通じないよ?」

「ああそのようだな……」

オペレーターは諦める。姿が見えるとしたら、間違いなく肩を落としているだろう。

気が付けば、太陽はすっかり地平線の下に潜り込み、西の空が僅かに明るい程度になっていた。そして下を見れば、都市部の明かりが蜘蛛の巣のように大地に貼り付いていた。一行は高高度を維持したまま飛んでいく。


―1時間後―

オペレーターがそろそろだ、と声を発する。それに答えるように01はボタンの一つを押す。肉眼では星と、真っ黒い大地くらいしか見えなかっただろう。しかし、今や光学機器(オプティクス)のおかげで大地はくっきりと見え、地面の土の質感や、土に埋もれたアンテナの残骸を捉えることができるようになった。道中で使わなかったのは、単に景色を楽しむためだ。眼下に広がるのは、海抜2000Mの砂漠。かつては天体観測用の望遠鏡が大量に並んでいたらしいが、先の大戦で望遠鏡の大半は兵器に作り変えられ、残っているのは極々一部というところか。

オペレーターは、星なんか研究してなんの実用性があるのか、とふと疑問に思うが、そこに知的好奇心以上のものを見いだせなかったので、多分そうだろうと結論づける。

「出来るなら、一度話してみたいものだな…」

「ん? 誰と?」

「ああ、いや。昔の人間は何を考えていたのだろうか、と気になってな…」

「そんなん分かる訳ないじゃん。だって、今の人間ですら何考えてるかわかんないんだよ?」

「なるほどな。過去はどうやっても推測することしかできないわけか。」

オペレーターはいささか落胆する。彼は情報の収集と、その分析が好きでこの仕事をしているのだ。平和な時であれば、間違いなく科学者になっただろうが、彼の主人の理念に感銘を受け、より役立てる仕事を、と精進した結果、この地位に落ち着いた。しかし、彼は生粋の学者肌であり、やはり解明できない物があるなら心に引っかかるものがあるのだ。彼は頭を振り、雑念を打ち払う。いくら安全とはいえ、任務中におしゃべりするというのは、気が緩み過ぎていると言える。気持ちの切り替えとして、彼は報告する。

「残り3KM。目的地をハイライトする。」

01の視界では、先にある高い山の一つの頂上で、黄色く細長い、逆さまの四角錐が回転しながら上下する。

「おお~見やすいね!」

「あの周囲で待機しろ。」

「りょーかい。」

1分程すると、一団は四角錐の周囲に到着し、その周囲を半径200Mほどの円を描いて飛び始める。少しすると、ゴゴゴという音とともに、半径70Mの円形の区間が沈み込み、カメラの絞りが開くように各部分がスライドした後、土の乗っていない部分が露出した。

一団は収束する螺旋のような軌跡を描いて、降下する。円の中央にドラゴンがズシンと音を立てて着地すると、10機の輸送機がそれを取り囲むようにヒュウゥゥンという音とともに着陸する。

「任務完了だ。休んでいいぞ。」

「はぁ~ やぁぁっと終わった~」

その声と共に、ドラゴンの眼に灯った赤い光が消える。

それに続くように、輸送機から銃を持った隊員が出て来る。今作戦に於ける副隊長である、シェパードもその一人である。もっとも、01がやらかした時の保険としての役割の方が大きかったが、これといって大きく作戦が綻ぶことなく進んだことに安堵を覚えていた。固まった関節部を回し、ゴリゴリという音を聞きながら、シェパードはぼんやりと考える。マキナス連邦の戦力や対応力を測るという目論見は成功したと言えるだろう。しかし気がかりなのは、連れて帰った市民のことだ。1527人いたというが、数え漏らしがないとは言い切れず、万一ナノマシンを抜き忘れでもしたら、居場所がばれてすぐさま侵攻されるだろう。ある程度の兵力は蓄えてあるので、長期間耐えしのぐことは可能だろうが、援軍が期待できない以上、リソースが尽きる前に逆侵攻を仕掛けざるを得なくなる。しかし危惧すべきは、敵の戦力が変化し、その情報を知らなかった場合だ。今回、攻撃自体はうまくいったが、オトロンを捨て、ひとまず様子見をしていたという線もあり得る。考え始めると様々な悪いシナリオが浮かび、落ち着かなくなる。

ふと同乗していた部下の方を見やれば、同じように不安そうな顔をしていた。彼の名はポール。考えがよく合う、シェパードの一番のお気に入りだ。よく飲み交わしては世間話をしているため、彼の考えが読めたのだろう。言葉に出さずとも、目線を受けて首肯してくる。

「デクソール様のためとはいえ、いくら何でも多すぎると思います。」

「ああ、全くだ。我々に反感を抱いて蜂起したら、少々どころではなく面倒なことになるからな。」

「シェパードさんが隊長を務めた方が良いのでは?」

「俺もそう思っていたんだが、あの方の01に対する信頼の置き方が尋常じゃ無くてな。きっとあの方には我々に見えていない何かが見えているんだろう。」

「そうだといいのですが… 01の行動はヒヤヒヤしてとても見てられません。」

「そうだな。今度01が指揮を執る戦闘があったら、お前を外してもらうように進言してみるよ。」

「ありがとうございます。」

気が付けば、上にあった円い星空はすっかり"絞り"に塞がれ、一行はゆっくり回転しながら100M程下がっていた。例えるなら、巨大なねじ穴に入っていく、というところか。コンクリート製の壁には螺旋が刻まれ、それに沿ってエレベーターが動いている。

シェパードは徐にリントヴルムに近づき、周囲を歩き回りながらしげしげと見つめる。

「よくもまあ、こんなものを作ったな…」

そこにあるのは素直な感嘆だ。リントヴルムは動物園にあれば、確実に生き物と思ってしまう質感だ。爪のスジから皮膚のシワ、口の中まで丁寧に作りこまれている。製作には、間違いなく多大な労力を要したに違いない。シェパードは周りの質素なデザインの輸送機を見回し、独り言を漏らす。

「ここまでする必要があったのか?」

「まあ、ラシル博士は凝り性ですし… それに、相手が人間であれば、威嚇することもできると思います。」

ポールが返答する。シェパードは独り言を拾われたことに苦笑しつつも、なるほど、と心の中で相槌を打つ。無論、威厳を保つため表情は動かさないが。

「相手が人間であれば、な。我々が相手にしているのは機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)だろ? 敵に人間的感情は期待できないと思うぞ?」

「そうですね。ところで、市民の体内にナノマシンを入れるということは、市民を機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)が操るのは可能なのでしょうか?」

「さあな。断言は出来ん。まあ出来るんじゃないか? あの博士の方がよく知ってると思うぞ。」

「万一そうなった場合、市民を虐殺しないといけないんでしょうか…?」

相変わらずポールは微妙な所を突いてくる。

「出来ればやりたくないものだが… そうする他無いというのであれば俺はやる。機械仕掛けの神から民を救うために、その民を殺すというのはいささか本末転倒な気がするが…いつだって変革には、既存のものを壊すが故の犠牲が伴うものだ。だからその…なんだ、お前も覚悟を決めた方がいいぞ。」

「そうですね。」

ポールの眼には反論の色が浮かんでいるが、納得はしたのだろう。それ以上何も言ってこない。

5秒ほどの沈黙の後、エレベーターの回転が止まる。その意味するところをすぐさま悟ったシェパードは隊員に指示を出す。

「各班、1班から順番に、収容セクションに捕虜を運べ。運んだ後は医療チームに任せていい。収容セクションは5番ゲートの先だ。私は報告せねばならないので、3番ゲートの先の戦略セクションにいる。ないとは思うが、不測の事態が起きた時は私に知らせろ。それでは総員、行動開始!」

輸送機のハッチがゴウンと開き、中から箱状のものがスライドして出て来る。中には百数十人の市民が乗せられているため、人力では動かせないが、隊員に焦りはない。4番の扉―エレベーターを囲むように6つの扉があり、それぞれの上に1から6までの番号が描かれている―が開いており、そこから乗り物に乗って来ると、箱と乗り物のジョイントを合わせる。ガチンという音とともに連結したことを確認すると、そのまま開いた5番ゲートまで列をなして牽引していく。当然、箱の下にはタイヤが付いているので滑らかに動く。その間およそ3分。特殊部隊と言うには相応しい動きだ。

シェパードは満足げに頷くと、3番ゲートに向かって小走りで移動する。扉を抜けると高さ20M、長さ150M程の兵士の居住スペースに出る。兵士は2人につき3Mx4Mの個室が与えられており、全体でみればそれなりの数になると思われる。しかし一部の警備兵以外非番ということもあり、通路を歩く兵士の姿はまばらである。彼は広い通路を走っていき、食堂に到着する。食堂のさらに奥が戦略セクションであり、彼の目的地は戦略セクションの最奥、会議室である。

シェパードは足を進める。50M四方の食堂の、扉の一つを抜けると、暗く狭い100M程の道が現れる。そこを20秒程で抜けた先には、重厚な扉と監視カメラにマイク。彼は迷いなく、マイクのボタンの一つを押し、声を吹き込む。いつもの動作だ。

「識別番号0010、シェパード、会議に参加するため、戦略セクションに入りたい。」

〈シェパードだな? ドックタグと網膜を認証しろ〉

そういうなり、壁の一部がスライドして開き、認証機器が現れる。彼は素早く目元を上の機械にあてながら、下の機械にドックタグをかざす。2秒程してピピッという音とともにガシャンと扉のロックが外れ、横にスライドオープンする。

シェパードは、大量のモニターと、それを見つめる人々で埋め尽くされた部屋に出る。その背後で扉がシュッガシャンと音を立てて閉まる。何度聞いてもいい音だ。そう思いつつ、部屋の正面にある、3Mx5Mの巨大な画面の横にある扉を素早く捉える。そこが目的地だ。

小走りで近寄り、扉を警護している2人の兵士の片割れににドックタグを見せつつ話しかける。

「0010のシェパードだ。入室の許可を求める。」

「0010番が入室を求めています。」

兵士が扉の中に声を発すると、声が返る。

「構わない。通せ。」

それを聞いた兵士は扉を開けてくれる。シェパードは思ったより明るい部屋に踏み込む。滞りなく終わることを願いながら。




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