生き霊
「ねぇ〜ゆかぁ、最近付き合った彼氏がねぇスッゴク素敵なのぉ〜、こないだのデートなんかはね映画いったんだけどねーーーー」
彼女の側にいるといつも甘い香りがする。
ほんわりとして神経を撫でまわすこの香りに世の男は惑わされるのだろうか。彼女はケータイをいじりながらまるで画面と話しているかのように彼氏とのデートの話しをしている。
「ちょっとぉ!ゆかぁきいてるぅ?」
まつげの長い大きな瞳が私をみつめている。
「うん。きいてるよ。」
「それでね、束縛とかぁうざいって言われてケンカしちゃったのぉ。」
彼女の話がデートからケンカの話に変わっているのに少しおどろいたが「それで?」と話をうながした。
「そしたらね、お前みたいなのが生き霊になったらメンドくさいわって言ってきたの!ほら、彼のおじいちゃんお坊さんだから。」
「へー、そうだったんだ。」
テキトーな返事をしていればいいとテーブルのアイスコーヒーに手をのばしたとき、
「ゴメンゆかぁ!用事できちゃった!彼がいまから会えない?って」
「いってきなよ」
「ホントにゴメンね!」
彼女はテーブルに無造作になげだされていた、ポーチやら手帳やらをバッグにつめこみ、社会人とは思えないほどの量のマスコットがついたバッグをゆらして店を出て行った。彼女のいた時間が嘘だったかのように午後の喫茶店はのんびりと静かだった。
ー生き霊とは、生きている人間の魂が嫉妬や怒りにより怨霊となり他人に害を及ぼすもののことをいう
昼に聞いたことがなんとなく引っかかり、調べてしまった。これは相手が生きているからこそ面倒なのかもしれない。
あの子の周りには度々、知らない男がいた。その男達の顔をみるたびに胸がチクッとした。そのあとにおとずれるモヤモヤは次の男のチクッまで消えることはなかった。
ー生き霊はなんらかの強い感情によって無意識のうちに生まれることが多い
この感情はなんなのだろう。
喫茶店で彼女の腕にまとわりついていた、もう一人の私は、なんなのだろう。
うっとりと目を細め、彼女の横顔をながめていたあの私は、なんなのだろう。
この感情に名前をつけるなら、それは恋なのかもしれない。