初夏の夜、2の巻
何時間経っただろうか。出て行くときに低かった月があんなに高い位置にある。エール神社に集められた学生たちは個人で見ても何体ゲンマを倒したかわからないくらいには奮闘していた。しかし今回は相手が悪かったのだろう、どこから湧いてくるかも終わりが来るのかもわからないほど溢れて来るヒトダマゲンマはもはやそこにいるだけで学生の勢いを削ぎ落としていた。
「もぉ〜〜 一体どこからこんなに出てくるのぉ!」
「困りましたね、これだけいると嫌でも当たるのは有難いのですが」
境内の入り口。鳥居を潜ってすぐの場所に2人の学生がいた。ブーっと不貞腐れながら白い液体を撒き散らす明朝夜子はその魔法で周囲のゲンマを一掃する。その夜子に背を向けてナイフを構えるのは鴗陽茉莉だ。彼女のまだ未熟な手遣いをカバーするように、手に飾られた宝石からは次から次へとナイフが現れ補充されていく。陽茉莉は手元を見る事もなく目の前のゲンマの位置を確認し続ける。
討伐開始直後より減ったとはいえ疲労とその数で集中力も落ちて来るが、陽茉莉の頭には明朝先輩の足を引っ張らないことともう1つ、上手くやらなければいけないという思いが埋め尽くしていた。もっと上手く、もっと正確に、数打って当たるようなのはダメだ、もっと、もっと。
その焦りが招いたのかもしれない。手にしたつもりのナイフが滑り落ち、石畳に打ち付けられたそれは無機質な音を響かせた。ハッとした陽茉莉の視線は足元に向けられた。すると今の音で周囲のゲンマの目にとまってしまったのだろう、集団の勢いかゲンマは鴗陽茉莉それ一点をめがけて飛び掛かる。
「っ危ない!!」
すぐ後ろの夜子は振り返ると陽茉莉を抱える様にしながら頭をゲンマに向けて石頭の魔法を発動させた。頭を狙うヒトダマゲンマには少しでも時間稼ぎにはなるだろうか。ゲンマは夜子の頭を齧りながら様子を見ている。
「イッタ〜い!!うぅ、こっちより白い方が倒せた、かも…」
「…せ、せんぱい…」
「えへへ、嘘〜☆ だいじょうぶ!ここからなんとでもなるって〜!」
夜子は泣き真似をしたあと朗らかに笑った。陽茉莉は自分が助けなければと先程落としたナイフに手を伸ばした。
その時、ナイフが風に少し浮いてカランと鳴ったと同時にゲンマが不気味な声を響かせた。夜子も陽茉も驚いてゲンマの方へ顔を上げると、そこにはゲンマではなく走って来たと思われる息を切らした終夜樹一がいた。
「みきくん!わぁ助かった〜☆ありがと〜!」
「あ、ありがとうございます」
一人一人の手を引き立ち上がらせると樹一は文字が所々擦れている『ケガは?』と書かれたホワイトボードを出した。
「はっ、あのっ明朝先輩が頭を!」
「う〜ん、えへへ…」
頭を軽くさする夜子と慌てる陽茉莉の対比が面白くはあるが、今はそう言っている場合ではない。樹一はホワイトボードをひっくり返すと『すぐに応援がきます』と見せて残りのゲンマに向かって構えの姿勢をとった。
と、そこで境内中の学生達に続報が届いた。
『ヒトダマゲンマの勢いが縮小していることを確認。各利益を考慮した結果、Stregaは討伐をこれを以て終了と判断。繰り返しますー』
それを受けてか、まだやれる、もう少しだと好戦的な声が本殿の方向から聞こえてくる。ストレーガという施設のシステム上、血気盛んなタイプも少なくない。はたまた数を稼いでドルチェを獲得したいのかもしれない。しかし、終了宣言後の残留討伐は自己責任だと言われている。ここは潔く退散しようと樹一は2人に向き合うと後ろからゲンマを蹴散らしながらやってくる声があった。
「おっ待たせーー!ごめんなさいね遅くなっちゃって。奥の人達がなかなか大人しく治療させてくれなくて」
羽が生えたナース服を身にまといまさに白衣の天使といった様子の彼女はアイリ・ハルカゼ。さぁさぁ皆お願いね、と周りに飛ぶ蝶のような妖精に指示を出すとそれは夜子と陽茉莉の頭に留まった。彼女の妖精には治癒の効果があるようだ。
「えっ私はそんな別に大丈夫です!そうだ、明朝先輩に2匹分とか…!」
居心地悪そうに、しかし頭の妖精を無理に剥がすことはできない陽茉莉は行き場のない手をパタパタとさせている。そんな彼女を微笑ましく見た3人は一様に気にしないで早く帰ろうかと促した。
今回の討伐戦は結果を見れば失敗に終わった。しかし、ゲンマの数を減らし学生をほぼ生存且つ帰還出来たことはストレーガとしても良い結果になったのではないだろうか。
今後の学生たちの更なる検討をここに祈る。




