第八話「光る世界(続:屋上での一幕)」
すぅちゃんが嘘をつくわけがない。
だから翔が魔法を使えないのは本当。
そんなの分かっているけど、やっぱり何かが引っかかる。
『魔法の副作用』だと言った彼のあの魔法はなんだったんだろう。翔が消えたり現れたりするあれはいったいなんだったんだろう。
そもそも『魔法の副作用』ってなんなんだ。
副作用は、魔法が関連しないものだったのだろうか。それとも、すぅちゃんみたいに固定の魔法しか使えない、この状況が魔法の副作用なのか。
彼のことが一層分からなくなる。
彼はゆっくりでも考えて答えてくれることを知ってる。
意味があって何かをするやつだと知っている。
そして嘘をつかないやつなんだと思ってた。
じゃあ、『魔法の副作用』ってのが本当?
でも魔法が使えないのに魔法の副作用がでるなんておかしい。魔法が使えないってことは全く魔法と縁がないということだ。魔法石を持っても何も感じない。魔法の感覚がない。
そんなものは副作用でもなんでもない。ただ使えないだけ。絵が描けない、スポーツができないみたいなやればできるものじゃなくって根本から感覚がないんだからそこから副作用なんて出てくるはずない。
じゃあ、翔が説明した『魔法の副作用』ってのは嘘?
それなら今までの彼は何だったんだ。
魔法が使えないのなら、これまでの身体能力に説明がつかない。彼の細腕であたしと同じ力を魔法なしで出すなんてありえない。
どこから力を出しているんだろ。
獣交りならあり得るかもしれないけど香りには獣交りの香りなんてなかった。あれはまた別物。気持ち悪いくらいの異臭だった。
何より先に彼に嘘をつかれたなんて思いたくないって思いが色濃くでてる。
記憶を教えてくれる時だって「思い出したか? 思い出してないなら教えない」なんて言って、あたしのことを想ってくれた彼があたしに嘘をついたって考えるだけで気分が悪い。
信じたくない。
「すぅちゃん、それ本当? 翔って本当に、魔法が使えないの?」
あたしは疑い半分に問いかけた。
「ええ、一切魔法石を光らせることはできないはずです」
「そうなんだ」
愕然とした。翔はあたしに嘘をついていた。本当は『魔法の副作用』なんて翔にはないんだ。
でも嘘をついていた以前になにより引っかかったのは信頼してくれないこと。
あたし達の仲ってそんなものだったのか、なんてそっちの方がちくりと胸が痛んだ。教室に彼がいないことが不安だった全てを否定されているみたいで怖かった。
あたしは胸の奥に苦い何かを押し込めてむぅちゃんを見た。
むぅちゃんは頭上にはてなを浮かばせていた。
多分、魔法が使えない人のこと見るのは初めてなんだ。
魔法はたいてい使えるし、使えなきゃいけない。
でも使えない例外も確かに世界にはいる。そういう人が石を投げられている現状も理解していた。世界は広いということを幼いながらに知っていたあたしにとって、さして気にはならないことだったはず、なんだけど。
「翔はさ、魔法を使えないことを隠そうと思って総合の時間から逃げてたのかもね」
ぽつりとあたしは呟いた。途端にとても虚しくなった。
なんで知らなかったんだろうって。さっきから知らないことばかりで歯がゆい。あたしの力が及ばないことが多くって、心が落ち着かない。あたしは置いてけぼりを食らっている。
隠しすぎなんだよね、みんな。なんでどうでもいいことばっかり隠すんだろう。あたしが石を投げるやつだとも思ったのか。逆に不安になるじゃん。
あたしは決してそんなことしないのに。
あたしだって魔法使いだったこと今でも隠しているけど、なんだか人に隠されると心が縮まって苦しくなる。あたしのこと信じてないんじゃないかって思っちゃう。
「そう言えば、石田って駄菓子屋に居候してたよな」
突然会話に誉が割り込む。気づけばユウも誉も近い。あたしたちの会話に興味津々なのか、あたしたちの前に立ちはだかっている。ベンチに座っているあたし達から見たら威圧感を振りまくガキ大将に見える。
「あそこのおばあちゃんが昨日亡くなったって本当か」
誉の声色がしょげていた。
その問いに、すぅちゃんは無表情なんだけどでもどこか悲しげだった。目を潤ませて、動揺してか瞳が揺れている。白い肌から生気がなくなり、うつむいた。
あたしは知ってる。昨日亡くなって、あそこにいた翔や類が心底悲しんでいたことを。
すぅちゃんもその例外ではなかったようだ。
あたしのなくなっていた記憶を思い出すに類と出会った時おばあちゃんに関わっていたのはあたしだけではないと思う。それが翔やすぅちゃんだと思うと、すんなり納得できた。
さっきの感じきっとすぅちゃんは翔のことずっと前からおばあちゃんのこともあたしのことも、知っていたんだろう。
あたしは分かる。すぅちゃんの表情は無表情だけど、あふれ出る感情には色がある。香りがある。その色や香りから感情が丸わかりだ。絶対知ってたんだ。
翔やすぅちゃんはあの白い施設にいたんだ。そして、おばあちゃんと関わった。だから人一倍動揺して悲しんでる。
「そっか」
誉のそっけない一言には懐かしみが含まれていた。
むぅちゃん、ユウ、誉は街出身だ。あたしよりもおばあちゃんのことを知っている。
だから此処にいるみんな一緒だ。みんな悲しいんだ。寂しいんだ。懐かしくってぽっかりと胸に穴が空いてるんだ。
「今夜お通夜が開かれる予定です。私は、放課後そのお手伝いに行きます。おそらくそれで石田要さんに会えるのは最後ですね」
「あ、あたし」震える声を抑えて、あたしはすぅちゃんをしっかりと見据えた。「あたしも行っていい? お通夜のお手伝い、あたしもする」
少し思案したあと、すぅちゃんは柔らかい笑みを見せた。
「いいですよ」
お前本当にできんのかよ、と誉の野次があるが、気にしない。ついでにあたしの目的のほとんどが類だということも気にしない。ばれていないのなら儲けものだ。
「ごめん、私は大勢の人がいる場所が苦手だからお線香だけあげて帰るね」とむぅちゃん。
「俺も野球の練習があるから」と、ユウが遠慮気味にいう。
次に向くのは誉だが、ユウとむぅちゃん二人はニヤニヤと笑みを含ませている。
言いたいことは分かるよ。
だって、あたし以外に暇な人なんて一人しかいないし、ね。あたしが名乗りを上げたんなら、手伝わなきゃならないノリだよねってことで。
「は?」と誉が顔をしかめた。
「そういえば、誉はバイト入ってなかったよね」むぅちゃんの猛攻に誉がワンヒット。
「そういえば、誉は今週いっぱい暇だっていってなかったか?」ユウの隙を作らせない攻撃にツーヒット。
「こちらとしては、猫の手も借りたいほどなのでお手伝いは歓迎ですよ」すぅちゃんの澄み切った青い瞳を魅せられ、誉はノックダウン。
うんうん唸りながらも、あえなくこくりと深くうなづいた。そこにはどうしても殺し切れていない微笑みを浮かばせている。ほんのり赤い頬を見ると、あたしの背筋から冷汗がにじみ出る。
気色悪っ。
「では、一時帰宅してからでいいんでお二人は駄菓子屋に来てください」
「りょーかい」とあたしがピシッと敬礼を決めて、「分かった」と誉は小さくうなづいた。
その後おばあちゃんとの思い出を四人で共有した。いろいろなことを思い出し、あたしはまたそこでいくつかの記憶が浮かび上がった。
駄菓子屋のおばあちゃんとは、多分類と初めて会った時に会ったんだって確信した。きっと類と気を失った後、介抱してくれたのがおばあちゃんだったんだ。
とすると、多分おばあちゃんはあたし以上にいろんなことを知っているんじゃないか。
戦争経験者な彼女には分かる思いがあって、あの時のあたしの記憶は忘れる方がいいって思ったんじゃないか。だから、忘れていたとまでは思わないけど、後押ししたのは間違いない。
忘れていた本当の理由は、あたしがどうでもいいと判断してしまった部分があるから、だ。会えないことにかまけて、諦めてしまった。
そういうところはおばあちゃんと同じだ。あの人も想い人をなくしたって聞いているし。いつまでも未亡人のまま経営してたのはそのため。子供いなかった。新たな人を好きになることを諦めて、観念したかのようにぼんやりとうつろいゆく現状をただ過ごしていた。
その中で出会った翔と類。
きっと何かあってあの白い施設にいたんだろう。
類、大きな体に血濡れの瞳。
死に怯える眼差しは、救ってあげたい思いがどうしてもあって。
「やっと、見つけたあああ」
と、積もる話をしていた時、突然快活な声が降ってきた。その声の主は扉を力強く開けて、扉を壁に打ちつける。どすどすと重苦しい足取りであたし達に近づくと、ちらりとユウのことを見た後で細い目を少し見開きあたしのことを睨んだ。
もうすでにブレザーを卒業して夏服に衣替えしているため、日焼けした肌が一層あらわになる。ボーイッシュな短くぱさぱさとした髪が風で揺れた。
その様子にたじろぎながらあたしは話しかける。
「真夜、どうしたの?」
「どうしたも何も藤村ちゃんを探してたんだって。ほら、いつもの部室で食べてたのに今日はどこいってたの。うちめっちゃ探したんよ」
そういえば、そうだった。真夜は最近あたしのこと心配してわざわざ部活を兼部してまで部室に一緒にいたのだ。放課後もソフト部が始まる直前まで付き合わせちゃっていたし、心配かけたなあ。
「ごめんね」
ここは素直に謝るしかない。
って、なんで翔のせいであたしが周囲の心配かけてんのに、翔は謝罪一つないんだろうか。普通はあたしに一つでも謝ってほしい。あたししか謝ってないの不平等だ。
あたしがへこへこ謝っている横で、むぅちゃんやすぅちゃんはお弁当をかたずけてるし、あたし抜きで会話続いてる。あたしを置いて、教室に戻る気満々なのが分かる。
こういう言い方悪いけど、真夜が来たせいで、寂しくなるじゃん。
「てか、みんなして何話してたの?」
ずいっと、真夜があたしを通り越して、無理やりに他の四人に入る。
おいおい、突然にどうした、と突っ込みを入れたいところだけど、そういう真夜の表面上は誰でも受けれ入れる姿勢がとても好きだったりする。あたしのこと思いやりすぎな点もあるけどね。
「あ、同じクラスの舞薗真夜」と自分のことを指さす真夜。
え、としどろもどろになるむぅちゃん。その瞳は鋭い獣の黄金色。瞳は縦に伸びている。黒髪の先に白がほんのり混ざり合う。どうみても、びっくりして、焦って、獣化が始まっていた。
でも、あたしはそんな姿もいいなって思っちゃう。
「あ、えっと……」と言い淀むむぅちゃんの前に出たのは、ユウだった。
ほんの少し真夜はむぅちゃんにむっとして、ほんの少しユウに喜んだ。そんな態度にちくっと胸が痛んだ。
誰だって、むぅちゃんを受け入れるわけではないんだって一瞬で理解してしまった。しかも真夜がユウに対してどう思っているのかも分かってしまった。
いや、でも……確かにイケメンだもんね、ユウ。
「俺も同じクラスだよね」ユウが自身を指さす。
「知ってる。唐崎祐くん。うちさ、隣でいつも見てたよ。ほら、うち、覚えてない? ソフト部一年。野球部の横でやってる部活」
ユウが苦笑するそばで誉がふっと鼻で笑っていた。小さな奴が小さく笑うと小物みたいに思えてくる。ちょうどユウで遮られているから不良の子分一みたいに見えた。
そんな妄想していると笑ってしまう。あたしが笑うと、むぅちゃんが安心して柔らかく笑った。ふわりとした雰囲気は、すぅちゃんにも移って、つややかな長い黒髪がふんわりと漂った風でなびいた。
「やっぱり覚えてないんだ。悲しぃ。じゃ、今覚えて」
あたし達の中心に仁王立ちし真夜ははっきりと述べる。
「あたしは舞薗真夜」
たははとむぅちゃんが笑うと、誉がさっきの嫌味な笑いではなくもっと可愛らしい笑い方をした。安心しきって、笑う感じだ。こんなところのどこに安心したのかは分からない。
「舞薗さん、舞薗さん」
その後、すぅちゃんが真夜に駆け寄り耳に口を近づけた。きっとあたし達がもうとっくに彼女が同じクラスであることを知っていることを教えているのかもしれない。いや、おそらくさっきのユウへの発言でみんな分かっている。
そんな彼女の振る舞いは重ね重ねになり面倒。
知った途端、真夜の顔は真っ赤に腫れあがり、しゅーっと可愛らしい音をたてて煙を絶たせた。じーっと、すぅちゃんを見つめるとうん、と一回頷く。すぅちゃんも一回頷く。
何の確認だろうか。
「ととととと、とにかく」真夜の口が動き出す。
すぅちゃんは真夜のことお構いなしで、誉から順々に指をさしながら、名前を教えていく。
「私は黒木です。それにあちらは鳥羽さん、唐崎さん、盾倉さん。そして藤村さ……あっ」
「うち、人の名前覚えられないほど馬鹿じゃないし」
「失礼しました」
すぅちゃんがさっきの雰囲気とは真逆にふふふと笑みをこぼす。口を押えて、お嬢様のように笑い声を漏らすのを抑えているようだった。肩が震えている。
こんなすぅちゃんを見るのは久々だった。
そういえば、この二人が対面するのは初めてかもしれない。案外こういった相手にすぅちゃんは弱いのか。だとすれば、もっと早く真夜も紹介していればよかった。
「とにかく、何話してたか教えて」
キラキラ眼で真夜はあたし達を順々にみる。何を期待しているのか分からないけど。
さっきまで何話してたっけ?
あれ、なんだっけ?
むぅちゃんとユウは会話をし始めるし、誉は飽きて違うところを見てる。後ろに何かあるのか、グラウンドの方を見つめている。
あたしも、さっきの暗い話をするわけにもいかず、誉が見ている方を見ようとした時、
「分かった、やっぱし好きな人の話でしょ」
そうでしょ、と真夜は鼻息荒くしてあたしを見つめる。
あたしのことを決め打ちしているみたいだ。いや、あたし確かに先日好きな人ができたけど、しかも会えたけど、思い出したけど、なんでこうもこの子はこうも分かるんだ。
あたし見て、そうでしょとじーっと見つめてくる。その気迫につられて他のメンバーもあたしを見てしまう。
おいおい、やっぱし突っ込みいれといたほうがよかったのではないか。後悔しても後の祭りで、どうすることも出来ずしぱしぱ瞬きして、青空を見上げた。
どこにいるか分からない翔を見て、心の中で怒鳴る。
あんたのせーだーーーーって。
あたしの好きな人。思い浮かんだのはやっぱり類で。どれだけ逃れても付きまとったのは類で。あの大きな体に血濡れの瞳。黒い悪魔のように残忍で優しい。
好きになってしまったんだからしょうがないじゃない。
「絢ちゃんかわいい」
そんな一言であたしは現実に戻された。今、むぅちゃんが言わなかったら、ずっと彼のことを考えてしまったかもしれない。
真夜やむぅちゃん、それにすぅちゃんはあたしのそんな態度に理解を示しニヤニヤしていた。そんな表情が気持ち悪くって、悟らせたことに恥ずかしくってあたしらしく顔をそむけてしまった。
チャイムが鳴るまであと少しなはずなのに、全く鳴る気配がない。早くこの時間が過ぎてほしい。
こんな姿を見つめられるのは、恥ずかしいって!!
「藤村さんやっぱり」とすぅちゃん。
「そうだねぇ」とむぅちゃんがやんわりと笑みを含ませる。
「恋だね」
と、しめはやっぱり真夜だった。
刹那、タイミングよくチャイムが鳴り響く。
なんとも間の取り方が分かっているチャイムだこと。誉にも、見習ってほしい。
そんな心も体も小さな誉は、あたしたちの恋愛トークなんか聞くに堪えなかったのか輪から離れて違う場所に目指していた。先は、鉄の柵。何を思ったのか一直線に向かっている。
考えられることなんてそんなにない。あたしは何も気づかなかった。気づきもしなかった。どうしてこんな良い雰囲気の中でそんなところに向かうのか、分からないし、一瞬だったから不安が過る瞬間も何もなかった。
間が悪い。
本当にそうで、誉にとって空間の雰囲気なんてどうでもよかったのかもしれない。
「誉、が……」
止めたのは、ユウだった。知らず知らずのうちにあたしの背後に回り、あたしの肩に手を置いた。その様子はさながらあたしを止めた誰かを思い出すみたいで気持ち悪い。あたしを止めるのはだいたい、あたしの行動を止められない人ばかりだ。
類への行く手に立ちふさがった皐月ちゃん。
夢を遮った黒木さん。
秘密を庇った翔。
でも、ユウはあたしをしっかり止めてくれた。
見上げて、ユウの視線が珍しくぶつかる。何か隠し事をしていそうなほど濁った漆黒の瞳はどこまでも深くって、なにも探らせてくれない。きっと見ているものが違うんだ。もしくはもっと違うものを見ている。その視線の先を知っているから、分かる。
君も恋をしているんだなって。
ふるふると、頭をふり誉に首を向ける。あたしも自然とそっちに視線が向かう。
「石田、そんなところで何してんだ」
誉の声で気づいた。鉄柵の向こう側に柵に背中を凭れて、座っている翔がいること。全く気付かないかったし、多分あっちも気づかせたくなかくて気配を消してたんだと思うけど。
翔はこちらを鬱陶しそうにちらりと見た。
薄い黒色の髪。色のない肌色。それに光がほんのり灯る瞳。その鋭い眼光に射すくめられる。
彼はあたしに目を合わせない。
やっぱりあたしのこと避けているようだった。




