表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝露に濡れて輝くバラの花  作者: 白石 瞳
もう一度聴かせて・・・
15/15

さようなら貴方、ディアーナより

 隣りで眠ってるひと

 私は、彼女を利用してしまったんだろう、家庭から逃げるためと別の女性への悩みのために。


「・・・私、どの位、眠っていた?」

「15分位ですよ。」

「ん。また抱いて。」


「決めないといけない」そう思っていても、愛しさから抱かずにはいられない。この人は何を考えて抱かれているのだろう。私のことか、花火のことか、昔の男性のことか。私であってほしい気持ちだと思えば思うほどに罪悪感が湧き上がってくる。


「ねぇ・・・月。」

「うん?」

「・・・月の先には・・・天国が。」

「一緒に。」


 彼女が快感を得た後の顔も私は好きだ。大人の女性なのに、目が純真な子供のようで。


 *


「和製ダヴィデさん? 懐かしい言葉ね。

 貴方の世界には天国はあるのかしら。私の世界ではね、カトリックの世界では、大抵の人は皆が天国に行けるの。『真の命』に入るっていうのかしら。

 でもね、前にも話したでしょ。私は行けないんだと思うわ。私の罪をしっかりと告解して、神様に清めてもらわないと。」


「仏典に忠実な仏教では、天国は存在しないんですよ。

 輪廻転生もなく、あるのは、『現在のみ』です。

 貴女の世界でも私のでも、『人生は1度きり』ということでしょうかね。

 大丈夫ですよ、心が純白、清らかだから天国に行けますよ。」


「・・・どうもありがとう。

 ねぇ、雪よりも白いくらいに?」

「心はそうですよ。でも、貴女の存在は赤いバラでしょう。」


 そう言うと、彼女はクスクス笑う。あの時の・・・「赤いバラを口にくわえてカルメンを踊りましょうか?」、2人とも覚えてるようだ。最初にコンタクトを取り始めた時のメールの言葉だ。


 彼女はシャワーを浴びて出てきた時、もう1度、抱きたかった。


 *


 外に出ると、雨が降ってきたようで彼は傘を出して駅まで私と並んで歩いた。

 いつも改札までは来ないけれど。「じゃあ、また」と言って改札口を通り振り返ると、彼はまだ私を見ていてくれていた。大きく微笑んでいたわけじゃないけれど。


 どちらからともなく、いつも通りメールをしていたけれど、彼は仕事が忙しいからと2か月近く過ぎていた。



 貴女に会えなくなってから、この交際について考えてました。

 私の身勝手な行動が貴女を含めて、人を傷つけていることに良心が痛み始めてます。

 自分の人生を呪い、社会を憎み、他人を嫌悪してきました。自分だけを認め、正義感があるなどと他人を厳しく否定してきましたよ。そのことは今までにも話してきましたね。

 だけど、その結果、私は自分が嫌悪する他人よりも卑怯な人間に成り果てていたようです。


 何故だか、貴女と交際してるうちに若い頃のことをよく思い出し、自分をやり直すことが出来ないだろうかと気づかされました。貴女のお陰です。

 ・・・とても悲しくて辛いのですが、貴女とお会いするのを止めようと思ってます。これ以上、自分の我儘で貴女を傷つけたくないからです。



 貴方、「限られた交際期間」って仰ってましたよ。出家するまでの。そして、その期間の交際を私に委ねるともね。まだ交際期間は終わってませんよ。

 私はね、期限付きといっても、その日に向かって2人の幸福感を味わうというのかしら、信頼関係をつくってきたわ。


 貴方は、私のことを傷つけたくないと仰るけれど傷ついてません。

 だけど、「会うのをやめたら」傷つきます。



 ボーディ・サトヴァーーいずれ私が菩薩に戻る覚悟を示す言葉です。

 限られた時間が早くなったと思っては頂けないでしょうか?



 何を仰るのよ。

 関係を止めるのも続けるのも決めるのは私だと・・・私と会って、ご自分の昔の正義感とやらを思い出して別れるって? そんな皮肉って、ありますか?



 貴女を大切に思っています。

 私は自分の家族のほかに面倒をみてきた女性がいます。彼女とも別れるつもりです。俗人をやめた時には退職金は家族にすべて渡して家を出るつもりです。

 その女性は苦労してきた女性ですが、立ち直り、安定した収入も得るようになりました。もう自立できると彼女も私も判断してます。


 私は妻から逃避するために彼女に会い、彼女から逃避するために貴女を求めてしまった馬鹿な人間なのです。許してください。



 貴方に大切な人がいるのは感じてました。いつだったか、あの深夜のメールの悩みは彼女のことでしょう?

 それに、過去にも私には知らない難しいことがあったみたいだけど、それはわからない。


 こんな風に一方的に別れるのは凄く嫌だわ。メールで切ってさようなら、なんて、責任感がないじゃないの。正義感をもどしたいんでしょう?

 ・・・わかったわ。泣いてすがるようなみっともないことしませんから、1度会ってください。



 貴女にとって、聞きたくもない話ばかりになってしまいますが。来週の金曜日に・・・。港を歩いて話しませんか? あちら側だと会社の人間に出くわすかもしれませんが、私は一向に構いません。貴女さえよければ・・・。一度、歩いてみたかったんですよ。

 貴女の想い出の場所が本屋ならば、私にも想い出の場所が出来ます。ああ、そんなことを先に伝えるなんて貴女にとっては「別れ話の不快な場所」になってしまいますね、申し訳ない。本当に、申し訳ないと思ってます。


 *


 深夜に雨が降り出し、気になる人の声を消してしまうような意地悪さを感じた。そして、雨自体が耳障りな音。嫌だわ、私、イライラしてるのかしら。やっぱり彼を引き留めていたくて。それとも、ただ単に彼の方が先に別れを告げるのが気に入らないのかしら。


 彼は私を優しくしてくれたのよ。

 愛なんて幻想だって思っていた私に、本当に「愛」を感じさせてくれたわ。


 私は、あの女性ともう1人、貴方が恋焦がれたっていう女性に嫉妬しちゃってるのよ。ねぇ、愛をくれたのに離れていくの? じゃあ、私が前に言っていた「終わりのない愛」はどうなのよ・・・。終わりはあるということになるわよね。


 私と出会ったために自分を振り返って、気づかされた・・・本当に皮肉だわ。

 怒りも感じるわよ。だって、まだ山に行かないのに自分の都合で「気がついたから別れる」だなんて、もっと会っていれば、もっと何か気づきがあるんじゃないの?

 なによ、愛だの恋だの言ってたくせに、貴方に近い女性がいたくせに私と。もしも、ここにバラの花束があったら、壁に叩きつけたり花びらをむしり取ってメチャメチャにしてやりたい位だわ。手がとげで傷ついても平気よ。心の方が痛いんだから。


 ・・・彼は、私が何と言おうと既に別れることを決めている。彼を苦しめたけれど愛された女性も別れることになっている。

 もしかしたら、彼は、もう山に行くつもりなのかしら。煩悩ぼんのうありながら山にっていうのは無理だから、彼女とも私とも別れて「前の生活」に戻って、暫くは娘さん達との時間を楽しむのかしら。

 そして、少しは私のことも思い出してくれるのかしら・・・。


 今までの彼とのメールを読み返すと照れくさくなってしまうわ。笑っちゃった。マノン・レスコーの話しなんかを持ち出したりして。

 私、口説かれてたってわかっていて挑発させてたみたいな書き方をしてる。


 愛とか、優しさって見えないものよね。そういう形のないものって、どう証明したらいいのかしらね。

 ちょっとだけ氷のように冷たかった私の心を溶かしていった不思議な人。心を委ねて、心でセックスして、上手く言えないけれど飾らなくていい私が居たのよ。


 彼が私にとってどんな存在だったかはどうでも良くなった。心を奪われてしまったんだから、それだけで、その事実だけでいいのよ。

 どうしてこんなに胸が苦しくなる程、愛してしまったんだろう。


 *


「この道を貴女と1度は歩きたいと思ってましたよ。」


 私が黙ってる間、女性の話しや過去の話しをする。今まで聞いてきた話を私にまたすることで、自分で整理してるという感じに。


 貴方、傷ついちゃってるのね。私は貴方を失うことに傷つくけれど、貴方は自分自身っていうか、もう戻れない自分の人生に。


「「もう、いいわ。何も言わなくても。」

「私の弱さを許して下さい。貴女に惹かれてるのは本当です。感謝してます。」


 感謝なんかいらない。貴方の心が欲しい、もっと会って話して私を見ていて欲しいのに。感謝もセックスも要らない、貴方の存在そのもの、心をちょうだいよ。


「ごめんなさい。私も別れるのは辛いんです。もしも、『限られた期間』貴女と会っていたとしたら、もう離れられなくなるかもしれない。それも正直怖いんですよ。」

「貴方は、自分のことを歪んでる、醜くなったって。今は自分のことが好きじゃないのね。

 自分のことが好きじゃないと幸せにはなれませんわ。

 深い井戸の底から叫びたい位にもがいてることもあったわね。そこには光が灯されるのかしらね。

 暗闇で苦しむのを助けたいのに、私に出来ることって『会わないこと』だなんて・・・。」

「貴女が、その光だ。私を灯してくれた。

 覚えてますか? 『月の女神ディアーナ』を。井戸の底でなく、どこまでも広い夜空に御者を操って、私にはその印象の方が残ってますし・・・これかれも。

 井戸の底にはいませんよ。女神のお陰で吹っ切れた。アポロンにはなれませんがね。」


「ねぇ、本屋さん。閉店になってしまって淋しいわ。新しい店が出来るでしょうね。

 そうすると、皆はソコに本屋があったことなんて忘れて通り過ぎていくのよ。電車の中に置き忘れらた傘が気になるのだけれど、翌日にはそんなこと忘れてしまってるように。

 でもね、私は覚えてるわ。」

「貴女は・・・。」

「ねぇ、今日は駅まで見送らないで下さいな、ボーディ・サトヴァさん。」



 ああ、恋よ恋

 麗しの恋よ

 そは青春の垣根に咲ける

 

 ・・・朝露に

 濡れて輝くバラの花よ

読んで下さり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ