*弐拾捌
▼扇
「今日も大変だったね、扇ちゃん!」
「だね。菊里は?」
「私も二人と同じかな。言うまでもなく」
しきみと菊里との任務の帰り道。五指――黒い手袋で覆いきれなかった場所――が血に塗れている手を、空にかざした。
「只今帰りましたー」
本部で、換装を解いた。先程まで赤のリボンでツインテールに結わえていた髪は、糸を切られたマリオネットのように、すとんと下に広がっていく。
「お帰り、扇」
「扇ちゃん久し振りだねー」
平面的に言葉を返すのは長官の皇さん。何の屈託もなく笑うのは元構成員の水谷さん。
「やっぱり生きてる奴を相手にするって神経使うっしょ?これだから私は人間が嫌いなんだ。死体の方がよっぽど好きだよ」
「…扇?」
「そうそう。この子、私の次の“ベルセルク”」
水谷さんは私を指して、目の前の見知らぬ人に他己紹介をする。
「新しい“ベルセルク”か。初めまして。ウチはダチュラ・オルコット。こいつと同じく元構成員で、コードネームは“ルシファー”。吸血鬼と無能力者の混血な」
「あ、はい」
「っていうか、どうしたその血」
言っているのは左膝の切り傷からの血だろう。止まらずに、左脚の皮膚の上を流れていた。
「任務が少し難しくって…そこまでしないと倒せなくって。ランクAの異形でしたから」
「よしよし、ウチが吸ってやる」
傷口を舐め上げて、血が溢れなくなった頃合いを見計らって絆創膏が貼られる。かなり慣れた手つきだった。
「そんで扇…だっけ」
「はい、岸波扇です」
「じゃあ…お前、何の為にここに来た?」
――何の為に。
返す答えは、自ずと決まっている。
「復讐したいんです。私を見下す異形共に」
「そっか。ウチも、その為にここに来ていた。――ウチは、親に捨てられた」
親に、捨てられた。
自分から親を捨てた私とは、違う。
「…そんな親、自分から捨てちゃえばよかったのに」
「確かに。今でも思うよ、初めからそう出来たら――それに気づいてたら、どんなによかったのかなって」
ダチュラさんは笑った。菊里みたいな八重歯を覗かせて。
「じゃあね。ウチら、ここに入り浸るのはこの辺にしとくわ。…復讐、達成できるといいな」
「私も!じゃあね、任務頑張ってね!」
二人は背を向けて去っていった。