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朝露に濡れて輝くバラの花  作者: 白石 瞳
月の女神ディアーナ
8/15

優しさの化身

 カスタネットが響く中で、貴方は私の上に乗る。

 さあ、今度は私が貴方の上に乗ろうかしら、わかる? 意思のある目をした女が、床を蹴りつけた後のように汗を飛び散らせながらベッドにいるのよ。


 じゃじゃ馬が駆け出したようですね。どうやら、私の上に跨り、更に走り出したいらしい。いいでしょう。好きなだけ走らせてみなさい。休みたくなったら、一言「もうダメ。」と言えばいい。ゆっくり余韻を味あわせながら私は歩みを止めるでしょう。何度、それが繰り返されるのでしょうね。

 ・・・ただ1つ。貴女が乗るのは、私の背中ではなく私のお腹の上ですよ。


 *


 彼と私は会った。メールで会話をしていた時の印象とは違い、私を安心させるためにか作られた笑顔で声をかけてきたが、それが私には好感が持てたような気がする。

 駅の改札からは、彼の仕事場は5分かからなかった。だから、何時何分に会うという約束より、改札を出た時に私がメールすることにしていた。

 そして、メールをすると返事があり、彼は走ってきた。以前、パーティーで会った時とは違い、個人的な再会いだ。「気怠さ」のある私も緊張はしていた。


「少し歩きましょうか?」

「いえ、でも、貴方は時間が惜しいのでは? 『食事も後で』なんて仰ってたし。」

「はは、あれは何ていうか、ノリだよ。」

「でも、近くだと会社の人に見られてしまうでしょう。私は座って話たいし。」

「予約しておきましたよ。行きましょうか。」


 彼はよく話した。不思議とそれが、まるで以前から知り合いだったような気がして私も笑っていたようだった。

 彼が先にシャワーを浴び、私は自分のタオルを用意してバスローブに着替えていた。カチャッと音がして、

「お先に」

 と彼が腰にタオルを巻いて出てきた。

 シャワーを浴びる間のことは何も覚えてないが、清潔な洗面とシンプルな造りのことは覚えている。

 済ませた後、何を言っていいかわからなかったが、彼の方が手招きをして横にいき、また昔話を始めた。私がクスッと笑った時に彼は私の顎に手をやり、唇を奪われた。


 *


 私は先日、ある美術館に行き、貴方に会いましたわ。

「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」の中の「ミケランジェロの葬儀用モニュメント設計案」にダヴィデが描かれていましたわ。以前、貴方は、ご自分のことを「和製ダヴィデ」と仰って、私の虚構を剥ぎとると。

 でも、別の作品を観た時に貴方を強く連想させられました。

 アポロンに御された馬車と月の女神ディアーナの月の馬車が出会う絵なんです。その馬の勢いと筋肉が貴方を連想させました。

 この時代の美術品のタイトルには、天使、地獄が多いのですね。私は罪をおかしたから神が赦さない、だから、天国に逝くことは出来ない人間なの。せめて貴方に会う時は天国に行きたいわ。


 貴方の抱く私のイメージがダヴィデでもアポロンでもなくて、馬だというのは笑えますね。正鵠を射ているかもしれません。毎週1度、トレーニングで体を鍛えてますからね。

 お望みの天国に・・・また、一緒に参りましょう。


 *


「ただいま」

 娘が帰宅する。

 個人面談の日時の案内を見せられ、紺色のスーツを出しておかないと、思った。


「ちょっと。それ、リップクリーム?」

「あっ。う、うん。マズいかな。」

「色がついてるのがわかるわね。」

「結構、みんな持ってるし。」

「・・・保健の先生。あの先生に見つかると、せっかく買ったのに取り上げられるわよ。学校を出てからつけるか家でだけね。私が唇が荒れるのを防ぐ無色のリップを持ってるわ。それなら何か言われても『唇が切れたから母が』って言ってくれていいんだけど。」

「荒れてはいないけど、ママのが欲しいけどいいの?」

「いいわよ。」

「よかった。叱られるかと思った。」

「私もね、昔使っていたわよ。」

「ありがとう。」


 娘も年頃なのだ。お風呂を出てからの時間もドライヤーをかけるのが長いし、たぶん、シャンプーやリンスは好きな香りで選んでるようだ。昔の自分もそうだった。制汗スプレーや体育の後の軽いコロン。大人の女性のように男性にアピールするというより、「何となく、大人の気分」を味わうだけ。そんな思春期の気持ちを抑えこんじゃいけないんだろう。

 スマホを時々チェックしてるようだから、もしかしたら好きな男の子が出来たのかもしれないけど。


 *


 貴女を抱くと私は優しさの化身となり、悦びに包まれる。

 私を信じ、私を受け入れてくれた貴女。貴女が受容してくれた今、私は更に奥深く貴女に分け入りたい。


 私もよ、ダヴィデさん。最初は「快楽と愛の交換」だなんて、ふざけてる、からかってるのかしらとも思ったわ。ゲーム感覚で楽しんでるのかしらとも。貴方こそ、私を受容してるような気がするわ。



 私は乾燥機から洗濯物を出してたたんだ。

 夫のパジャマのボタンがとれかかっている。細めの糸を使って直した後、買ってきたサーモンピンクの薔薇の花を寝室から玄関に飾りなおした。





読んで下さり、ありがとうございました。


第1章はこれで「完」です。


第2章へと続きますので、どうぞよろしくお願いします。

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