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道参人夜話  作者: 曽我部浩人
第九章 ~ 守宮
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第2話 貪られる連続殺人事件




「……真っ昼間から焼き肉なんか食うんじゃありやせんでしたぜ」


 幽谷響(やまびこ)はげんなりした様子で舌を出した。


 (ところ)は西日本──いくつもの山に囲まれた田舎の街。


 季節はお盆を前にした酷暑(こくしょ)の真っ盛り。


 呼び出されたのは避暑地と言えずとも山間の田舎(いなか)と聞いて、多少は涼しいだろうと当て込み、精をつけるため肉料理をチョイスしたのは失敗だった。


特対課(とくたいか)からの応援要請だ。察するべきだろう」

 項垂(うなだ)れる幽谷響に、銀髪の美女は氷の微笑を投げ掛けてきた。


 仕事に取り掛かる前、「好きなものを奢ってやろう」と気前良く振る舞う彼女の甘言にしてやられた気分だ。


「警察の(おご)りと聞いて()に乗った君が悪い」

「まさか昼飯食ったその足で、殺人現場に出向くたぁ思いやせんよ……」


 こうなることを見越した彼女の嫌がらせである。


 血みどろの修羅場を潜り抜けてきた幽谷響と言えど、特上のカルビやハラミやロースにホルモンと、焼き肉フルコースを食った直後にこれはキツい。


 ましてや無惨な死体が残された現場なら尚更だ。


 吐きはしないが胸焼けがする。

 わざとらしく舌打ちをするが、彼女が気にする様子はない。


 同じものを食べたはずなのにケロリとしていた。


 日本人では有り得ない銀髪、氷から削りだしたかのように真っ白い肌。アルビノなら目の色は赤いと聞くが、瞳まで水晶のように蒼く澄んでいる。


 高すぎず低すぎない身長、メリハリこそ利いているがどちらかと言えばシュッとした細身。スレンダーボディに白磁のようなレディススーツを着込む。山間部への出張ということもあって、ヒールではない女性靴を履いている。


 異様に赤い唇には、外国産の細い煙草がくわえられていた。

 ただし、火は点けられていない。


 警視庁特別事例対応課──氷室(ひむろ)銀子(ぎんこ)


 今回、幽谷響を駆り出した警視庁の警部補さまである。


 ──人倫(じんりん)を荒らすことに躊躇(ちゅうちょ)のない魔道師。

 ──六道を踏み外して人外となった外道。


 彼らの起こす事件は警察の捜査能力では手に負えないため、これに対処するべく警視庁が組織した、常識的な正義を解した魔道師による対抗機関。


 それが特別事例対応課──通称“特対課”だ。


 幽谷響の後輩である『方相氏』(ほうそうし)礼堂(れいどう)周介(しゅうすけ)がここに所属しており、幽谷響はよく応援を頼まれていた。今回は彼の伝手(つて)で助っ人に呼ばれたのだ。


 手伝いを求めたのが彼女──氷室銀子である。


 涼やかな名前だが、後輩の周介によれば「氷の微笑が似合う魔女」のような女性だという。早い話、おとぎ話の氷の女王というやつらしい。


 本来ならば周介が彼女の応援担当だったのだが、あの未熟者もそれなりに忙しいらしく、「先輩ヘルプ!」と泣きついてきたのだ。


 そういった経緯で──幽谷響は此処(ここ)にいる。


 駅前はそれなりに賑やかだったので、地元の焼き肉チェーン店でたらふく御馳走になった後、迎えに来た地元警察の覆面パトカーに乗せられ、最も新しい事件現場に直行させられたところだ。


 山の麓には見渡す限り田園が広がっている。

 季節的に青々とした稲がそよ風に揺らめいていた。


「ここらは昔から山の奥底に水源があると言われとって、そこからいくつもの水脈が降りてきているらしくて水だけは豊かなんですわ」


 迎えに来てくれた地元の刑事が、益体(やくたい)もないことを教えてくれた。


 現場は田園の外れ──山との境に生い茂る林の手前。


 山から流れてくる川の水を利用しているのか小さな土手が築かれており、小川が用水路となって田畑の脇を流れていた。


 その用水路に──死体が()かっている。


 死体には無数の噛み傷があり、徹底的に噛み千切られていた。

 噛み傷ひとつひとつはさほどでもないが、骨が見える傷口も少なくない。


 20を越える噛み傷から大量の血が流れたようだ。


 水に浸かった部分がふやける以上に、血を失った肉体は真っ白だった。


「死因は外因性(がいいんせい)──この外傷によるショック死だそうです」


 壮絶な死に様から目を離せないのか、地元刑事は熱さから来る汗と恐怖から来る冷や汗を一緒くたにハンカチで拭き取っていた。


「この傷が痛くて苦しんだんでしょうが……なんなんでしょうかね、この顔は……すごい恐ろしげなものを見たようでもありますが……」


 地元刑事の感想は案外、的を射てるかも知れない。


「よっぽどなもんを目にしちまったのかも知れやせんねぇ」

 幽谷響はわずかに共感するに留めておいた。


「ま、人間業(にんげんわざ)ではないよね」

 だからこそ私たちにお声が掛かった、と氷室は火のない煙草(たばこ)を揺らした。


「しかし、私は調べ事が不得手(ふえて)なんだ」

「……いや、曲がりなりにも(ねえ)さんだって刑事でございましょうよ」


 調べものが苦手な刑事なんて商売上がったりではないか?


「私の能力は戦闘や拘束にこそ強いが調査には不向きなんだよ」

 周介と同じさ、と氷室は自嘲する。


 とある武術において先輩後輩の関係にある幽谷響と周介。


 周介も「方相氏」という魔道師だが、彼も戦闘一辺倒(いっぺんとう)に偏っている。その能力を一言で表すなら「仮面ライダー(平成版)」だ。


 どうにも特対課の魔道師は武闘派揃いで困る。


 そんな武闘派の1人である氷室は、くわえた煙草を器用に動かした。

 煙草の先端が用水路を遡るように辿っていく。


 行き着いた先は──水源があるという山だ。


「今回は緑豊かな大自然、身を隠すにはうってつけの山の中。そこに犯人が潜んでいるとなれば、探索系に秀でた君のような魔道師の出番だろう?」


 だからお声が掛かったのさ、と氷室は片頬を緩めた。


 幽谷響は泣く子も黙る悪辣(あくらつ)な微笑みで応じる。

 破れ僧衣の(すそ)から手を伸ばすと、人差し指と親指で円を描いた。


「貰えるものさえ頂けりゃあ、きっちり仕事はさせていただきやすぜ」


 周介の助っ人料が未払いのままですぜ、と暗に匂わせておく。


 銀子は煙草をくゆらせておかしそうに笑った。


「あいつはあの通り、良くも悪くもお人好しだからね。経理課のお(つぼね)どもに舐められてるんだよ。私はきっちり払う、安心して仕事に取り掛かってくれ」


「そいつぁ頼もしい。手間賃も期待しときやすぜ」


 金払いがいいと聞けば、仕事をするにも精が出るというもの。


 死体の検分もそこそこに立ち上がり、錫杖(しゃくじょう)を打ち鳴らして数珠(じゅず)を取り出しお経を唱える。幽谷響なりの仏に対する礼儀である。


 死者の冥福を祈ったところで、網代笠(あじろがさ)を持ち上げて辺りを見渡した。


 ここは村はずれ──深い山に続く道の手前にある。


 死体は田圃のあぜ道に沿うように流れている小川に浸かっており、その小川は山から流れ出してきている。地元の刑事さんが教えてくれた通り、山奥に水源があると見て間違いない。


 水量は──かなり豊富と見た。


 おかげで、この小川の流れもなかなか勢いである。


 実際、発見された遺体は流れた血がほとんど洗い流されており、水に浸かりすぎて真っ白にふやけている。血抜きが自然に行われたようなものだ。


 だとしても──周辺に血痕(けっこん)が少なすぎる。


 犯人が如何(いか)なる生物であろうと、被害者にこれだけの噛み傷を残したということは血塗れのはずだ。浴びた返り血がそこかしこに残っていなければおかしい。


 しかし、そういった痕跡はない。


 だとすれば──この小川を通って現場から立ち去ったのではないか?


 小川は街へと続いている。犯人の生物が何であれ、街中の川を泳いでいれば目立つだろう。地元刑事の反応からして、その手の目撃情報はなさそうだ。


 殺人事件の起きた川だ。鑑識が現場証拠を探したに違いない。


「……鮭よろしく遡上(そじょう)していきやしたかね」


 幽谷響は犯人が川を(さかのぼ)っていったと推測した。


 錫杖を打ち鳴らした幽谷響は、全身にまとわせた数珠をかき鳴らす。


 音を支配する魔道師──それが幽谷響(やまびこ)


 人間の可聴領域を越えた超音波を発し、反響定位(エコロケーション)にも似た要領で跳ね返ってきた音で対象を調査する。幽谷響にすれば初歩の初歩なテクニックだ。


 調べてみたのは水源と目される山だった。


「……確かに水が渦巻いておりやすな。まるで貯水タンクだ」


 山の内側がパンパンになるほど水が詰まっている。所々に地下洞やら洞窟らしきものもあるようだが、そこも水で満たされているようなものだ。山の中も外も水流が入り乱れているといった具合である。


「山が貯水タンクだと不都合でもあるのか?」

 氷室の問い掛けに、幽谷響はやや眉をしかめて答える。


「別に不都合はありやせんが……拙僧(せっそう)の調べ方だと少々難アリですぜ。ため池ってんなら兎も角、あの御山は水が活発に渦巻いておりやす」


 水音が邪魔でさぁ、と幽谷響は素直に打ち明けた。


「ああ、つまり……雑音が多いというわけだね」

「そういうことでございやすよ。こいつはちと難儀ですぜ」


 音の魔道師であるからこそ雑音は頂けない。


 大抵の雑音ならば聞き分けることができるが、度を超していれば精密作業に問題が起きるし、距離が離れていれば精度が落ちてしまう。


「ここからじゃあ遠すぎる上、御山の外と中を行き来している大量の水音で邪魔されちまいやすね。山に分け入って調べてきやしょうか? 近付けゃそれだけ精度も上がるし、犯人や手掛かりを探すにゃそれが……」


「いや、それは(えさ)をやるだけかもな」


 却下ではないが、氷室はやんわりと否定してきた。

 それを裏付けるように地元刑事が話してくれる。


「実は……発見された死体はこれが初めてじゃないんですわ。これで5件目、死者の数ならとっくの昔に10人を越えとります」


 1度で4人も殺られている事件もあるそうだ。


「同一の事件と見なされている……ということは、どの仏さんにもこの噛み傷があったということでやすね。そいつぁお悔やみ申し上げやす」


 幽谷響は数珠をかき鳴らして「南無……」と拝む。


 地元刑事は止まらない汗を拭き拭き、事態の深刻さを説明する。


「お手伝いのお坊さんが仰る通り、あの山を水源とする川の近くで事件が起こっていることから、わしらも山狩りみたいな調査をするべきだとおも思っておったんですが……あの山は昔から良くない噂が絶えませんでなぁ」


 良くない噂? と氷室が小首を傾げる。

 地元刑事は薄気味悪そうに思い返しながら語ってくれた。


「あの山に踏み込んで行方知れずになった者は数知れず……無事に帰ってきた者も多くは心を病んでしまい、まともに口が利ける者は『ギラギラした目玉のバケモノを見た』とか怖がって……まあ、地元でも怖がられておりますわ」


禁足地(きんそくち)──ってやつでございやすね」


 何らかの理由で忌まれた土地はあるものだ。


 その忌まれた理由に魔道師が関わっていることも少なくない。だが、土地である以上は森であれ山であれ林であれ、持ち主がいるに違いない。


「あの山、地主さんはいらっしゃるんですかねぇ?」


「はあ、確かいたはずです。名前は忘れちまいましたが……少々お待ちいただけますが、署の知っていそうな人間に訊いてみますんで」


 幽谷響が尋ねると、地元刑事は汗を拭う手を止めてスマホを取り出した。


 彼が電話をする間──幽谷響は氷室と軽く打ち合わせた。


「他の現場も見ておきたいところでございやすね。できれば全ての現場を回りたいところでございやすが……まずは一度に大勢が殺されたという現場からお願いしやす。そういうところは手掛かりも多いことがよくありやすから」


「わかった。次はそちらの現場に回ってもらおう」


 氷室の了解を得た幽谷響は、軽く頷いて続けた。


「それと、山の地主さんについてわかったら、その方の素性やら来歴やらを根掘り葉掘り調べさせていただきやしょう。忌み地(いみち)を管理する人間ってのは大なり小なり魔道に通じている……もしかするともしかしやすぜ?」


 現場の確認、地主の調査──この順で行動することに決定。


 今後の方針を決めると、銀子は微笑んで煙草にようやく火を付けた。

 一段落ついたら灯すのが彼女の流儀らしい。


「噂通りだな、幽谷響」

「噂……どこのどいつの噂でございやすかね」


 素知らぬ顔の幽谷響に、氷室は紫煙(しえん)を吹きかけてきた。


 彼女らしいちょっかいだ。幽谷響自身も愛煙家なので気にはならないが、それにしても高そうな煙草だ。煙の香りが堪らない。


「周介も褒めちぎっていたが、君に会った奴は大概こう言ってたよ」


『幽谷響は調べるとなれば虱潰(しらみつぶ)し、探るとなれば根刮(ねこそ)ぎだ』


「……下手な探偵より頼もしい、とな」

 期待できそうだな、と氷室は信頼を寄せる微笑みを送ってきた。


「へっ、そんな大層なもんじゃござんせんよ……状況ってもんをしっかり把握しておかねぇと、自分の立ち回りってのが決まりやせんからね」


 鼻で笑った幽谷響は悪たれ坊主めいた態度で応じる。


 氷室はスーツの懐に手を差し込むと、シガーケースを取り出した。

 それを開いて幽谷響へ差し出してくる。


謙遜(けんそん)するなよ名探偵。和製ホームズとはいかないが、そこそこ活躍しているのは特対課でも話題になってるよ。そうそう、ホームズと言えば……」


 ──助手で相棒の先生とやらどうした?


 昨今、喫煙家の肩身は狭い。

 せっかくの申し出、1本だけご相伴に預かって幽谷響は答える。


「先生なら今日はお休みですぜ。本業の大学講師も、魔道師としての副業もね……拙僧の助手とか相棒なんて聞いたらヘソを曲げちまいやすぜ」


 幽谷響は嬉しい限りだが、信一郎は露骨に嫌な顔をするのだ。


「ホームズとワソトンみたいにゃ行きやせんよ」

 貰った煙草をくわえて火を灯し、一服しながら口惜しそうに言った。


「そうなのか? 君たちはコンビだとよく聞いたので、今日もその源信一郎先生というのが来るのを期待していたんだが……そうか、残念だ」


 残念とかいう割に感情は希薄である。

 これが周介なら、もっとあからさまにがっかりしていたはずだ。


「噂の美女男子、是非ともお目に掛かってみたかったが……」

「なんでやすか美女男子って……あ、先生か」


 美女男子──言い得て妙かも知れない。


 正直、男の娘とかいう年齢ではないし、娘というには大人びていてスラッとしている。信一郎が女性的なのは間違いないが、圧倒的に美女なのだ。


「美女男子……面と向かって言ったら叱られやすね」

「それはおまえだけだろう。私は初対面でもズバッと言うぞ」


 そして、八つ当たりされるのも幽谷響なのだ。


 この御仁(ごじん)と先生を対面させたくねぇなあ……と心中でぼやいていたら、ちょうど地元刑事の電話が終わった。顔色からすると地主がわかったようだ。


「いやぁ~お待たせしました。あの山の地主さん、わかりましたよ。今でもそうかはまだ未確認ですが、かなり昔から一族で引き継いでいるそうです」


 してお名前は? と幽谷響は訊けば──。




「へえ、なんでも“井戸”さんと申すそうで……」




 水を溜め込む山に井戸の(かばね)──奇妙な縁を感じさせた。


~~~~~~~~~~~~~


「よいしょっと……ふう、数も多いけど、見慣れないものも多いな」


 信一郎は積み重ねて運んできた古書をそっと下ろした。


 軽くホコリを叩いてからパラパラとページをめくり、ブルーシートの上へ丁寧に並べていく。民俗学的にも貴重そうな資料なので扱いも慎重になる。


 信一郎は──幸典の天日干し作業を手伝っていた。


 一緒に来た鳴子は、さっそく改築に向けた下調べと見積もりに取り掛かってくれたのだが、そちらは信一郎も門外漢(もんがいかん)なので手伝えない。


 そんな時、幸典(こうすけ)が整理している蔵の古書が気になった。


 パッと見た限りでも稀覯書(きこうしょ)らしきものがいくつもあったのだ。教授や先輩の古書コレクションでもお目に掛からないような珍書も少なくない。


「──読んでみたいだろう?」


 幸典はほくそ笑むように言った。

 そう言われたら、信一郎は素直に頷くしかない。


「私たちが来るのを見計らって、(くら)の掃除を始めた理由はこれか?」


 信一郎は渡された作業用の手袋をつけ、古書の天日干しに従事する。


「如何せん数が多くてな。1人じゃ持て余していたところなんだ。しかし、これの価値がわからない人間にぞんざいに扱われたくはない」


「価値も取り扱いもわかる私が来るのを待ち受けていたと……やれやれ」


 一通り並べ終えた信一郎は、次の古書を取りに蔵へと戻る。


「報酬は興味に出た古書の貸し出し。期間は最低でも半年、運送料は行きも帰りも井戸持ち、それで引き受けてやる──異存はないな、井戸」


「ああ、それで構わない──恩に着るよ、源」


 互いに目配せをしてクスリと微笑む。

 こういう時、学友というのは気心が知れて楽しいものだ。


「しかし……凄い量の蔵書(ぞうしょ)だな」


 昭和、大正、明治、幕末、江戸……場合によっては室町時代に記されたと思しき書物まで散見している。集める手間も一苦労だが、それだけの財力があったことに驚かされるし、何を目的にしていたのかも訝しむところだ。


 これらの書物──見境(みさかい)がない。


 ひたすら選り好みせず知識を蒐集(しゅうしゅう)していたとしか思えなかった。


「井戸の一族は変わり者が多かったらしくてな。俺もそうだが……知識を求めることに貪欲(どんよく)だったらしく、あちこちから書物を掻き集めたらしい」


 しかし、幸典の曾祖父が何やら一念発起したらしい。


「俺の曾じいさんという人が、一族の傍系まで引き連れて、この山奥に小規模ながらこの村を建てたそうだ。一族まとめて引き籠もるつもりだったらしい」


「一族総出で引き籠もり? なんでまた……」


 信一郎が鸚鵡(おうむ)返しに言うと、幸典は苦笑気味に笑い飛ばした。


「曾じいさんは隠れ里を造りたかったんだとさ」


 よく祖父(じい)さんがボヤいてたよ、と幸典は屋敷の方へ目線を向ける。


 屋敷は雨戸も襖も障子も開け放たれ、空気の入れ換えるため風通しをよくされていた。幸典の視線は仏間の上に注がれている。


 田舎の屋敷によくある──先祖の遺影(いえい)が壁に並んでいた。


 そのひとつ、厳格そうな老人の遺影に幸典の目が吸い寄せられている。


 あれが(くだん)の祖父のようだ。

 父親でもある幸典の曾祖父とは折り合いが悪かったらしい。


 幸典の祖父の遺影を見た信一郎は、思わず「あれ?」と声が出た。


「なあ、お祖父さんの遺影……悪戯(いたずら)されてないか?」


 信一郎が驚いて指差すも、幸典は穏やかな表情のままだ。

 つまり、あれがあるべき姿なのだろう。


「いや、あれでいいんだ……祖父さんの目は生まれつき独特だったらしい」




 遺影に映る幸典の祖父──その両眼は金色に輝いていた。




「おかげで親族からは“金眼(きんがん)”って呼ばれてたよ」




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