表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝露に濡れて輝くバラの花  作者: 白石 瞳
もう一度聴かせて・・・
11/15

モデルとしてのプライド

 写真の被写体はプロではないけれど、この仕事にはプライドを持っている。それは夫とは違って、沽券じゃなくてプライドだと思っている。


 写真家も楽しんで出来る、半仕事に半趣味といっても彼らの真剣な表情にも心が動くのよね。心が動くと私の中で揺さぶりがかかっていくの。


 野外撮影の時の車の中で話すことや休憩中に話す時には、彼らも「普通の人」なんだけどシャッター切る時には目が変わる。勿論、テンションも。そんな彼らの目と行動が好きだわ。私までが変われるんですもの。


 私は撮影の数日前からモチベーションが上がる。既に着る物や持ち物はまとめておく。着物の撮影の時には畳んであったしわや折り目が見えないようにしておくし。

 写真家からの指示や変更があれば、臨機応変に対応する。出来ないことは出来ないと伝えたりも。


 モチベーション・・・撮影場所が川なら川、海なら海、スタジオでのコンセプトを聞いてイメージしたり撮影されてる自分を想像したりする感じ。

 だけど、実際に現場に行った時の空の色や光の具合によって変更はある。歩いていて面白そうな場所や建物を写真家が見つけると急遽そこでも撮影したり。

 彼らはあらかじめロケハンしたり検索したりしてイメージを持つんだけれど、行って、その日に気がつくということはとても多いわけだ。


 運動選手のようなイメージトレーニングというものは私には無意味になるのね。それに演技的なものよりも全く自然体に振舞ってほしいという写真家もいれば、演技30%で自然体70%、なんていうこともある。

「笑って。20代の女性のように笑って。」と言われることもあれば「失恋して切ないような顔をして。」なんて指示も出る。


 *


「先生、私、花を買ってきたんです。ポートレートの撮影に花を持ってもいいでしょうか?

 ある写真集で見て、真似したいと思ったんです。」

「赤いバラはいいですね。でも、セピアやモノクロームにするんだから強い存在感になるよ。花に負けないでね。かすみ草は優しい表情でいけるかな。」

「ありがとうございます。試してみたくて。」



 この時の衣装は写真家の方で用意されていた。何枚かある白いスリップドレスやワンピースを私の顔にあてて彼が気に入った物に決めた。


 椅子に座って、緊張感の中で薔薇の花を持つと・・・あの人が「ああ恋よ、恋。」と教えてくれたことを思い出して顔が緩んだようだ。


「いいよ。綺麗だ。いい絵になる。」

「顔だけ反対方向に、笑った顔より真剣な顔がいいな。」

「あご引いて! 『あんたが声かけるのは10年早い』っていう顔するよ!」

「いいね、大人の女性の力のある目だね。怒るんじゃなくてタカピシャな感じ!」

「花を持つ指にも表情つけてね。」


 こんな風に私を気分良くさせて、写真家の考えも伝えていく。彼らは決して「駄目だ。」「違うよ。」「そうじゃない。」などの否定的な言葉は使わない。どちらかというと、これでもかって位に褒め上げていく。心理学を勉強するというよりも事務所に入ってボスの真似をして身につけていくんだろう。


 写真は、何故かその時の私の体調や気持ちっていうのかしら、心の中の「真実」をハッキリと表すようだ。それでいて、自分が気持ちよく撮影されていると写真を見た時には「別人かしら。」と思うような私が写っているいることがある。写真家によって違うこともあるけれど。


 *


 若い頃の写真を見ていました。

 そして、私は自分がすっかり変わってしまったことに気がつきましたよ。

 あの頃は資格試験を目指し、正義感もあり、人間嫌いでもありませんでした。自分で言うのもおこがましいですが、純粋な人間だったと思います。

 しかし、今はそうではなくなってしまいました。顔も心も醜く歪んだ男になってしまった、けがれてしまったと思います。


 ねぇ、貴方。私に対して失礼なことを言うのね。じゃあ、私は今、醜くて歪んだ男性と交際してるってことになるわね? 自分のことを卑下しないで。醜いなんて言わないで下さいな。

 私は、私の中の「女」を意識出来るようになったし貴方に心を委ねてるのよ。貴方が私を自然に変えてくれたから感謝もしてるわ。

 貴方との関係って「非日常」のようであってそうじゃない、「日常」でしょ。お互いに守るものがあるには違いないけれど、もしかしたら逃避してるのかもしれないけれど、でも、「日常」だわ。

 確かに、ちょっとだけ私は流されていたかもしれないけれど。貴方のお陰で自分の周りの人達に優しく出来てきたような気がするの。

 男性の中にも貴方のような人がいたんだって、尊敬もしてるしね。正直、知らないうちに惹かれていたわ。

 それとも貴方は私に不満があるのかしら?



 私はタカピシャだと思ったけれど、共感するよりもちょっぴりはっぱかけてみた。なんとなく今日のメールはこんな伝え方がいいんじゃないかって。



 ああ、ごめんなさい。貴女が原因なのではないんですよ。

 本当にただ・・・昔の写真を見ていて、今の自分と比べざる得なかったんです。滅多に写真なんか見ないものだからね。私の方こそ、貴女には感謝をしてるんです。ありがとう。

 そうだ、撮影は上手くいきましたか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ