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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第一話「登下校(丙)」

 街は北と南を線路で隔てられている。北は仏閣、神社や廃屋が立ち並ぶ。中には支部や警察署がある。南には東と西を森林で隔てている。大きな木々が茂っていて人の気配がしないが、森林奥には一つ、二つの建物が建っていた。森林の中でも住宅街から見える場所に駄菓子屋がある。


 石田翔はその駄菓子屋の近くにある大木に案内した。大木の下には芝生のような小さな草むらがあり、そこに木々の切れ間から光が差し込んでいた。


 わあと矛月が感激して声を漏らした。


 ここらへんで三人で遊んだことはあったが、こんな場所を見逃していたとは。驚くより新鮮に感じる。

 此処なら確かに森の外から見つからない。


 「凄く綺麗。天国みたい」矛月がまた突飛なことを言う。

 俺は笑い交じりに、

 「行ったことあんのかよ、天国」

 「ないけど。誉はロマンチックじゃないね」

 「放っとけ」

 「だから」困ったように息を吐いた祐が加勢するように畳みかける。


 「モテないんだ」


 矛月が噴き出すが、途端に恥ずかしくなって口を覆う。その勢いで頭から耳がひょっこりと飛び出てしまっている。

 「それと、これとは関係ねぇ」

 大体、祐の告白の橋渡しにされていたのが原因だろ、とは言い返さなかった。


 「モテないんだ」

 藤村が機を待っていたように順じてくる。嫌な弱み握られた。

 「会話に入ってくんな」

 「いや、あたしは話に入ってないよ?呟いただけだから。『モテない』って」

 「だから…」声が荒くなる。


 「わ、私、謝らないといけないことがあるんです」


 翠の一言がここにいる全員の口を閉じさせ、翠へと視線を注がせた。

 「私の、両親、つまりはこの街にある支部の支部長さんと、街の市長さんなんですが、その…何というか、心配性でして」

 あの二人のことなら俺もよく知っていた。


 「申し訳ないんですが…きっとクラス分け口を挟みたくなったんだと思います。」


 つまり…

 隣で藤村が瞬きを二三回する。


 「あいつらが学校に手回しして、こんなクラスになった、と」


 俺が冷静に述べた後、「は?」と藤村に威圧的な音が漏れ出る。

 もしやと危惧していた自体が本当にあったとは気持ちの方が追い付かなかった。


 「その…クラス分けでどれだけ口挟んだんだろ?」矛月がそろそろと尋ねる。

 「さあ、分かりかねますが、鳥羽さんと藤村さんは多分挟んでいたと思います。私も盗み聞きした程度ですので」

 「いやいや、何で俺とこいつが…」俺が藤村を指さす。


 すると「すぅちゃん。」と思ったよりも低い声で藤村が呼び掛けた。「あの人達のことだからばれるのは、意図的だと思うけど、何で、あたしと誉と同じにしたの?」

 心底嫌そうに藤村が翠を睨んでいた。


 「いえ、それもそこまでは」しかし、何か思い出したように翠は石田翔に向き直った。「あなたなら、知っているのでは?」


 俺に振るなと言いたげに、石田翔が目つきの悪さを増させた。

 「俺は口出しするなって言われている。支部に行って聞けばいい。そしたら分かる」

 翠から石田翔に話題を振ったのも意外だが、石田が黒木さんを知っているのも意外だった。


 どういうことだ。よく分からなくなってきた。


 「分かった」藤村が目を見開く。「あたしを支部へと足を向けさせること自体が目的なんだ」お~の~れ~と恨めしや並みに恐ろしく言ってのけた。そして、石田のことを思い出したようにじっと見つめる。


 「待て待て待て待て」

 祐がこのよく分からない会話に半ば声を荒げ割って入った。


 「整理させてくれ」

 


 ***



 光が差す草むらの上にひとまず腰を下ろし、気まずさの中落ち着かせるために交互に名を名乗った。普通は開口一番にやることなんだけどなあと、心の中でぼやくが、メンバーがメンバーなだけに、名前が後になるのは、仕方ないことだと頷けた。


 「クラス云々はこの際どうでもいい」

 自然に祐が取り仕切ることになっている。

 「どうでも良くない」と藤村が横やりを入れる。

 「で」と祐には絢香の言葉はどうでもいいらしく無視する。


 クラスの分け方を、迷惑がっているのは絢香と俺だけだからな。むしろ、祐は矛月と一緒で嬉しそうだ。俺も矛月と翠が同じだからプラマイゼロ、いやむしろプラスだから、このクラスでいいとすら思えて来た。


 祐が石田に手を差し伸べる。

 「石田翔? だっけ」

 翔が頷く。

 「黒木さんは石田とお知り合い?」

 「ええ。まさか本当にいるとは思っていませんでした。てっきり興味ないと思ってましたし。でも、ただの知り合いですよ」

 石田はその答えに鬱陶しそうに欠伸で返す。


 「すぅちゃんがあの黒木の子だなんて思はなかった」藤村が呟く。

 「黒木、と名乗った時、気づかなかったんですね」

 「黒木なんて苗字たくさんいるからね。中学にも居たし」

 祐が今度は俺に疑いの目を受け始める。一瞬考えたかと思えば、「もしかして」と続ける。「誉、黒木翠さんのことずっと前から知ってた?」嘘くさい。

 「昔から」と俺が手短に答えると、矛月が悲しそうに目を伏せた。


 「嘘、気づかないなんて」

 気づかなくて当然だ。


 翠は確かに黒木さんのムスメだが、黒木さん達自身ムスメが居ることを気取られたくないみたいで、口外もしなかった。それに、翠は表に顔を出すことが苦手だった。だから、ムスメの存在を知る人も少ない。


 「矛月、大丈夫。俺も知らなかった」祐は矛月に甘い。「それより、藤村さんは黒木さんを知っているということは、やっぱり魔法使い関係者…」

 「魔法使いじゃないって」言葉が重なる。

 絢香の語気が強くなっていた。

 「何度も言ったけど、チガウから」

 「関係者の方?」矛月が慌てて補足する。

 「カンケイシャ…かんけいしゃ…」と何度か言い直して、藤村が大きく頷く。「うん。関係者」


 めんどくせっ。


 「あと、もう一つ」祐が指を立てる。「藤村さんさ、石田のこと知ってるんじゃないか」

 「知らない」

 藤村が冷たく言ってのけるが、石田が顔を曇らせた。翠も口を手で覆って居て、何か言いたそうにしているのに、言えないようだった。

 「じゃあ、何でさっきからこいつのこと避けてんだ」

 俺が口を出すと、藤村は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。

 「変な匂いするから。いろんなものごちゃごちゃ混ぜたみたいな変わってて、でも」藤村は鼻を動かせる。「懐かしい匂い」


 「俺も知り合いではない」遅れ気味に翔が乗る。

 もしかして、と藤村がさっきまでとは打って変わって翔に前のめりになって尋ねる。

 「ゼンソク持ち?」これまで溜めていた疑問が噴き出したかのように藤村は生き生きとしていた。

 「違う」

 「それは俺だ」と祐が相槌を打つ。

 「獣交じり?…でもない匂いなんだよね」

 反射的に矛月のスカートの中から伸びる獣の尻尾がぴぃんと弾かれたように反応する。

 「もしかして、(あや)(もの)

 今度の藤村の言葉は俺に圧し掛かった。

 「でもない。なんだろ」

 しつこく石田を尋ねる絢香に、翔は後ろに引く。


 「どうでもいいだろ。お前に言われると自分が嫌なもののように聞こえる」

 石田の言い分はよく分かる。藤村の鼻はPLANTを探知するセンサーのようなものだ。その精度が高いのは春祭りで十分理解している。そのセンサーに反応すると言うことは何らかの持病もしくは、PLANTなどの殺されてもいい存在だと断定してしまうのと同じだ。

 それに引っかかるのは確かに嫌な気しかしないに決まっている。


 「そう…だね」ようやく藤村は受け入れた。

 「そう言えば、藤村さん、鳥羽さん、盾倉さんに唐崎さんはお知り合いなんですね。」

 翠が微笑ましそうにしている。

 「春祭りからだよ」矛月が返す。「私が知らないうちに絢ちゃんと誉は仲良くなってたの」

 「仲良くなってない」と藤村が必死に言い張るので、俺は出る機が失せてしまった。


 さっきから藤村の否定の仕方がきつい。機嫌が悪いのか、つついたら暴力で帰ってきそうな勢いだ。

矛月など絢香の怒りにあてられて、獣の黒耳が頭からぴんっと立ってしまっている。


 「耳…」藤村が気づいたのか、無表情で指摘する。「でてるよ」

 それから、笑顔をにじませたが、機嫌が悪いのは分かっているので心の底から笑っていないのは分かっていた。


 矛月が慌てて、目を落とす。慌ててしまうとまた焦って獣交じりを進行してしまうから、獣の耳の先や髪の毛の先が白く変わる。瞳も色つややかな黄金へ輝きだした。


 にやりと藤村が笑う。

 「目も」


 今日は始業式だから、祐も俺も指摘しないでいようと雰囲気を醸し出していたのに、藤村は雰囲気も何もかもぶっつぶす。笑っているのは嘲笑しているからか。


 目障りだ。


 「それにしても」藤村が矛月に顔を近づけた。矛月は魔法石を探す暇さえない。

 祐が不満そうに見ているが、何もしない。

ここにいる奴全員、藤村の機嫌の悪さに気付いたのかもしれない。触れたら今にも爆発しそうでおっかない爆弾に。


 「綺麗な髪だね」


 「えっと…? アリガトウ??」矛月が形式的に頭を下げる。

 「この髪色。春祭りの時は気づかなかったけど、こんな色だったんだ」藤村は黒色の髪色の先に浸された真珠色の髪先を撫でるように眺めていた。「聞いてなかったんだけど、むぅちゃんって、何の獣交じり?」

 矛月が質問を受け怯えていた。


 流石に、言葉がすぎる。


「おい」と俺が口を挟み、祐が動こうかとした時、突然「やめろ」と石田が言い放ち、立ち上がった。


 痩せている体は、立ち上がることで大きく見えた。冷静さを顔に滲ませながらも真剣な表情を殺しきれてなかった。


 「世界には数えきれない獣交じりがいるが、その元の獣が架空のものであればあるほど、高値で売り買いされる。獣交じりに種類を聞くほど、ひどいことはない。お前は、獣交じりについて何にも知らないんだな」


 説教されているみたいだ。言い分は正しいけれど、藤村に厳し過ぎやしないか。

 今の藤村に、これは地雷だろう。


 案の定、藤村はつまんなそうに口をへの字に曲げている。そして、そっと立ち上がり石田と目線を合わせた。石田の方が背丈は高いが、藤村の方が体は大きいので翔が熊に立ち向かう小動物のようだった。


 藤村のことだ。この喧嘩は暴力を交えたものになる。関わらないのが吉だが、祐や矛月、翠は動きそうになさそうだ。特に翠は石田に必要以上に近づきたくないのか、身を引いてしまっている。


 仕方ないなぁ。

 「おい、藤村」俺は立ち上がり、声をかけた。


 反応がないので、近い藤村の手首を力強く掴み引いた。藤村の丸い瞳が大きく見開かれ、こちらを向くが、すぐに細められた。

 俺に絢香は怒りの矛先を変えて来た。


 「待って」


 放心していた矛月が、思い出したか遮ろうとする。「私、気にしてない」

 「思ってないことを言うなよ。あれは獣交じりにとっては嫌だろ」

 甘い。石田がこんなに矛月に甘いとは思はなかった。この際どうでもいいが。


 「そう言えば、誉って魔法使いのバイトしてるんだっけ」

 「それが?」案の定、飛び火して来た。

 ちらりと祐を見るが、矛月の話題から逸れた途端に、どうなるかを笑って見物していた。


 笑っていないで、助けろよ。


 「ちょうど良かった。この際だから、はっきり言うけどこういう邪魔するやつ魔法使いに向いてないから」


 何でこんな時に人の痛いところ突いてくんだ。


 歯を力強く噛み、重々しい口を開いた。

 「てめぇに、言われたかねぇよ」

 「魔法も下手だし、才能もない、本当何でバイトなんか出来てんのか分かんない。なめてると、死ぬから」


 石田が知らず知らず遠くに避難している。こいつも火を放っておいてあとは放置か。


 「何急に話すりかえてんだ。機嫌、悪からって俺にあたってんなよな」

 「あたしは…」言いよどむ。そして、叫ばんばかりに声を荒げた。「あたしは知ってるから言ってんだ。」力強く一歩を踏み出した。


 藤村の胸元から紅の光が放たれる。首に掛けたネックレスの紐を藤村は引き、手のひらで魔法石のあるアクセサリー部分を握りしめた。

 普通なら、二回ほど魔法を使えば割れるサイズの小さな水晶だった。


 この状態の藤村は人の話など耳に入らない。

 これは、来る。


 「誉」


 矛月が震える声で小さく呟いた。

 分かってる。

 同時に、藤村が俺の腹めがけて回し蹴りをくりだした。まだ目が速さを追えている。だから腹に直撃させず、急所を外せた。蹴られた反動で飛ぶが、受け身をとれた。木々が覆い茂り、光の差さない影から絢香を 見上げると、影と同じくらい黒いレギンスが藤村のスカートが翻り見えてしまった。


 何故だか全く嬉しくない。


 今の藤村の蹴りで、矛月や、祐、翠が驚いて立ち上がっていた。見てないで助けてくれと言いたいが、藤村の気に蹴落とされて、なかなかに言い出せない。次に、藤村に触れてしまえば、骨折の一本や二本してしまいそうだ。


 「今の力、1000分の1程度だから。流石に大怪我とかさせたくないけど、怪我、程度なら良いよね」


 良くないだろ。

 しかも、今ので、1000分の1とか、藤村を止めるの絶望的過ぎて笑ってしまいそうだ。


 何か行動しないと、怪我が増えていくばかりだ。魔法に対抗するには魔法。まずは、相手の魔法が何か見極めないと。

 藤村の魔法の正体はおそらく肉体強化。初めて見るタイプだ。世にも珍しいとされる特殊型の部類の魔法だろう。肉体に適応される魔法は危険だから禁止されているが、こいつはガンガン使っているのを見ると、この魔法自体、藤村が編み出したのかもしれない。いや、俺が今までの人生の中で初めてお目にかかる魔法だと見ると、藤村しか使えないのかもしれない。

しかも、魔法の部類の一番危険で、一番難しいとされる肉体に与える魔法を集中もせず、息をするかの如く使う。


 ああ、本当、はずれくじ引いたなあ。


 藤村が一歩ずつ向かってくる。

 祐や、矛月に応援を求めたいが、まずは態勢を整えて、藤村の次の攻撃の受け身に集中をするのが先決だ。


 俺はブレザーを汚れさせないように、脱ぎ、隣の草むらに放り投げた。そして、ズボンのポケットから常備している魔法石を取り出す。俺の石は藤村のより一回り大きい四角い形をした透明なガラスだ。一般に販売しているものと違わない。これで俺が魔法を使えるのは二回まで。タイミングを逃さぬようしっかりと握った。


 「俺、人に怪我させない主義だから」

 「狼少年め」俺の前まで来た藤村が右手を下から振り上げる。


 気が付けば、腹が殴られ倒れていた。鈍痛が響き呻く。骨は折れていないのに、腹が軋む。

 熱い。むせて、這いつくばる。体の至る所が悲鳴を上げている。

 怖い。

 恐い。

 逃げろ本能がと叫んでいる。


 「あたしまだ999分の1しか力、出してないよ」


 これで999分の1。嫌ほど本物の才能ってやつを感じてしまうな。

 何なんだ。この才能。ずりぃよ。


 「ねぇ。諦めようよ」


 諦められるんなら諦めてる。

 「あたしは、知ってんだから」

 言われない怒りで、このまま藤村に殴られ続けるなんて…


 ――してられっか。


 藤村が次を出し渋っている隙を見て、目だけ動かし、矛月を遠目に見やる。やっぱり、矛月はこの状況をどうにかしようと焦っている。そうすれば、祐も動くだろう。

矛月が俺の視線に気が付き、頷いた。覚悟を決めたようにブレザーを脱ぎ、髪と尾を根元から先までを白く染める。目が金色へと輝きを強めた。手の先から鋭い爪を伸ばす。人の姿を保ちつつ獣になる限界で止めていた。

 あとは、俺が引き付けるだけだ。


 痛みが薄らいできたところで、立ち上がった。これで藤村の視線が俺に向くが、まだ顔が向いていない。念を押すのに手に持っていた魔法石にゼンソクや獣交じりの治療魔法を発動させる。途端に金色と青い光が魔法石からさす。

 「頭、冷やせ。藤村」

 藤村の顔が振り向く。


 泣きそうな顔してんじゃねぇよ。


 矛月、息を大きく吸え。腹に力を溜めろ。

 大きな矛月の動作に呼応し、祐がズボンからなけなしの魔法石を取り出す。翠や翔には少しの間我慢してもらおう。


 矛月が一気に溜めた息を吐きだすようにして、思いっきり吠えた。


 瞬間、森林に隠れていた鳥たちは羽ばたき、つんざく獣の咆哮は木々を大きく揺らした。慣れた、とはいえ近くで聞くとまだ失神してしまいそうになる。視界が白から黒へ電気を付けたり消したりするようにちかちかと移り変わっていく。


 初めてこれを聞いたときは半日意識を失っていたことがあった。今回はその時ほど大きくはないが、感覚の鋭い藤村なら、耳鳴りや視界の揺らぎが人の数千倍になって襲ってくるはずだ。


 俺も無理して立った勢いで、腰を抜かしてしまった。

 「あとは任せた、祐」

 藤村には近づけなくても、手段がある、魔法がある。


 ふらふらと突然の大きな音に感覚が効かなくなっただろう藤村が立ちすくむ。そこへ祐が石を握りしめる。石から赤錆びた色の光が放たれる。

 祐はその光で宙に線を引いた。すると線は形を成し、立体的に浮かび上がる。立体的に浮かび上がった白い縄が出来ると、祐は白い縄を藤村の足元へ投げつけた。縄は祐の意志が宿ったかのように動き、藤村の足に巻き付いた。藤村は縄に絡み取られ態勢を崩す。


 ―――が、その背後は太く硬い木が根を下ろしていた。


 動揺して知らないうちに森の根が生えた場まで足を運んでいたに違いない。このままでは、藤村は頭を根に叩きつけられる。藤村自身気づいていない。対応できない。


 知っているのは俺だけ。

 俺の手だと間に合わない


 ――でも、魔法はある。

 魔法石に力を込め、藤村の着地地点にクッションを浮かび上がらせる。間一髪で藤村はクッションに着地する。


 持っていた魔法石が割れる。端からガラスのように割れ初め、色を無くし、消えていく。この魔法石はもう使えない。持っていても消えていくだけだから、その場に置いた。


 途端に、安心して全身の力がほぐれる。口から一気に大きなため息が漏れ出た。

 「藤村」俺はもう一歩も立ち上がれない。これ以上藤村が何もしないよう心の奥底で祈っていた「頭冷えたか?」


 藤村は一瞬薄ぼんやりと森の木々を眺め、それから何か気付いたように体を縮れこませた。


 「うっさい」


 藤村の方を見ると、白いクッションに全身を預けていた。

 急ごしらえだから気づかなかったが、この白は俺の大好きな色の一つだ。きっと、今日は矛月の白が一番印象に残ったのからなのだろう。透き通った白色で綺麗だなと、らしくないことを思った。俺にだって、美的感覚ぐらいある。

 クッションはすでに金属が急速に錆び崩れていくように端からみるみるうちに崩壊が進んでいた。逆に藤村の足に絡まった縄は崩れる気配がない。


 「こっち見んな」


 そんなこと言われると、余計藤村の顔を覗き込みたくなる。もっとも、顔を覗こうにも腕で顔を真っ赤な顔を隠していて見えないのだが。仕方なく、矛月の方を振り向く。


 「おー」と翔が矛月の咆哮を物ともせず、感嘆していた。翠は音の余波でくらくらとその場を回っていたが、咆哮をした当の本人はその口から大きな声を出したとは思えないほど平気な顔をして、こちらの様子を伺っていた。

 祐は矛月達の輪から外れたところにいた。ゼンソクがぶり返したのか、過呼吸ぎみな呼吸を魔法で癒している。


 「本っっ当、向いてない」

 ぶっきらぼうに藤村は呟く。


 橙色をした光が木々の隙間から漏れこんできた。光が俺たちの肌を暖かなものへと変える。


 「向いてないよ。ほまれー。あんたは向いてない。こんな、人に頼って、魔法使って、あたし助けてさ。こんなことで………あたし負かしてさ」


 俺の大嫌いな色がこの場を、目に見える全ての世界を変えていく。この色はひどく寂しい気持ちにさせる。人を変えさせる。明日に移ろうと、変わろうと思わせる。


 「そうだな」


 俺は答えるフリしてこの場を収めたかった。

 俺自身、向いてないなんて知っていてやってる。変わりたくないから、変わるのが怖いから。明日なんて、来なければいいのに。そしたら、変わらなくて済むのに。こんな、コロコロと感情を変えられる藤村が羨ましいとすら思えてくる。


 こいつは怖くないのか。誰かを傷つけてしまう自分の感情や、力が。それとも、天才だから、そんな小さなもの関係ないのか、凡人の俺にはどちらにせよ分からない。


 「向いてない」よなぁ。

 素っ気なく俺は再び答えた。


 「うん。無理だよ。絶対」

 聞き分けない藤村はしつこく返した。


 「あたしが言ってるんだから、絶対」


 俺には残酷な優しい赤色が、藤村の瞳から流れる光をそっと照らした。

 「ごめん」藤村が小さく呟いた。「暴力、誉が魔法使いでも、限度があるよね」


 この景色に免じて今は許そうと心にしまった。

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