狐の花かんざし (創作民話13)
ある村に千代という娘がおりました。
その千代の住む北国にも春が訪れ、レンゲの花が村の田んぼを薄紅色に染めはじめました。
この日。
千代は一人、猟に出かけた父の帰りを待ちながら花かんざしをこしらえていました。母が教えてくれたレンゲの花かんざしです。
その母は今年の冬に亡くなっていました。
――母さん……。
母を思うと涙がこぼれます。
「ねえ」
声をかけられて振り向くと、そこに見知らぬ娘が立っていました。
千代と同じ年くらいです。
「ねえ、どうしたの?」
娘が千代の泣き顔をのぞきこみます。
「死んじゃったお母さんのことを思い出してたの」
「じゃあ、あんたも?」
娘は自分の父親は去年、母親も今年の冬にいなくなったのだと話しました。
それから思い直したように、千代の手にある花かんざしを指さしました。
「きれい」
「これ、花かんざしっていうのよ」
千代は娘の髪に、できたばかりの花かんざしを飾ってやりました。
「ありがとう」
娘は頭の花かんざしにうれしそうです。
それからというもの、千代が田んぼで花かんざしを作っていると、そこへ娘が遊びにやってくるようになりました。
母親のいない二人。
お互いの淋しさをまぎらすように、花かんざしを作っては髪に飾りあうのでした。
そんなある日のこと。
父親の弥平が千代に餅をついてくれました。
去年のうちに仕留めておいた狐の皮が売れ、その金で餅米が手に入ったのだそうです。
「もう一枚あるので、それが売れたら、また餅をついて食わせてやるからな」
弥平は餅をほおばる千代に嬉しそうに言いました。
きびしい北国の地。
貧しい猟師の家では、それこそ食っていくのがやっとで、こうして餅が食べられることさえ幸せなことだったのです。
次の日。
千代は餅を二つ持って田んぼに向かいました。仲良くなった娘にも食べさせてあげたかったのです。
「お餅を持ってきたの」
千代は娘に一つ分けてやり、自分の家に遊びに来ないかと誘いました。
家ではいつもひとりぼっち。娘が遊びに来るようになれば淋しくなくなると思ったのです。
「でも……」
娘は迷っているようでした。
「お餅、うちにはたくさんあるのよ」
千代の誘いに、娘は餅が食べられると知ってか千代について家にやってきました。
着いてすぐのこと。
「あっ!」
娘が軒先を見上げて声を上げました。
そこには一枚、弥平が今年になって仕留めた狐の皮が吊るしてありました。
「母さん……」
娘が逃げるようにかけ出します。
そのうしろ姿を、千代はただあぜんとして見送ったのでした。
翌朝。
軒下に花かんざしが一つありました。
そして二度と、娘が千代の前に姿を見せることはありませんでした。