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朝露に濡れて輝くバラの花  作者: 白石 瞳
もう一度聴かせて・・・
14/15

男の独り言

 待ち合わせしていた本屋さん。

 2人とも時間よりも早く来て、知らずに店内で立ち読みしてたこともあったわ。

 そこが、もうなくなったなんて。シャッターの張り紙を何度読んでも書いてあることは変わらないのに、何度も読んでしまった。なんだか、2人の終わりがきたんだなんて神様から告げられてるような気持ちだわ。



「ねぇ、本屋さんがなくなってしまったのよ。」

「毎日通う駅なのに気がつきませんでしたよ。」

「そうなの。」

「貴女と会う時だけしか本屋のことを意識してなかったものだから。」

「初めて会った時からの、待ち合わせ場所よね。」

「ああ。何度、ここで会ったんでしょうね。私も淋しくなってきましたよ。」

「何度か数えてる?

「大抵は貴女の方が先に来てた。ごめんなさいね、待たせて。」

「ううん。仕事は開始前にアイデア変更されることがあるから時間より早めに行くのよ。1分でも遅れないことも暗黙の了解みたいなものだから。着いてないと落ち着かない癖があるみたいね。

 それに、メールして貴方が走ってきてくれるのを見るのが好きなのよ。」


 *


 ホテルについて彼がシャワーを浴びるのを待つ間、外を見ていた。

 海のすぐ近くにホテルも会社が入ってるビルもあるなんて不思議な所ね。


 そういえば、彼が働いてるのは高層の方だけれど、美術館に来た後にちょっと休もうと同じビルの下の方のカフェに入ったんだったわ。休日だったけれど、貴方が「やあ」なんて肩を叩いて驚かせてくれたら・・・なんて想像していたんだった。有り得ないのにね。


 彼は私を後ろから抱きしめ、肩にキスをした。

 これから2人の世界が始まるわ。


「カーテンを閉めないと。」


 彼は構わず私を強く抱きしめ、髪をなでてキスをした。

 外からは殆ど見えたりはしない、海鳥くらいかしらね。でも、こんな風に彼にしては乱暴に窓の近くで絡むなんて不思議だわ。

 だからかしら、いつもよりも快感を得た。


 *


 彼女は本屋が閉店になったことを気にしている。

 面白い人だ。くるくる笑ったり、気怠そうだったりクールだったり真面目だったり。


 私は彼女に隠してることが多いのかもしれない。

 だが、それで良いと思っている。


 言葉とは秘密にしてる間は自分のモノであり、発すれば他人のモノとなる。それが共有されるか拒否されるかは別だ。だから、あえて隠している。


 彼女は一言でいうと繊細だ。

 確かにクールな所もあるし繊細といってもガラス細工のように簡単に壊れるものではない。何か心に秘めた情熱のようなモノがあり、鋭い勘もある。それは弱いからなのか強いからなのか、わからないが。



 私は、嘘はついていない。

 以前は禁欲主義であり妻をも大切にしてきた。


 彼女は地方の成り上がり名士の娘で我儘に育てられた。努力することや勉強を好まず、世界は自分を中心に回ってる、回るべきだと本当に思っていたし今でもそうだ。


 私が別れ話を持ち出した時に彼女は、

「別れるのなら死んでやる。」

 と言った。

 正直、本当にそう思うのならしてみなさい、と思ったが、どう出るかわからない。万一、そんなことになったらと思うと責任を感じたのだ。自分が追い込んでしまったという責任というよりも・・・逃げだったのかもしれない。


 勉強嫌いで受験したところは落ちて短大進学も諦め浪人はしない。かと言って面倒だからと働かない彼女には愛情ではなくて同情で繋がってきた気がする。


 彼女から妊娠してることを告げられて私はそうすることにした。彼女の両親に挨拶をしに行くと、財産目当てだ、婚前交渉をしたと土下座する私を竹刀で思う存分叩きつけた。

 だが、言葉が通じない相手だ、それで満足するのならどうでも良かった。


 子供のことも反対されたが堕ろすことも嫌がり、そして、結婚式には地方の名士達を招くという私が最も深いとする条件を出され承諾した。そうするしかなかった。


 式が終わり籍を入れた後に彼女はニヤニヤしながら告げたことは、妊娠してることは嘘だということだ。だから、早く本当に妊娠しないとね、となんの悪気もなく言う。


 私は、あの時、彼女に少し考えてもらおうと、ある意味「教育しよう」と考えた。週に2、3回数時間で良いから仕事をすること。何か関心のあることを習いに行くことなど提案した。無駄だった。生きるためには楽をしたいのか人が自分のために何かしてくれるものだと思っている。精神的に何かあるわけではなさそうだったが偏った性格、考え方をしてしまっていた。


 *


 その後の彼女の幼稚な言動に耐え兼ね、家をあけたことがある。


 無視していたが5分おきに電話かメールがあり謝罪の言葉と、お願だから帰ってきて、やり直すから、と。

 しかし、改善されることは全くなかった。また家をあけたとしても同じことを繰り返すだけだろう。


 子宝に恵まれ3人の娘達の父親という存在になった時には、私は娘達を妻のようにはしない、という使命で子育てしてきた。妻だけが変わらず、いや、幼稚さが増長し時だけが経過した。

 娘が大きくなり、母親のことを馬鹿にする。私も文句は一緒に言いたかったが、妻の悪口は言いたくなかった。


「反面教師にすればいいさ。」


 それが娘達に言えた唯一の否定的な言葉だ。


 大学に行くことが良いわけではない。娘達には、したいこと、それが大学でしか学べないことなら大学に、働きたいなら仕事を、と言ってきた。

 幸い、妻とは違って娘達には夢があり、それについて努力もした。夏休みや連休に友人と泊まることもしたいからとアルバイトもしていた。妻は反対したが、娘が「世間勉強したいし。」と言っていたようだ。



 燃え尽き症候群、という言葉が昔あった。

 会社に貢献してきて燃え尽きたのではなく、私は家庭に燃え尽きたような気がした。

 正直、疲れていたし開き直りもあった。

 そんなことは妻にはわかるまい。わかってもらおうとも思っていなかった。10代の時から世界は自分のために回っていたのだから、考える必要がないわけだ。


 *


 出家について考えたが、そのためには家族と離れなければならない。

 経済的な余裕は彼女の実家があるから問題はないだろうが、「私の存在」が家族にとってどの位のものかわからないが娘が成人するまでは子育てをしたいとは思ったのだ。


 そして、ふと・・・俗人になってみようと。


 ある女性に出会い、何度か彼女と会ううちに「問題がある」人だとわかった。そして、支援をしてきた。

 時に借金をしてまで。つまり、私は二重生活をしていたのだ。


 友人に頼み込み、殆どの週末は仕事で忙しいから会社泊まりになると、妻に連絡を頼んだ。

 自分で話していたら、また5分おきに連絡がくる可能性があるからだ。


 彼女の問題は多くあった。過去のことを知らされて性病の検査をさせ自分もした。

 多くの男性と関わり、DVDにも出演、結婚するが夫が蒸発。

 嘘のような本当の話しだ。


 そして、過去の彼女の・・・仕事といえ関係した男性に私は嫉妬をしていたのだ。

 可笑しな話だ、私だって関係した男性の1人だし、関係したのは彼女だけではなかったのに。

 恋愛に対しての免疫力というのだろうか、なれていない人間だということは自分でもわかっている。結婚前の恋愛に対しても多くはなく、一途で真面目が故に、私こそが偏っているのかもしれない。


 彼女のことについて夢をみてうなされて起きたことがあった。

 大勢の男性が電車に乗っている。1号車から3号車までの男性は彼女と関係した人達だ。彼らが彼女に我先にと飛びつこうとしている。

 彼女は私に助けを求めるのではなくて、あざ笑いながら好みと思える男性の腕をとり下車していくのだ。


 信じているが疑いのある自分というものも嫌になる。


 彼女は職業訓練に毎日真面目に出て助成金を得ているし、そこから私に返済したいと渡されたというのに。

 これも、愛情なのか同情なのか、もしかしたら同情によるものなのかもしれない。

 偉そうに、真剣な恋だとか「命がけの恋」など、言える人間か?


 *


 私の隣りで眠っている彼女は私にはどんな存在なのだろう。

 大胆で繊細でたくましい人。


 そうだ、月の女神ディアーナなのだ。それが一番、相応しい。

 下弦の月が好きだというが、私には、馬車に乗り満月の光に照らされた彼女しかイメージが出来ない。

 私には・・・勿体ないのだろう。

 彼女が照らす光には愛情を感じるのに、私はそれにしっかりと応えてきていないではないか。


 私は誰に対しても責任を果たせない人間なのだろうか。

 この人ならば許してくれるかもしれない。

 いや、無理なのだろうか。掴めそうで掴めない、掴んだら消えてしまうのだろうか、なにせ、伝説の女神だから。


 そうではない。彼女だけでも傷つけてはいけないのだ。

 彼女は快楽だけではない、別のものも与えてくれてるのだから。


 早く決めた方がいい・・・。

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