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白黒姉妹  作者: 日曜閑人
Chapter.2
6/11

2-1’

議論が紛糾する。

「もうたくさんだ!」

0000000005―通称"ピエール"―は声を荒らげた。

ここはマキナス連邦第5の都市、サンローレの地下300Mに作られたピエールの書斎。

そこにはピエールとその秘書のほかには誰もいないが、ピエールにはほかの会議者の声は聞こえるし、姿も見える。

0000000001通称"ジョン"

0000000002通称"チャン"

0000000003通称"グスタフ"

0000000004通称"トーマス"

彼らはマキナス連邦評議会のメンバーである。評議会は機械仕掛けの神の判断に対して、人間の目線から柔軟に立ち回り、人道を守るという役割がある。というのも、先の大戦において機械仕掛けの神は多大な功績をあげたが、その裏側には弱者の放棄や、反戦主義者の粛清があったからだ。それ故、大国の首脳陣は、政治的判断には、ある程度人間が関与する必要があると考え、評議会を設置した。そして、判断ミスを防ぐため、評議会は全会一致制をとっている。


―遡ること2時間前―

ピエールは評議会の緊急集会の通知を受ける。しかし別段そこに驚きはない。あれだけニュースでオトロン襲撃を報道すれば、議題も大体察しがつくというもの。

ピエールはいつものようにスキャナーに掌をかざし、ピピッという電子音と共に開いたドアからエレベーターに乗り込む。このエレベーターは識別番号が5以下の人間か、その人間が許可を出した人間しか乗ることができない。彼の秘書は0648273591だが、当然権限を与えられているので、彼の後を追従し、乗り込んで来る。

言葉を発することなく、無機的で重厚な金属の扉を眺めること20秒。入ってきた側とは反対側の扉が静かに開き、薄暗い部屋が目に飛び込んでくる。黒を基調とした部屋の中央には、深い茶色の円卓が置かれており、その周りには椅子が5つ置かれている。彼は徐にその一つに腰掛け、言葉を発する。

「特殊ネットワーク接続」

〈特殊ネットワーク接続〉〈ヴィジュアルイメージ生成〉

特殊ネットワークは共有ネットワークとは別枠に用意された、評議会専用の回線であり、高い情報秘匿性を持つ。機械音声が返すとともに、空いた椅子には、青白い他の評議会メンバーのホログラムが浮かび上がる。しかし、ネットワークの特性上、このホログラムは彼にしか見えないので、彼はいつものようにコマンドを発する。

「視覚共有0000000005 to 0648273591」

〈視覚データ共有 透明率20%〉

「見えるな?」

「はい。」

「長くなると思うから、そこにかけたまえ。」

彼は秘書をちらと見やる。きりっとした顔立ちに眼鏡と夜会巻きが似合っている。彼は思わず呆けそうになる顔を引き締め、他のメンバー(のホログラム)に向き直る。

「おっと失礼。さあ始めようか。」


「今回の議題は、多分察しがついていると思うが、先日のオトロン襲撃についてだ。」

左奥に座るジョンが手を組んで重々しく語る。いつも彼が仕切り役だ。

「それについてだが、状況を詳しく聞かせてくれんか? ニュースを見てはいるが、いまいち実感がわかんのでな。」

右奥に座る老人が話す。彼はグスタフ。彼の髪も豊かな髭も真っ白に染まっており、引退直前に見えるが、並外れた知者であり、その腕を買われて特別に任期を伸ばしている。

「それはうちからも頼むヨ。遠くのことは君たちに任せてきたからネ。」

右手前の中年男が言葉を発する。彼は通称チャン。彼一人だけ、ほかの面々と顔立ちが違う。確か古い言葉で"東洋系"というそうだ。かつては凄腕の商人だったらしい。

「ああそうだったな。君たちの管轄はオトロンの反対側だったからな。説明しよう。」とジョン。

「3日前―5月13日、セントラルタワーが何者かの攻撃によって崩壊した。それと、市民が1527人誘拐され、シグナルはオトロンの南東4000KMの海域で消滅。そして374名が死亡した。まあ、原形をとどめていなかったからナノマシンの種類による推測値だがな。」

「消えた、じゃと? 殺された、ということかの?」

「さあな。殺したとするなら、そのメリットがわからない。誘拐したふりをした、ということも考えられるが、いまいち決定打に欠けるな。」

「なにか…犯人に関する手掛かりのようなものは残ってないのかの?」

グスタフが尋ねると、ジェームズは不快感に顔を歪める。

「ああ、それなんだが… これを見てくれ。」

ジョンが手元のコンソールを操作すると、視界に映像が浮かび上がる。そこに映っていたのは、元が人間だったのが想像の域を出ない死体や、肉片、血の海、そして黒く、異様で巨大な生き物。動画の中で人々の悲鳴と少女の笑い声が響き渡る。

「再生中止」

ピエールは吐き気に耐えかね、思わず映像を止める。周りを見渡せば、他の面々も同じように感じたらしく、目を見開いて口を押えていた。目を閉じると悪夢がフラッシュバックするのだろう。

「今のはなんだネ!」

チャンが怒ったように叫ぶ。声は上擦れている。

「これは死亡した374名の内1人の知覚データだ。」

評議会メンバーは特別に、個人の位置情報や所持金、見聞きしたものなどを閲覧することができる高い権限を持っている。やろうと思えば、ある特定の人物に関して一日の生活を監視することができる。ベッドの中でもだ。もっとも、私利私欲の為にそんなことをすれば、機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)によって一切の市民的権限を剥奪、凍結されるだろうが。

「死体は大きく2箇所に分布していた。セントラルタワー周辺に359人と、そこから7KM離れた学校のグラウンドに15人だ。そこは地震などの際、避難場所として使われる場所だった。そして、諸君に見てもらった巨大な生物は、15人全員の視界に映っていた。セントラルタワー周辺の方は、ナノマシンの損傷が激しく、見られなかったがな。」

ジョンが異様に落ち着いて見えるのは、恐らく15人分すべて見たからだろう、とピエールはぼんやりと考える。

「この生物に心当たりがあるものはいるかね?」

グスタフが問いかけると、これまでむっつりと黙っていた右手前の男が、徐に口を開く。

「この生物兵器とも呼べるものに心当たりはないんですが……」

彼はトーマス。かっちりとした固い感じのする男で、一言で表現するならよく切れるナイフとでもいうべきか。しかし実際に付き合ってみれば、なかなか温厚で話が通じるので、他の面々とは仲が良い。

「なんか言いたげだな。続けろ。」

含みのある言い方を感じ取ったジョンが続きを促す。

「いや、小さいときに読んだ御伽噺で見たような気がしてですね…」

ピエールは呆れる。一体全体、動画内の殺戮と子供の絵本を、どうすれば結び付けられるというのか。

「御伽噺って… もっとなんか―」

「いや待て。」

思わず言葉を発しかけると、グスタフに止められる。

「その御伽噺の生き物とやらの特徴を教えてくれんかの?」

「ええ。生き物の名前はドラゴンと言い、爬虫類のように鱗に覆われた体を持っています。住む場所によっても変わりますが、大抵の場合は蝙蝠のような翼を持っており、、口からは炎を吐きます。」

「如何にも御伽噺って感じだネ。」

チャンが笑う。

「鱗が無いとはいえ、その他の特徴は一致しているな…」

グスタフが白い顎髭をさすりながら言うと、ジョンも同意する。

「ところでそれを聞くことに何の意味があるんだネ。」

「いや、もしかするとその空想上の生き物をモデルに、先の生物型兵器が作られたのかもしれんと思うてな。油断は出来んが、大体の性能を予測することもできるじゃろ?」

ああ、と一同納得する。

「敵の情報がいまいち足りないな。これ以上話し合っても埒が明かないと思うんだが… 今後の対策を話し合わないか?」

ジョンが話題を振ると、異論は上がらない。というより、数十秒の動画から敵の戦力を考えろと言われても、ただの無茶ぶり以上にはなり得ない。

「軍事費を削るべきでは無かったな…」

思わずピエールは漏らすと、それを聞いた評議会メンバーのうちチャンとジョンがギロッと自分の方を見るのを感じる。

そう、ピエールこそが軍縮の立役者なのだ。彼は、もう敵はいないのだから、と機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)が示した最低軍事力を大幅にカットし、余ったリソースを建築や、市民へ配給する必需品の生産ライン改善に回すことを主張した。結果として、他の評議会メンバーを説得することには成功した。がしかし、先の動画を見せられた不快感や、市民を殺戮した何者かに対する、やり場のない憎悪のはけ口として、丁度良いピエールが選ばれたということだ。

「囚人のジレンマか…」

ピエールは力なくひとり呟く。

「さて、端的に言おう。私は機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)に全権を委ねた方が良いと思う。」

ジョンがきっぱりと言う。

「本当ですか? 人道の侵害があってもですか?」

トーマスが怯えた表情で聞き返す。しかしジョンの口調は変わらない。

「ああ。犠牲が出るとするなら、それは必要な犠牲だ。最悪、ある程度の市民さえ生き残ってくれれば、またやり直せる。」

異論を発する者はいない。皆、感情では否定したいと思っているが、理性が素直に受け入れてしまっているのだ。しかし、それでも、とピエールはダメもとで提案してみる。

「市民を逃がした上で、犯人と交渉することは出来ないのか?」と。

「ああ、無理だろうな。」

ジョンがにべも無く切り捨てる。

「なぜだ?」

食い付いたピエールに対し、ジョンは淡々と説明する。

「理由は主に二つある。一つ目に、相手が交渉に乗ると思えない。というのも、何の犯行声明も出さずにあれだけの破壊活動をしたんだ。向こうはこちらとの正面衝突を覚悟しているだろう。そして二つ目。市民を何処に逃がし、誰が交渉するんだ? 最大の都市オトロンが襲撃された以上、他の都市もそうではないと言い切れないし、避難のために、民衆を集めたところを襲われる可能性もある。交渉は一般市民では無理だろうが、我々が行った場合、最悪、逆探知されて襲撃を受ける、ということもあり得る。万一我々のナノマシンが奪われた時には…わかるな?」

ジョンの説明には穴がない。ピエールはたやすく論破される。こうした状況において、どうにもできない自分に対する不甲斐なさがピエールを支配する。

「人類は協調し合わなければならないのに、なぜなんだ? なぜ、どいつもこいつも平和に共存できない? しかも我々が共存できないことを機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)には見抜かれていた!」

ピエールのふとした呟きは、感情の昂ぶりとともに激しくなり、しまいには叫ぶくらいになっていた。

「お前の気持ちはわかる。だが、少しは冷静になれ。これまでの人類史で、全人類が手を取り合ったことなんてあったか? 打算なしに分かり合えたことがあったか?」

「……いや、…なかった…」

ジョンがなだめ、理性に訴えかけてくる。少しでも落ち着けば飲み込める話だ。だが、ピエールの心の中では、怒りと悔しさが交互に押し寄せていた。なぜだ?どうして?なぜ、なぜ、なぜ――

「だろ? お前が求めているのはただの夢―」

「もうたくさんだ!」

ピエールは思わず叫び、今に至る。

「すまない。取り乱した。」

「儂もお主の考えには共感できる。じゃからの、まずは目の前のことを片付けてからじゃ。それからでも遅くはないじゃろう。」

グスタフからの言葉に、ピエールは思わず涙ぐむ。

「ああ…」

沈黙が訪れた。誰もが感情と理性の板挟みに苦しんでいるのだろう。理性的に話していたジョンでさえ、苦痛に満ちた面持ちをしている。しばらくすると、決意を固めたような顔をして、ジョンは口を開く。

「それでは、結論を出したい。機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)に、市民の管理や、生産系統含む、全ての権限を譲渡することに異論があるものはいるか?」

「私は無いヨ」

「儂もじゃ」

「私の方からもありません。」

「…俺からも…ない…」

「それでは、権利譲渡の手続きを行う。各々コンソールに掌を当ててくれ。」

2秒ほどのスキャンの後、視界に質問が浮かび上がる。

〈権利譲渡をしますか?/YES/NO〉

ピエールは思わずNOを押したくなるが、ぐっとこらえてYESを押すと、機械音声が告げる。

〈市民番号リスト譲渡〉〈知覚確認権譲渡〉〈現在地確認権譲渡〉〈口座確認権譲渡〉……

30秒ほどで、評議会の持つ十数種類の権限が全て譲渡される。これで、円卓を囲む面々はただの市民になった。それぞれ暗い顔をする中、ジョンが手をパンと打ち鳴らし、周りの注意を自分に集める。

「諸君、今日はよく集まってくれた。辛い決断を迫られたと思うが、きっとうまくいくはずだ。本日はこれで解散とする。」

「それじゃ、お暇させて貰うヨ」

そういうなり、左手前のチャンの姿が消える。

「そうじゃの、儂も休ませて貰うとするかの」

左奥のグスタフも消える。

「では私も。ご達者で。」

右手前のトーマスが消える。

「ん? どうかしたか?」

ぐずるピエールに、ジョンが尋ねる。

「いや、何というか、名残惜しくてな。今までは、会議するたびに、人類の明るい未来のビジョンが見えたものだったが… 今回は何か嫌な予感がするんだ。我々が目指した物、それ自体が過ちだったのかもしれない、というかな…」

「ただの一般市民がそんなことを気にしても仕方ないだろ?」

ジョンがおどけて言うと、ピエールも肩をすくめて笑う。

「フッそうだな。またいつか、評議会のメンバーで実際に集まって飲み交わしたいものだな。それじゃあ、元気で。」

「ああ。」

ピエールがコンソールを操作すると、ジョンの姿が掻き消え、同時に、視界に投影されていた会議の資料も消える。秘書の方を振り向くと、相変わらず彼女の表情は変わらない。そんな彼女に、ピエールは言葉をかける。

「行こうか。」

「はい。」

ピエールが歩くと、秘書は黙ってついてくる。いつものことだ。しかし、エレベーターの中で、珍しく彼女の方から言葉を発した。

「よろしかったのですか?」

ピエールは一瞬考えこむが、権利譲渡のことだと思い当たる。

「ただの一般市民がそんなことを気にしても仕方ないだろ? やってしまったことは仕方ないし、こうするより他になかったんだ。」

先程のジョンそっくりに言うと、彼女の顔が緩む。

「ええ、そうですね。」

「さて、仕事も終わったことだし、バーにでも行かないか? 普通の市民として。」

「貴方がそういうなら異存はござませんが…」

「今後、そういう堅苦しいのはナシだ。」

そういうなり、ピエールは秘書の手を取り、エスコートする。暗くよどんだ空に、青空の欠片を見つけたような気分だった。


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