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道参人夜話  作者: 曽我部浩人
第二章 ~ 応声蟲
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第4話 白山神通坊




 五分前まで立体駐車場だった──今は見る影もない。


 白山と睦魅(むつみ)が得物を撃ち合わせると、そこから衝撃波が巻き起こる。


 二人が武器を振るう度に衝撃波を撒き散らされ、一階駐車場の天井はこれにより斬り裂かれ、ついには二階までぶち抜くような大穴が開いた。


 吹き抜けとなった二階駐車場へと高速移動する二人の姿はもはや常人の動体視力では追えず、斬撃音と炸裂音が間断なく聞こえるばかり。


 壁に、床に、柱に、次々と斬撃が刻まれていく。


 やがて二階駐車場も半壊し、階を支える柱がいくつか切り倒される。


 それにより三階の一部が崩落すると、四階と五階と六階からも轟く爆発音。


 六階全てを荒らし回った後──二人の姿は屋上にあった。


 吹き荒ぶ夜風の中、男と少女はようやく足を止めたのだ。


 長刀をダラリと構える白山、四振りの蟷螂の斧と蠍の尾を振る睦魅。


 両者、ジリジリと間合いを詰める。


 睦魅が動いた瞬間、白山から斬撃の嵐が吹き荒れる。


 睦魅は四本ある蟷螂の斧がどうにか防いでいるが、白山はその防御ごと力任せの撃ち込みで弾き飛ばした。


 おそらく、睦魅の腕はもう麻痺しているはずだ。


 白山は把握している──彼女がどれほど未熟なのかを。


 彼女は魔道四十八祖と相対するだけの実力はない。


 それは睦魅自身も痛感しているだろう。普通の感性を持つ魔道師ならば、尻を捲って逃げる算段を考えている頃合いだ。


 だが、睦魅は違う──決して逃げようとしない。


 白山を魔道四十八祖と知って尚、立ち向かってくる。


 若さゆえの無謀ではない。彼女を駆り立てるものがあるのだ。


「……オジちゃん、欲しい……絶対にワタシの物にしてやるんだから……」


 先程のセリフは冗談じゃなかったらしい。それに彼女は嘘をつくほど賢しくもなさそうだ。直情的な短絡思考である。おつむも昆虫並みかも知れない。


 良くも悪くも純情なのだ──かなりねじ曲がっているが。


 睦魅は大きく飛び退き、体内の蟲たちを喚び起こす。


「フフフ……食べちゃいなさい……」


 少女の身体より這い出でる八匹の巨大百足が、宙を蛇行しながら白山へと襲い掛かる。小動物なら丸飲みしそうな顎を開いて喉元を狙う。


 白山が虚空より招いた八本の刀が、それらをコンクリに縫い止めた。


「……ったく、どこに仕舞ってんだ。そんな未確認生命体」


 毒突く白山に睦魅は艶やかな唇で微笑む。


「フフフ……女の子はね、男の子にはない隠し場所が一杯あるの……」

「そういう台詞はもっと色気づいてからほざきな」


 白山は手にした長刀を床に突き立て、無防備な体勢になった。


「……フフフ、どうしたのオジちゃん? まさか……降参するの……?」


 白山は何も言わず、ただ掌を上にして手招く仕種をした。


 全力の一撃を放ってこい──そう挑発したのだ。


 これ以上の小手調べはやるだけ無駄。


 彼女の全身全霊を込めた大技を真正面から受け止め、ちょちょいと捻り潰すことで格の違いを思い知らせてやろう、というのが白山の魂胆だった。


 この目論見(もくろみ)に睦魅は──。


「……フフフ……いいわ、それ……乗ってあげるっ!」


 やっぱり単細胞、あっさり乗ってきた。


 睦魅は親指を噛み切ると、滴る血を足下に散らす。その血がひとりで床へ広がったと思えば、ボコボコと泡立ちながら巨大な存在へと膨れ上がる。


「フフフ……おいで鬼蜘蛛……オジちゃんを八つ裂きにしちゃいなさい!」


 睦魅の目の前に──巨大な蜘蛛が出現する。


 八本の足がコンクリの床に沈むと、その重さに半壊の立体駐車場が軋む。鬼蜘蛛はそんなことお構いなしに白山へ突進してくる。


 そのまま鬼蜘蛛が白山を押し潰す──ような展開にはならない。


 白山の間合いに鬼蜘蛛は踏み込んだ瞬間、その頭部が消えた。


 まるですり減るように、鬼蜘蛛の肉体が消えていく。


 白山に近付けば近付くほど、鬼蜘蛛はその巨体を消していった。まるで異次元に飲み込まれるように徐々に消失していくのだ。


 睦魅は眼を皿のようにして驚き、白山はほくそ笑んでいた。


「これが本物の凄みってやつだ。とくと味わいな」


 鬼蜘蛛は消えているのではない──眼には見えない速さで白山が繰り出す、数え切れないほど大量の刀によって斬られていたのだ。


 磨り潰すような幾千幾万もの斬撃は、一片の肉片さえ残さない。


堕剣(だけん)──死風刃雷(しっぷうじんらい)


 不可視の斬撃が空間を埋め尽くすように広がっていく、鬼蜘蛛は完全に霧散するまで徹底的に切り刻まれた。


 だが、白山より放たれた無数の斬撃は、放射状にどこまでも拡大していき、周囲一帯を無差別に破壊する衝撃波と化していた。


 斬撃による大爆発が起こり、とうとう立体駐車場を完全に崩落させる。


 その大爆発から白山は飛び出してきた。


 重力を無視して、天狗らしく平然と夜空に浮いている。


「いけね、ちょいとやりすぎたか……死んだか、嬢ちゃん?」


 やがて睦魅も爆発の煙から飛び出してきた。


 爆発を至近距離で受けたせいか、蟷螂の斧や蠍の尾は吹き飛んでいる。


 美しい顔は無傷だったが、悔しさに歪んでいた。


 欲しいのに手に入らない──だから、悔しい。


 その小さな胸には、行き場のない憤りが渦巻いているようだ。


 やがて、それは純粋な怒りへと昇華する。


 睦魅は全身からありったけの昆虫が持つ攻撃器官を出現させると、それらを白山に突き立てるため一直線に突っ込んできた。


「フフフ……まだよ……まだまだ……ッ!!」


 形振り構わない少女の健気さを、白山は滑稽そうに笑った。


「諦めが悪い女は嫌われるぜ……こんな風にな!」


 どこかで──鍔鳴りが響いた。


 白山の背後から現れるのは七本の刀。


 それを一気に抜刀し、神業によって閃かせる。


 神速を越えた手業に眼は残像だけを捉え、夜空に鋼の華が咲き乱れるのを幻視させる。七振りの長刀が幾重にも閃き、輝く白刃が花弁のように咲き誇る。


戯剣(ぎけん)──七天抜刀(しちてんばっとう)


 戯れの剣と銘打った通り、これは殺人剣ではない。


 その剣を受けた睦魅は全身の攻撃器官を斬り落とされ、ボディースーツだけを切り裂かれた。月光の映える白い身体にはかすり傷ひとつない。


 白山が刀を仕舞って振り返ると、睦魅が満月を背に浮いている。


「フフフ……オジちゃんのスケベ……そんなに裸が見たかったの……?」


 幼さが抜け切らぬ少女ながら、態度と仕草は妖女のそれ。


 月明かりに妖しく微笑む裸体の少女は、とても蠱惑的だった。


「娘みてえなガキにのぼせるほど渇いちゃいねえよ」


 せめて大事なとこくらい隠せ、と白山は説教っぽく毒突いた。


「さて、どうする? まだやるかい?」

「フフフ……ワタシはそうしたいけど、駄目って怒られちゃった……」


 いつの間にか、睦魅の肩には大きな蜘蛛がいた。


「もう遊んじゃ駄目だって……オジちゃんを怒らすなって……もう帰ってきなさいって……上からのお達し……『土蜘蛛』はね、世間体を気にするの……残念だけどオジちゃんをお腹に入れるのはまた今度……フフフ、楽しみ……」


 彼女が口にした名前に白山は軽く腹を立てた。


 暗黒街の腐れ縁――でっぷり太った悪友の顔を思い出す。


「『土蜘蛛』だと? あのハンプティダンプティめ、まだ生きてやがったのか……まあいい、見逃してやるからさっさと帰んな」


「フフフ……いいの? 普通、ケジメをつけるものじゃないの……?」

「嬢ちゃん締め上げても何も出てこねえだろ?」


 この娘はあくまでも雇われだ。蟲で他人を操る技術や用心棒の代わり、その程度の役割しか期待されていないだろう。


 白山の目当てとは無関係だ。見逃しても問題あるまい。


 それに──自分の娘と同じ年頃の少女を手にかけるのは、いくら魔道師でも気が退ける。娘を眼に入れても痛くないほど溺愛する白山なら尚更だ。


「フフフ……じゃ、お言葉に甘えて……」


「あ、ちょい待て。最後に一個だけ聞かせろ」


 白山は立ち去ろうとする少女を引き留め、ひとつだけ尋ねた。


「どうして──あの組の若頭に蟲を仕掛けた?」


 その問いに睦魅は嫌悪感を露わにした。


「ワタシ、あいつ、大嫌い……だから、(むし)を憑かせたの」


 睦魅は素直に理由を話してくれた。


 少女のまだるっこしい話から、白山は事のあらましを理解した。


「……じゃあ、蟲を仕掛けたのはお嬢ちゃんの独断か」


 少女は咎められたように浮かない顔をする。


「……『土蜘蛛』は利用価値があるって……でも、ワタシは嫌い……」

「そうかい、もう良いよ」


 白山は手を上げて睦魅の話を遮った。


「引き留めて悪かった。そんじゃな、嬢ちゃん」


 別れの挨拶に睦魅は微笑むと、自分の肩を抱いて太股をすり寄せた。


 一瞬だけ呻くと、その背中から燐光で飾られた麗しい蝶の羽根が広がる。


「フフフ……それじゃあまたね……オジちゃん」


 ウィンクを置き土産に、妖精のような姿は月夜の彼方へと飛び去った。


~~~~~~~~~~~~~


 蝶の羽を持つ少女が消えると、白山はゆっくり降りてきた。


 完全に崩壊した立体駐車場。その瓦礫(がれき)の上で信一郎と幽谷響は待っていた。


 実は──かなり間一髪だった。


 立体駐車場が崩落する寸前、幽谷響がその予兆を感じ取っていたので、すぐさま事務所を飛び出して、安全なところまで退避していたのだ。


 幽谷響は苛立ちながら白山に苦言を呈する。


「拙僧たちが事務所にいると知りながら、暴れに暴れてこの為体(ていたらく)……手掛かりごとぺしゃんこになってたら、一体どうなさるおつもりでやすか?」


 皮肉を言われても白山は涼しい顔だ。


「この程度で死んでたら魔道師としちゃ三流じゃねえか」


 白山は冷徹な視線を幽谷響に向けて尋ねる。


「……で、ブツはあったのか?」


「ございやした──面白くもねえ事情が記された裏帳簿と一緒にね」


 幽谷響は手に入れた裏帳簿と契約書を差し出す。


 白山はそれを受け取って読み流すと、たちまち表情が険しくなった。


「なるほど……そういう寸法かよ」

「ほぼ旦那の読み通りでさ……で、どういたしやすか?」


 白山は裏帳簿を叩き付けるように幽谷響へと返した。


「なら、ここから先はおめえの領分だ──始末してくんな、幽谷響」

「よろしいんでございやすか?」


 念を押す幽谷響に、白山は腕を組んで溜め息を吐いた。


「そうじゃねえかと勘ぐったからこそ、いの一番におめえを呼んだんだよ。なのに手順が狂って先生まで呼ぶ羽目になっちまったんじゃねぇか」


 倒壊した立体駐車場の瓦礫を踏み付けて、もう一度溜め息を漏らす。


「この現場の始末はどう致しやす?」


「向こうの組織にやらせりゃいいさ。デカイとこだし官憲にも手ぇ回す余力もあんだろ……こっちはこっちでやるべき始末があるしな」


 月を見上げて三度の溜め息をついてから、白山はこちらへと振り返る。


「ああゆう始末はおめえのが上手い……やってくれ」


 錫杖を打ち鳴らし、数珠を摺り合わせ、手にした鈴を響かせる。


 少年のような顔が一転、凶悪極まりない笑みとなった。




「──承知いたしやした」




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