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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第八話「光る世界(terasu粒子)」

 涼しい風が通り、葉っぱを揺らした。

 大きな幹を上がっていくと、街全体が見える。木下にはPLANT対策支部がある。本来ならここは上ってはいけない場所だった。でも、おばあちゃんの葬式ということもあってか、誰にも注意されないし、私達は平気で登る。


 四角い支部に大きく突き抜けた木。その枝も葉ぶりもやっぱりどっしりとして力強くって、あたし達が乗っていても全く微動だにしない。

 夜の闇に浸された葉っぱは深い緑色をしている。艶やかな緑は今はくすんでいて私達を隠しているみたいだった。外から見れば確かに、此処は秘密基地にはなりそうな作り。あたし達以外は上れないから基地にはうってつけ。


「お前ならいいかなって」

 と翔が喋りながら次の枝に飛び乗りながら、上へ上へと行く。あたしはそのペースに合わせてついていく。

 相変わらず細い体なはずなのに、その身ではこなせない身のこなしをする。体の使い方を見るに、見た目以上の体重を彼の体からショルダーバックを除いても感じる。つまるところ銃やナイフを隠し持っているんだろう。


 魔法使いなら隠し持つなんてことしないけど、翔はしている。まるで戦争の兵隊さんみたいだ。相手取るのはプラントじゃなくって、人。一昔前のプラントがいない戦争をしているみたい。


「お前なら、俺のことを分かってくれるかなって」


 小さくかけてくる言葉はどこか温かい。でも不慣れなのか、気恥ずかしさがそこには含まれている。


 あたしは魔法石を使い、発光させて、翔の近くに飛び乗る。するとちょうど木の中腹あたりで翔は止まった。


「だから、仲直りのついでに話したかったんだ」

 翔が街を見下ろす。その手はショルダーバックに。


 下の廃屋が立ち並ぶ街は全く明かりがともっていないが、PLANT対策支部に続く道路は、点々と電灯が灯っている。天国に通じる道みたいにここまで上がってくるようだった。

 右を見るとこちらも灯りは全く灯っていない。そこは神社仏閣が集合した場所。遠くの左と右は、エリアが分かれているが、ほんのり灯りが点る程度。見ているとわかるが、あまり都会とは言えない電灯の量だった。

 奇妙な街の構成がこんな上から見れるなんて珍しい。


「類や俺はある施設に連れてこられた孤児だった」


 ゆっくりと紡がれる言葉に、真実を織り交ぜた。翔は遠くを見つめる。


「あそこは、あの白い施設は、この国の実験施設だった。『魔法の副作用』を人工的に作り出すための、施設だった」


「シロも?」


「違う。シロはあくまで自主的にあそこにいた。というより、あそこは俺達孤児にとって凄く良いところだった」


 冷たくそよぐ風に私は翔の横顔を見つめた。冷たさは感じられない。ただ昔の事柄を懐かしみ温かく見つめているだけだった。


『実験施設』と言えば、とてもじゃないが嫌な雰囲気しか感じられないはずなのに、彼はとても明るい言葉で紡いでいた。

 翔の言うことだから嘘は言っていないんだろう。それにあの施設までの行き先は、何も張られていなかった。牢でもない、バリケードも壁も張られていない。出ようと思えば出れる場所だったから。


「第二次PLANT殲滅戦争、お前らが言う『魔法戦争』の後に各国に対抗して兵隊を作ろうとした。戦後は外は荒れていたし、施設の中は衣食住に事欠かなかった。

 だからみんなこぞってあそこから出ることもしなかったんだ。あの施設が建設されたきっかけは知らないが、きっとシロが関係しているんだろう。あいつは俺達とはまた違った存在だから。あいつの目的なんて俺が知るはずないが」


「類……類は、その時どうだった? どんな人とか……その、翔はそのころからの知り合いだよね」


 あたしが尋ねると、翔はくしゃりと顔を濁らせた。とても嫌な名前を聞いた風に。


 さわさわとぬめり気のある風が突き抜ける。


「あいつは最初からおかしかった」


 血濡れの彼を「おかしい」と称するは致し方ないが、あたしの心につんと針でつつかれたみたいに感じた。あたしは少なくとも「おかしい」とは思ってない。でも結局、翔の方が長いこと類に関わっているのだから、何も言えない。


「あいつは、感情を上手く表せなかった」


「感情……」


「感情を表す手段が『殺し』だった」


 嫌な風が過ぎ去った後、翔は口に含んだ息を吐きだした。息はいろんなものが含まれていて、あたしなんかが対応できるものじゃない。


 一番初めに類とあたしがあった時、忘れていた幼い記憶の時、おそらくは類がその感情を行使していた時だったんだろう。何かしらのきっかけで生まれた感情をどう表せばいいか分からなくて、周囲に影響をおよぼした。


 ここ最近彼が刃物を持っていたのは、お婆ちゃんが関係しているのかもしれない。


 だとすれば、全ての筋道がつながる。


 隣町の猫や人の惨殺事件があったのは、おばあちゃんの様態が悪くなって不安になった類が感情を持て余しやってしまった事なんだ。


 このあいだの施設で出会った類はおばあちゃんが亡くなってしまったことによる悲しみの感情の表し方をどうすることもできずにあたしに刃物を向けたんだ。


 だからあんなにも悲しそうだった。涙を流すという感情の表し方を知らなかったから、できなかったから悲しみに『殺し』を重ねることしかできなかった。


 翔の言葉がしっくりくる。


「だが……信じられないかもしれないが……あいつはお前が出会った八年前から、施設があいつの手によって壊滅した日から、人は殺してない。約束したんだ。要とあいつで人を殺すなって。だから要が死んだ時、約束が崩壊した。お前がいなかったら多分何人も死んでいた」


 改めて翔が無表情に、笑みを含ませた。「ありがとう」と呟く言葉が聞こえる。


 ただ私は何か違和感を覚えていた。


「あれ?」


 そうだ、今起きている殺人は、隣町で人を殺している殺人鬼は、どう説明するのだろうか。起こっている殺しは猫だけではない。人も亡くなってる。


「もしかして類は、殺してないの?」

 とあたしは聞くと、

「猫は殺してる」

 と、ちょっとおかしな方向に翔は返答した。


「ね、それって真夜に怒られそう。あの子、猫を探してって、あたし達に依頼してきたんだよ」


「まあ、猫を見越してお前に協力してもらったんだがな。鼻、いいだろ。だから猫も見つかるし、あいつも見つかるしで一石二鳥の良い案だって」


「さらに真夜に怒られそう。それ、猫死んでるところを発見しろってことでしょ」


「人が死ぬよりもいいだろ」


 なぜか微妙にずれているが、その時の類の状態を知らないから何も言えない。もしかしたら、それほど危険な状態だったのかもしれない。だから、あたしにばれる覚悟をして利用して見つけ出した。

 筋は通るのに、周囲の悲嘆などには関心が向かないらしい。翔はそういう感情が「分からない」とか「分かりたくない」のが正解かな。


 とはいえ、今起きている隣町の殺人鬼は類とは別と考えてよさそうだ。なら、本当の殺人鬼はどこにいるんだろうか。隣町の殺人鬼は一体誰だろう。


 考えていると、翔のお話は次の事柄に移った。


「『魔法の副作用』なんてのも嘘だ。俺達には魔法の副作用なんて備わってない。副作用は、主にお前の鼻、みたいなものだ」


「さっきも聞いたけど、あたしの鼻、何なの?」


「お前の鼻は特別なんだ。魔法と密接にかかわったものは、お前の鼻のような鋭敏な器官が備わる。あとは、密接にかかわったからこそ、寿命が長くなる、とか……『魔法の副作用』はそういう俺にはないものだ」


 鋭敏な器官、というと頭に浮かぶのは目、鼻、耳といったものだった。もしかして黒木支部長みたいな目もそうなのだろうか。だとすれば、魔法の副作用はとても便利なものだった。未来が視えたり、あたしみたいにプラントや獣交りなどを見分けることが出来る。なんだか身近に思えてきた。

 身近過ぎて、『魔法の副作用』なんて教えてもらえないのかもしれない。あたしみたいに鋭い人が少ないから身近じゃなくって教えられないっていう逆もあり得る。


「じゃあ、俺の影の薄さはなんだってことだが……」


 翔の言葉がしどろもどろになってくる。伝えるのが苦しそうだ。そこまでしてあたしは知りたくない。本当はもっと何かあるのだろうが、ここでストップをかけることにした。信頼してくれてるなら、喋りたいことだけでいい。その信頼を裏切るなんてあたしはしない。


「いいよ」


 一言。


 すると、翔は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。でも、内心安心しているのか、何とも言えない雰囲気を漂わせる。


「いや、聞いてくれ。

 絢香は魔法石のもとは何か知っているか」


 魔法石がどうやって作られているか、これには諸説いろいろある。全ての魔法石はこの街の春祭りみたいにどこからともなく現れて、それを生産している。だからこの街の地場産業は魔法石で国内シェアが……て、いつもの魔法石好きが脳内に流れちゃっている。

 魔法石を調べたり、集めたりしている者としてはこの問いは簡単なこと。魔法石が形作っているのはある粒子。まだその粒子で魔法石を作ることは、世界のどの企業も、どの国も、どの科学者も、研究者も、出来ていない。


 ずばりその元素の名は……

「『terasu(テラス)粒子』日本名で『テラス粒子』光の粒子に宿る粒子。その原理とかまだ解明されてなくって。ただいつもは光の粒子に宿ってる、綺麗な粒子。これが植物の中に集まって、魔法石となり、人を襲うプラントと化す」


「その粒子の実験をこの国もしていた。違う国に遅れを取らないように必死になって。果ては人体実験を繰り返して。俺たちはその実験に了承して自分の身を差し出した」


 翔が手を差し出した。握れ、と今度は言わなくてもわかる。握って、あたしは翔と近くなる。翔は、あたしに信頼を寄せて、やっと心を開こうとしていて、それが何気なく嬉しかった。しっかりと握り返して、あたしは翔の次の言葉を待った。



「目を閉じろ」



 翔の言葉通りに歪な構造の街を見ている目を瞼で蓋をした。



「開けろ」



 翔の合図で恐る恐るあたしは瞼を開ける。ゆっくりゆっくりと開けるにつれて、あたしの心が高揚するのを感じた。


 一つ光の粒が落ちていく。


 また一つ光の粒が葉っぱに当たって跳ねていく。


 弾けて跳ねて、ゆるゆる落ちて。雪のような光が、街に降っている様子を目に焼き付けられていく。

 右の神社に雪のような光の粒がパラパラと舞い落ちていき、とん、と音が跳ねるように粒はばらけて周囲に消えていく。


 染み渡った光の粒はまたどこからともなく現れて、赤色の光の粒となり散開する。あたしの立っている木の周辺は、葉っぱに灯る粒が多かった。しかし葉っぱは、粒を染み込ませず、光を吸い込み消えてゆく。


 街に降り積もるような大粒が目の前を覆いつくす。

 赤色、緑色、黄色、と信号の色。そのほかにもいろいろな粒の色が雪が降るように燦燦としんしんと落ちていく。


 染みていく。

 跳ねてゆく。


 雨とも雪ともとれる、この光の粒はあたしが触ってもまったく触感がない。透明な米粒サイズの粒だ。


 あたしの周囲に特に多い色は紅色。

 真っ赤な赤色の粒が傍にある。


 左手にある町に降り注ぐ光の粒。

 右手にある光の粒。

 ハウリングするように散開する粒。


 魔法石では得られない光のパレードがそこにあった。


「ああ、きれい」


 自然と言葉が漏れる。

 隣の翔はとっても不服そうな雰囲気を醸し出した。


「俺はそういう感情が分からない」


 翔の周辺には光の粒がない。色もない。寄り付かない。あたしの周囲にはあるのに、彼は子の粒に嫌われているようだった。


 粒がはびこるここは光る世界。

 黄金京。


 あたしとしては、こんな世界をいつも見ている彼に嫉妬してしまうけれど、嫉妬も彼には分からないかもしれない。


「これは実験の果てに不用意に手に入れた力。上のやつらがこう言ってた『テラス粒子の可視化』だって」


 翔がその粒子の少ないところに移動する。

 あたしの手はつないだままだ。


 途端、風が巻き起こったように周囲の粒子があたしを避けて散る。

 粒子の少ないところに行くと、そわそわと体が落ち着かなかった。


「テラス粒子は、光に取りつくけど重くて動くのが遅いから、こうして見れる。で、応用して粒子の少ないところに行けば光が少なくなって人の認識が薄くなる。魔法を感知する今どきのやつは、見えにくくなる。

 でも、これは本来の実験の副作用で作られてしまった体の異変だって、言ってた」


 翔に説明されて気づいた。

 だから、彼は魔法が使えないのだろうって。この粒子が傍にあるってことは魔法と近しい存在でそれに色がないのは、魔法が使えない。自分の魔法の色がないのと同じだ。翔の周辺は全くと言っていいほど粒子はいない。魔法の素がない。ひっつかない。


「どう?」

 といぶかしみ彼は尋ねた。



「これが、黄色の瞳の時に見ている世界」



 星が満面に降り積もる世界だった。


「きれー」


 貧弱なあたしの語彙力は、こんなことしか伝えられない。


 実験の産物だったとしても、こんなきれいな世界を見れるのはとってもいいものだ。

 翔がどんな境遇であろうと、どんな立場であろうとこの世界は変わらない。隣にある美しい世界だ。あたしが見れない世界で誇るべきものだ。


 あたしが笑みを向けると、翔がうなづいた。まだ嫉妬ににじむ翔の表情に、感じるものはあるが、それでも今はこの時間を大切にしたい。


 翔の瞳は今月の色に変化している。

 その光は粒の中に紛れる。


 翔だって美しい色の光を纏っている。


「……ごめん。あとは喋れない」


 翔はそこまで言うと、ぱっとあたしの手を離した。瞬間元の闇にくるめられた現実に戻される。電灯しか光は見られず、先ほどのまぶしいほどあった光の粒は嘘のように姿を忽然と消してしまった。音もなく一瞬の出来事で、ちょっと呆然としてしまう。


 枝に足を踏みしめて、ショルダーバックを握り、翔はぼんやりとまた光の世界を見つめる。月の色の瞳を街に向ける。じっとそこに写るものを見てみようとするけれど、何にも写っていない。濁った星の輝きのような双眼がそこにはあるのに、彼には見えない。


「絢香、忠告だけさせてくれ」


『忠告』の言葉だけ翔の口から洩れた言葉で異質に覚えた。言いなれていないような、浮いてしまうような、似合わない言葉だ。


 翔は続ける。


「『魔法使い』は、そんなに悪いもんじゃない。今、お前が平和に過ごしているのは、確かにお前が強いからってのもあるけど、一つは黒木がまだ絢香の籍を支部に置いてるからだと思う」


『魔法使い』の言葉だけあたしにはチクチクと刺さる。


「だから、お前は『魔法使い』に戻るべきだ」


 それはもう終わったことだ。あたしはあたしらしく周囲の圧力に負けず、矛盾しつつ生きていくって。けれど、翔があんまりにもまっすぐな瞳であたしに伝えるから、何にも言えなかった。

 翔はいつだって真剣に考えている。ゆっくりと答えを出す優しいやつだった。その言葉を踏みにじることはできない。


 気を紛らわすために支部下を見て何かないか探す。何かあるはずない……



 ……と思っていた。


 支部前に誰かがいた。

 見たところ優男。この雨の季節に深緑色のジャンパーを被っている。下はジーパン。フードは被っていないのに、顔がかすむ。


「翔、誰かいる」


 おばあちゃんの葬式があるから支部は誰もいない状態だ。そこにやってくるなんて物好きに思えた。


「行ってみない?」

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