こんどは外国人
数日後、不動産屋から、すぐ来て欲しいと連絡があった。
「こちらの、外国のかたが入居希望されているんですが、地図がわからないんで困ってたんです。」
細身で背の高い若い黒人だ。2メートルあるだろうか。大柄の司でも見上げるほどである。
「ボロイヘヤ、サガシマス。」
安い部屋といいたいのだろう。片言の日本語で話す彼は、両親がアフリカのマサイ族出身で、マサイ語と片言の日本語しか話せないそうだ。
「とりあえず、案内しますので、ついてきてください。」
司は道々、詳細を聞いた。
「ジュゲム、イイマスデス。」
変わった名前だ。そういえば落語にそんな名前の話があった。
「チチ、ラクゴシャ、デシタ。」
落伍者?よくよく聞くと、父親が日本文化を勉強するために、アフリカから落語の勉強をしに来ていたらしい。父親から日本のことを聞いて暮らしてみたくなったそうだ。
「オトウト、ゴコウ。スエッコハ、フタコブデ、ヤブラコウジ、ブラコウジ。スグ、パイポ、デマス。」
弟がゴコウ、末っ子は双子で、ヤブラコウジ、ブラコウジ、まもなくパイポが産まれるってこと?もしかしてコンプリートする気なの?マサイ族は一夫多妻だからできなくもないか。
「チチ、オカラ、エイゴ、オツウジナイ、イワレタ。ニホンゴ、ナラノ、ダイブツ。」
父親から英語は通じないと言われ、日本語を習ったから大丈夫ってことなのね。
「着きましたよ。家賃は1階が5万円、2階が4万円。」
「ボロイホウ。」
引きつりながらも、司はジュゲムを4号室に案内した。
「2階はこの部屋だけ空いてます。」
「ダイショウベン。」
「トイレとシャワーがついてます。」
「ダイショウベン。」
え!ああ、大丈夫ってことね。司は、また変なのが来たと思ったが、大事なお客だ。
「ワタシ、タマゴ、スメマス。」
鶏でも飼うのか?
「生き物は、他の方の迷惑なるので、鳴かないものにしてください。」
「タマゴ・・・タナコ、デシタ。」
親の落語の影響なのか、与太郎のような言い回しだ。
ジュゲムは4号室に住むことになった。
翌朝、司はトーントーンという天井に響く音で目が覚めた。音のする4号室の前に行き、声をかけた。
「ジュゲムさん、どうかしましたか?」
部屋の中から
「イマ、パンツヌイデマス。」
という答えが返ってきた。着替えているということか。着替えるのにジャンプする?
しばらくして、今度はドンドンという何かを落とすような音が2階からする。これには隣の部屋の住人たちもあわてて廊下に飛び出してきた。
「ジュゲムさん、大丈夫ですか?」
司の問いに
「イマ、パンツクッテマス。」
という声が部屋の中からした。
「そんなもの食べちゃだめですよ!」
びっくりした零児が扉を開ける。目の前の台所には、真っ白い割烹着一枚の大きな黒人が手に鏡餅のような白い塊を持って立っていた。裸割烹着!
「ミナサン、オハヨウゴザリマス。スグ、パン、デキマス。」
衣料品店で、初めて見た割烹着を料理の作業着と説明されたらしい。
「人騒がせなの。」
ミナミが自分の部屋に帰った。零児はジュゲムに服を着せた。




