事故物件?
昼ごろ司は近くのスーパーに買い物に出た。駅前の大通りに面したスーパーまでは歩いて5分。自転車なら2分ほどでつく。お茶とお茶菓子ぐらいは用意しておかないと。
表に出ると、道端で立ち話をしていた近所の主婦たちが、蜘蛛の子を散らすようにそそくさと帰っていく。そういえば、近所に引越しの挨拶をしに言った時も様子が変だった。皆、目を合わせずにさっさとドアを閉めた。
しばらくスーパーで買い物をしていると、先ほど散った主婦二人が買い物にやってきた。幸いこちらには気づいてない。大柄の司は、身をかがめ商品の棚に隠れて聞き耳を立てた。
「さっきは、驚いたわね。」
「そうね、あの大家、いきなり外に出てくるんですもの。」
どうやら司のことを話しているらしい。
「でも、物好きよね。あんな、幽霊アパートに来るなんて。」
「まだ、半年よ。ほかに入居する人なんているのかしら。」
「世の中には、いるそうじゃない。幽霊オタク。きっとそういう人たちなんじゃない。」
司は急いで部屋に帰ると、ネットで半年前のことを調べた。おおまかな住所と日付けで検索すると、いくつかの記事が出てきた。
『共同アパート所有者、全員マイクロバス転落事故で死亡。』
これだ。身寄りのない老人3人が資金を出し合ってアパートを建てた。1階はそれぞれの住居、2階を大学生向けの賃貸としていた。3人は5年の節目ということで、正月の旅行に出かけ、旅館の送迎マイクロバスの転落事故に遇った。
当時アメリカにいた司が、こんな小さなローカルニュースを知っているはずがない。あの不動産屋はきっと知っていたに違いない。しかし知らなかったといわれればそれまでだ。その後、ネットにも幽霊アパートとの書き込みが続いた。アメリカ人ならば、そんなことは気にしない。イギリス人は、むしろそういう物件を好む人もいる。しかし、日本人は異常なほど気にする民族だと、司は改めて思い知らされた。