*弐拾陸
▼扇
夏休みは、すぐそばに来ていた。
「明日から夏休みになる訳だが、あまり羽目を外さないように」
全員分の机には、ご丁寧に『夏休みのしおり』などと表紙に印刷された冊子と、宿題が積まれていた。宿題が少ないのが唯一の救いだろうか。
「毎年だが、学園祭が九月初頭。三年は修学旅行が十月にあるから準備しておけ」
「はーい」
中学三年生の修学旅行といえば、普通は五月後半だろう。中高一貫校であるが故の特殊さはこういうところに現れるものかと、軽く感心した。
「では解散とする。通知表は九月になってからな」
「さようなら~」
先生の言葉を合図に、私達は荷物を持って教室から去っていく。
***
駿河東香という人間――ではなく、正確に言えばハスターだが――について語れと訊かれれば、大抵の人々は憧憬そのものと答えるだろう。眉目秀麗、頭脳明晰、運動神経抜群。漫画やライトノベルに出てくるような、テンプレ通りのリア充なお嬢様。どのような努力をしても、彼女の前には粉塵と化してしまう。
しかし――いや、それ故か、そんな彼女から恨みを買い上げる人物もいた。その例が、紛れもない私自身である。
眩しい、目映い、輝かしい――だからこそ、殺してやりたい。他の誰でもない、私の手で。それで何も生まないことなど分かっているし、そもそも生産的である訳がないだろう。それを分かった上で、アヴァロンに入ったのだ。
「…ってあれ、岸波さん?」
「穂香、呼んだ?」
「いやー、いつもながら何考えてるんだろってー…」
「別に。知らなくていいと思う」
「そうなの?」
それを私は黙って頷くことで肯定した。
「だよねー、岸波さんの考えてることってなんか深そうだもん。私には到底理解できないわー…あっ、でも駿河さんなら理解できる気が」
「…あいつに理解されたって意味がない」
「ああ、そっか…」
「じゃあねー」
「また明日」
さて、任務に向かわねば――