*弐拾漆
▼駿河
生徒会長である私は、おそらく立場上からであろうが、定期的に理事長の部屋に呼ばれては用件を告げられている。
しかも、今日は夏休みが始まる前日だというのに。
「それで、駿河さんに忠告があるのだけれど」
彼女の名前は幸山カレン。鉄鼠の混血であり、かつて『鉄の女』と呼ばれた銀庭学園中等部理事長である。
「何でしょうか、理事長」
「今年度は三年に編入生が多いわよね。まあうちの学校は入れ替わりが激しいから仕方ないのだけれど。そのうち、四月の三人の編入生は、私がとある友人に――皇昏羽に頼まれて編入させたわ」
なるほど、裏で手を引いていたのは彼女だということか。まあ理事長だからそのくらいはできるのだろう。
「その中でも三年A組のあの子――岸波扇さん。駿河さん、貴方は一回、彼女に会っていないかしら?」
「岸波――扇?」
「あの子、無能力者だからといって舐めない方がいいわ。ああいう子はね、復讐という生きる目的を手に入れた時から、水を得た魚のように強くなるものよ――私も一回そういう子と出会ったことがあるから、わかるの」
「どういう人ですか?」
「ダチュラ・オルコット。後で昏羽に教えてもらったのだけれど、アヴァロンという組織に属していたらしいわ。そこでのコードネームは“ルシファー”ですって。岸波さん達もそこに属しているけれど、それぞれのコードネームは訊かないでくれって、頼まれたの」
「…じゃあもしかして、日笠もそこの…」
日笠しきみ、四月の編入生の一人で、私のクラスに入ってきた雪女である。
「そういうことになるわ。けれど本当に気をつけておいたほうがいいのは、岸波さんの方よ。岸波さんの目的はきっと駿河さん、貴方だと思うの。さっきも言ったように、復讐が目的となっている子はどんなことでも躊躇わないようにできているから、その為ならばなんだってする」
――目的はきっと駿河さん、貴方だと思うの。
背中が、凍りついた。
自分が誰かの槍玉に挙げられるとはこういう事なのだと、知ってしまった。
「貴方は何でも出来る。勉強も運動も、異能の操り方もそれこそ人一倍。もともと異能力を持たない岸波さんは、他のスペックを上げなければ貴方に到底並び立てないから、誰よりもそれを高めることに人生を費やしてきたのだと思うわ。特別に何かが好きなわけでもない、褒められたいというわけでもない。そこまでしないと勝てない相手って…岸波さんの交友関係は詳しく知らないけれど、きっと三分の一は貴方じゃないかしら?」
「っ…………でも、それは違うかもしれないってことですよね…」
「違うかもしれないけれど、そうかもしれないの。貴方、岸波さんに何もしていないのよね?」
「いや、岸波がここに来るまで、それらしい人物とは会っていませんけど…」
「本当かしら?じゃあ…岸波っていう名前が偽名で、本名が別にあると言ったら?」
岸波の、本名。
私を前から知っていた誰か。
「…すみません、思い出せません」
記憶の片隅に引っかかっているような感覚はするのに、何故か思い出せない。それも何か関係あるのか。
「まあ、こういう事もあるということは覚えておいた方がいいわ。最初はただの僻みでも、いつしかそれは復讐心に昇華することだってあるのよ」
それから、今までずっと気にも留めなかった岸波が、急に怖くなっていった。