第八話「光る世界(屋上での一幕)」
因みに、本当は昼休みに屋上なんて解放されていなかったりする。
あたしは魔法を行使して、鍵を作り出す。またはまらなかった。紅色の光を魔法石から発光させて、精密に鍵を作り出す。
手元に形どられた物は、赤さびた色の固形だ。鍵先の形は石の大きく凹凸に曲がっていて、多目に見ても鍵には見えないし扉に貼られた鍵の形とはだいぶ異なっている。
立ちはだかるのは分厚い扉。厚い扉のくせに、四角い窓が取り付けられていて、屋上の外の景色が見える。
あともう少しなのに、この先に行けない。
背後には屋上に続く階段だ。険しい階段を上って、辿り着いたのに、最後の関門のせいでお昼ご飯を食べることが出来ない。
腹立たしくなり、作った鍵を床に叩きつけた。
「あああ、もう。あたし作るの苦手なんだって」
精巧なものであればあるほど難しい。武器もそうだ。頭の中に全て描かなければならない。瞬時に魔法が発動はできるのに、こうしたところであたしの魔法は使えない。
『お前は知識がないだけなんだって』と、昔皐月ちゃんにバカにされたことがあるけど、どうみても才能だ。
総合の時間に魔法を使うことがある。その時の創造を使う魔法の時だけは私の魔法は人並みにしかできない。
他だったら、人よりできるのに。なんでこれだけ。誉だってできる鍵を作る繊細な魔法も、あたしには難易度が高い。
あたしには細かい物事が苦手だ。だから、昔のことも忘れっぽい。で、忘れてたのかもしれない。
口を3にして、いじけているとお弁当を持っていたむぅちゃんが心配してあたしがやろうか? と提案してきた。
でもね、むぅちゃんも魔法が苦手なのをあたし知っている。もう一人お昼ご飯に同行しているすぅちゃんはいつも総合の魔法の時間は魔法使わないし、この三人でできるのはあたしぐらいだ。
「屋上、無理そうですね」
すぅちゃんはもはや諦めモードに入っている。それも仕方がない、なんて聞こえてきそうなほど顔を曇らせている。
そもそも屋上が解放されていないのは、屋上で魔法を使ってしまい、それが原因で転落してしまう事故が起きてしまったことがあるから。それ以来屋上は全国共通で禁止となっているんだ。
でも、禁止は建前。どこの学校もどの学生も禁止された反動で逆に生徒の心に火が付き屋上に侵入しようとする輩が増えた。
そう、あたしみたいにね。
だから、実質禁止しているけれど転落はしないぐらいの魔法は使えるように、ということで屋上への扉は固く閉ざされているが、扉の鍵の形状を説明する紙が貼られていてそれを見て魔法で鍵を作り出し、屋上へ入ることになっている。
その方が扉も壊れず、転落も防止されるというわけ。
最近は雨続きだったためか、今日は生徒の影が見えない。此処にやってくる気配がない。
「仕方ない」
ぽそっとあたしは言葉をこぼしてしまった。むぅちゃんが傍らでまさか、と心配そうに瞳を揺らす。
むぅちゃんはあたし思っていること、多分あってる。むぅちゃんの思っているそのまさかだ。心配も、分かる。分かるよ、でもね。分かっているからってしないわけないんだ。
扉から二、三歩下がる。足を踏みしめると、白いほこりが舞い上がった。窓から照らされる晴れ間のせいで、ぽつぽつと白い雪が散っているように見える。
「すぅちゃん、むぅちゃん、ちょっとどいといて」
勢いよく扉を蹴り上げるイメージを頭に描く。何一つ不備はない。これがあたしらしい魔法だ。
「ちょ、ちょっと待って、絢ちゃん扉は壊さないって」
「そうですよ。大事になるくらいなら別の場所で」
焦って、止めに入る雑音もあたしには聞こえない!
聞こえないことにする。
「どかないと、怪我するから」
怪我ぐらいなら、何の問題もない。あたしのは意見をほぼ曲げない。だからここに来たんだ。今日は此処で青空を見てすっきりしたい。
「絢ちゃん!」むぅちゃんは、思わず叫んでいた。
「盾倉さん、下がって」
でも、もう決めちゃったものは決めちゃったんだから、揺らがない。
ネックレスにして、下着の下に隠している魔法石に意識を集中する。紅色の発光が再び起こる。次に足に光を蓄える意識をする。あとは、ためて、ためて、踏み出すだけだ。
光が胸、腹、太もも、に伝い、そこまでたどり着くと足全体に広がせる。十分に広がった時、勢いよく足を回し上げる。
だけど、回している途中で止めてしまった。
扉の前にはすぅちゃんが立っていてあたしの邪魔をしていた。こんなことで怒らないでいいのに、すぅちゃんは青い瞳を平たくして睨みつけていた。
そして周囲には、どこからら出てきたか分からないいくつかの丸い水が空中に浮き、晴れ間の光を透かしている。
寸でのところで足を止めなければ、あたしはすぅちゃんを蹴り、このなんだか分からない水に足を突っ込んでいたところだった。
ゆらゆらと揺蕩う水の丸。今にも崩れそうだが、崩れない奇妙なバランスを保ちつつ浮遊している。これが何なのか、分からない。
でも、その飛び交う中心にすぅちゃんがいるのを見ると、おそらくこれはすぅちゃんのものなのは明白だった。
香りはアクアブルーの色が想起される。夏休みにある、あの青いかき氷が一番近い。甘いが、やはり感じるのはどこまでも人間であることだった。翔みたいな存在であるのは確かだ。
あたしは足を下げて、すぅちゃんを見つめる。黒いしなやかな髪に、白い肌。透き通るような青さはどこまでも深い。意志の強い光が瞳に宿っている。
あたしは黙った。あっちが話してくれることを願っていた。今のままでは気まずい。が、しかしあたしは何かいうとすぐに喧嘩になってしまう質だ。こういう時は特に。だから発言も捻じ曲げない。
何もすぅちゃんは言わない。
「そこで何してんだ」
凍り付いた空気を溶かしたのは第三者の発言だった。
不愛想な声に、下から話しかけられる。下、というと、本当に下で、背の小さいあいつが見上げながら言ってたのだ。
「屋上行けねぇんだけど」
ご飯代わりの焼きそばパンを見せてその不機嫌さを示した。とにかく奴は気に入らないらしい。
あたしも気に入らない。
「あ、まだ鍵開いてねぇの?」
すると、そいつはあたし達の間をぬい、扉に張られた鍵の形通りの精巧な鍵を作る。しかも銀色。一般に流通する鍵そのもののような精巧な鍵を作り出して鍵穴に入れ、くるっと気軽にノブを回した。鍵はすぐに消えてしまったが、扉があいたという事実は残っている。
開け放たれた屋上の扉から一気に風が押し寄せてくる。水の玉も風の影響を受けて揺れに揺れた。
扉の前で制止するあたしたちをよそにそいつは、後ろにいる連れに呼びかけた。
「おい。祐、早く食べよう。昼休みがもったいない」
遅れてきたユウ、その人は野球部の坊主頭をかきつつ肩を落とした。ちらりとあたしたちを見て、はあとため息をつく。
「お前、こういう状況によくこんなことできるな。そういうところ心底尊敬するよ」
「そーか。ありがとう」
全く皮肉が通じていない誉に、あたし達もあきれてむぅちゃん、すぅちゃん、と見合い、お互いを確認しあった。
こいつは全く、なんでこういう性格なんだろうか。間に入ってくる天才なんじゃないか、なんて悪態を心の中でついてやり、飲み込み、どこかで感謝して、あたしたちはひとまず彼らの後を追って屋上に踏み込んだ。
□□□
雲一つない青空は、最近とは打って変わっていた。まるで昨日とは違う世界だ。
この青さは水彩絵の具。水多めに、絵の具ちょびっとの割合で塗られている。青空を絵に、街をぐるりと囲む緑の大木の森は額縁に。
あたしたちがいるここの屋上を囲むのは透け透けの鉄の柵。眼下に佇むグラウンドは、荒れて水たまりをいたるところで作っていた。UFOが着陸した後みたいでくすりと笑ってしまう。
ふわふわと未だにすぅちゃんの周囲には水の塊が浮いていた。幻想的なのだが、魔法なんだろうなあ、と原因を理解してしまうとああなんだ、そうなのかとやけにちっぽけなものに見えてしまう。
よくよく見てみると、すぅちゃんのブレザーのポケットから青く透き通る光が漏れている。やはりすぅちゃんの魔法ようだ。
弁当を開ける。隣ではすぅちゃんがぷんぷんっとまだ拗ねている。
「まったく大事にしたくないって言ったやさきにそんなことするなんて思ってもみませんでしたよ」
さっきあたしを止めたのは扉を壊すような大事にむぅちゃんもすぅちゃんも巻き込まれたくないから。
そんなこと知っているけど。でもさっきのあれでは入れなかったのだから仕方ないじゃん。あたしの気持ちも考えたっていいのになあ。
でも、それは、お互い様。
きょろきょろと挙動不審になっているむぅちゃんを見ると、すぅちゃんが怒っているのも頷ける。きっと壊していたら、先生がやってきてあたし達三人は怒られて中でも奇異な目で見られるむぅちゃんはいじめやなんかの標的にされるんだろう。
ま、むぅちゃんをいじめるやつら全員あたしが返り討ちにできる自信はあるけどね。
あたしの横で未だに目の前のことが信じられないのか、むぅちゃんが空中に浮いた水の玉をちらちらとみていた。あたしの隣では、すぅちゃん。さっきの扉のごたごたが嘘だったみたいにそれでも一緒にご飯を食べている。
屋上にあるベンチで三人は腰を下ろし、それぞれのお弁当を膝の上に広げた。
すぅちゃんのお弁当の中身は彩り豊かで、一目見てわかるほどの高価な弁当だった。一方でむぅちゃんはとても普通なお弁当でほっこりする。あたしのはむぅちゃんに追随するほどの普通さ。
うん、すぅちゃんのは羨ましくはなるけど、やっぱり普通がいいなとお弁当用のカップグラタンを箸で挟み、口に運びながらに思う。
あたしたちのベンチから少しだけ離れたところでユウと誉が食べていた。悟らせないように視線だけ動かして見ると、ユウの弁当も普通に見えるけどどことなく高級感を隠せていない。使っている食材はどれも自家製っぽい。誉は、弁当が面倒なのか、いつものパンだけど。
家族がいないってどういうことなのか分かんないから、そんなところに突っ込むことなんてできないけどね。
「またパンか」
ユウがいやらしく尋ねるのが耳に届く。
「これが一番美味しいんだって」
「めんどくさいんだろうなあ」
聞いていてひやひやした。誉のことをあんなにいじる幼馴じみである彼らの関係がよく分からない。
いけないことなんじゃないかって思っちゃうし他の人の家族いる家庭への羨望とか感じてしまうのではないかって、同情心を感じる。
こういうご飯時は一番そういう家庭の事情ってやつを感じてしまう。
「ねぇ」控えめにこちらではむぅちゃんがすぅちゃんに向く。「こ、この水の玉って翠ちゃんの……だよね?」
すぅちゃんはきめ細やかな卵焼きを箸で切り、上品に口に運ぶ。リスみたいにもぐもぐと噛みしめて、ごくんと飲み込む。そうしてあたしの方を一片たりとも見ずにむぅちゃんに向けてだけこくんとうなづいた。
あたしに地味に怒っているのは分かる。
「これは確かに私の魔法ですよ」
次にじーっとあたしの方を見つめる。その威圧感。何が言いたいのか分かる。きっと謝ってほしいんだ。約束に対して、異様に彼女は厳しい時がある。
他の人には無表情に見えているすぅちゃん。彼女の感情が分からないとは、たまにいいなあって思っちゃう。
「あー」まだあたしをじーっと見ている。「分かったって、分かったから」
慌ててあたしは、気まずい雰囲気をぶった切る。
「ごめんって、だからすぅちゃんもうそんな目で見ないでぇ」
「分かったらいいんです」
「でも、すぅちゃんだって相変わらず敬語なおってないのあたし知ってるんだからね」
「これは……」
考えて、再びお弁当の中にある卵焼きを口に放り込む。
もぐもぐ、ごくん。
「で、なんでしたっけ」
「流石にあからさますぎるよ」
むぅちゃんは、たははと苦笑した。その瞳は、緊張感がほつれたためか、金色の獣の瞳が見えている。獲物を刈る眼には見えない、優しい瞳だ。そっちの方がむぅちゃんっぽかった。
「そうそう、この魔法でしたよね」
さっきらからずっとブレザーの中が青く光っていることを知っていたあたしは今さらか、呆れる。
そよそよと屋上にたなびく風に水の玉も揺蕩う。その様相は変幻自在のアメーバみたい。
「先日、魔法を使うことがあって、その影響か無自覚に魔法使ってしまうのです。
魔法石から離れればいいのですが、そうすると近くの魔法石に反応してしまい自分の意思とは反して他人の魔法石を使ってしまうことになってしまうので、こうして自分で持っているんですよ」
へぇとあたしは心の中で頷くが、むぅちゃんはこてんと頭を傾げるばかりだ。
確かにあたしは魔法のことに関してはよく知っているから魔法石があって勝手に魔法を使ってしまう例を知っているけど、むぅちゃんみたいな一般市民は知らないからすぅちゃんの言っていることがよく分からないだろう。
「魔法って勝手に起動するんだね。初めて知ったよ」
むぅちゃんの素直な感想がしみる。
あたしって、なんでこんな感想もないのだろう。純粋なむぅちゃんの感想みたいな感想を抱けたらよかったのに。知らなければよかった。魔法使いなんて……考えるだけ無駄だよね。
「ええ。時折強く魔法とつながるものはこうしてある固定の魔法をふとしたきっかけで無自覚に使ってしまうことがあるようなんです。私の場合は、これです」
「わぁ」
あたし達の頭上に全ての水の玉が動く。水の玉が合わさり、どんどん大きくなる。
そして次の瞬間、大きくなってしまった玉は弾けて傘のように薄く広がりあたし達を囲った。丸い水槽に入ったかのように水が周囲を覆う。
ついあたしは反応して立ち上がってしまいそうになる。
そこで、
「動かないでください」
すぅちゃんの言葉で踏みとどまる。
「私の魔法はこれしか使えないんです」
その一言が続き、すぐに水が元の形状に戻る。水が頭上に集まり、大きな玉となり、今度は弾けて分かれ、いくつかの水玉になる。一つ一つが透き通って、太陽の光を受け輝いている。
「しかも、たまに制御が効かなくって、人や物を水に変えてしまうことがあるんですよね」
ほっと、すぅちゃんは一息つきあたし達に向き直る。言葉に恐怖が混じっていた。さっきのあたしの注意もそうだ。
すぅちゃんは魔法について語る時、あたしの魔法に触る時、すべてに恐怖を抱いている。きっとこの魔法も怖いのだろう。使うことさえ、見せることさえ、触れることさえ、彼女にとっては毒なのだ。
それでも使うのは、戦いたいから?
先日と言えば、どう考えてもこの街に舞い降りた一斉にプラントが奮起した出来事だろう。黒木さんの娘となると駆り出されそうだ。それに今のを見ると、彼女自身使おうと決心したのかもしれない。
陰っている瞳にはそれだけの意思が宿っていた。
「綺麗なのにねぇ」
むぅちゃんが物欲しそうに水の玉を眺め続ける。金色に変わってしまった瞳で見つめる世界がきらりと輝いていそうだ。その口から漏れ出るのは本心。
「あ、だから翠ちゃん、総合の時間いつも見るだけだったんだね」
「そうですね。少し寂しいですが」
苦く笑うすぅちゃんにあたしはなんて声をかけていいか分からなかった。
水しか操れない魔法、そんなものでも一種の魔法の才能なのに、あたしは見下している。実際あたしの方が上手いし、水に変えてしまうような制御できない状態にはならないはずだ。
ない人のことを考えるのは難しいや。
「そういえば、彼もそうなんですよ」
彼、と再びすぅちゃんは苦々しく口にする。あたしはほんのり嫌な予感を感じながら次にくる名前を待った。
「彼、翔も魔法に対して特殊で……いえ、特殊というよりは全く魔法を使えないと言いますか」
宙に浮いた水の玉がはじけて飛んだ。その先で水は存在を薄く薄く延ばし、空気に紛れた。
あたしの魔法石から紅色の光がほんのりと点る。魔法を破壊する力が水にも影響を及んだのかもしれない。気づいたら周囲のものをはねのけていた。あたしの意思によって、魔法は取捨選択されていた。
翔は、魔法を使えない?




