*弐拾伍
無性格、よし。卑屈、結構。女性的、そうか。復讐心、よし。お調子もの、またよし。怠惰、よし。変人、よし。化物、よし。
――太宰治『一日の労苦』
▼扇
もう直ぐに一ヶ月余りの長期休暇――世はそれを夏休みと呼ぶ――がある。忘れがちではあるが、既に夏服に変わっている制服も、上がり行く気温も、澄み切って青色を呈する空も、それを如実に表している。
だが、銀庭高校は二期制であるという事実は、『夏休みが始まる=一学期が終わる』という公式のイコール部分に斜線を引いているのだ。
夏休み。
このワードを聞くと、何やらよくない思い出――いや、思い出と言うのにも少し気がひけるが――がまざまざと蘇る。
それをどうにか振り切りたくて、忍から借りた『向かいの放火魔さま。』の表紙を開く。これで全十三巻というのだから、全て読み尽くすにはどれくらいの時間を必要とするのだろう。
読み進めるうちに、ある一つの文言が目に留まった。
『先日私が「世界の半分は青色で出来ている」と言ったのを、あなたは覚えているだろうか』
世界の半分は青色で出来ている――確かに海も空も、何色であるかと問われれば大抵の人から青と返ってくる。もう半分は青以外の何か。つまり、白や黒、赤、緑、黄、桃、紫、橙、水色――世はそれで構成された状態を、色とりどり、もしくはカラフルとでも言うのだろう。けれども教室を染め上げる色は、白、臙脂、茶。制服だけ見るととても色とりどりとは言い難い。そこにいる皆の髪の色だけが、その光景をカラフルであると認めさせる、ただ一つの要素となっていた。
「扇ちゃん、『むかいま』どこまで読めた?」
むかいま、というのは『向かいの放火魔さま。』の略称だろうか。
「うーん…一巻の五分の一くらいかな」
「そっかあ。あれ結構あっさりしてるところとしてないところの波があるからねー。でもラストで一気に突き落とされるからね!」
「…あっそう」
どのような展開で来るのかは知らないが、私は何が来ても今更驚くつもりはない。それ以上のことに何回もぶち当たってきた自覚がしっかりとあるからだ。
「扇ちゃん、ポニーテールにしてるよねー。なんで?」
「単純に暑いから」
私の髪は黒いゴムでひとつに纏め、黒い大きなリボンのピンを結び目に留めている。六月の終わりあたりからこうしているが、九月か十月にはいい加減下ろそうとは思う。
「切らないの?」
「別に。切るつもりないし」
我ながら、冷めている反応だと思う。というよりは、熱くなるべき理由をこれといって知らないのだ。復讐以外に時間や労力を割く理由など、全くわからない。
ただ、誰かの都合の良いように生きようなどは微塵も思わない。それだけは、確かだ。
***
「岸波ちゃん!」
「…陽菜?」
声を掛けてきた陽菜は、クトゥグアの特徴である赤髪をサイドテールにしており、私と同じような黒いリボンを留めている。
「今日さ、駅前のタピオカスタンド行かない?あそこね、毎月十日、二十日、三十日は二百五十円になるの!」
「いいけど?」
十日、二十日、三十日――今月はここの飲み物が安くなる日が、あと二日残っているということだ。
「あ、私ストロベリーミルクで!岸波ちゃんは?」
「とりあえずバニラミルクティーで」
「岸波ちゃんって直ぐに決められるよねー」
「迷うのに時間割きたくないだけ」
「私もそんな感じかなー。いちごミルクがあったら迷わずそれ頼むし!迷うのはそれがなかった時、だよね!」
「まあね」
券売機の取り出し口に、二人の分の券がかたん、と音を立てて落ちてくる。それと引き換えに、店員から品物を受け取って、イートインコーナーに入る。
「ここにしよ?」
「うん」
「岸波ちゃんってさ、どういうものが好き?」
「大雑把に言えば、シンプルなやつ」
シンプルなもの。これといった主張をしないもの。
色でいうと白、灰、黒、ベージュ。
けれど赤、青、緑と言われれば、青が好き。いや、青というには赤に近い――青紫、とでも言うのだろうか。宝石でいうと、あれだ――坦桑石、或いは菫青石。
「なるほどー。私にシンプルって発想はないわー」
「陽菜らしいね」
陽菜は宝石に例えると、何だろう。柘榴石は少し暗いから、紅玉石だろうか。まあそれはいいだろう。
目の前の飲料の入れ物に突き刺さっている、細くて黄色いプラスチックの管に口をつけた。