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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
序章
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プロローグ:ぜろ

 そこにあるガラス球を覗くと、これから起こることを見ることが出来た。


 ガラス球の一面には彼が写っていた。彼が血まみれになり、それでも何かに抗っている姿。

 しかし、その姿は、どこか若い。私が彼と共に歩んできた歴史の一面と同じ姿だった。


 彼は今私よりも年上なのに、彼は未来では若い。表情は苦悶に歪み、皺が刻まれていない。


 その時点で『彼』ではなく別の誰かなのだと判断できた。彼ではない『彼』は血まみれになりそこに佇んでいた。

 それは悍ましく、それでいて心によどみを浮かばせる。


 それがどの彼なのか、わたしには分からない。そもそも『彼』とは誰なのだろうか。


 私の彼、つまり夫はきっと現実では、私の隣で寝ている。すーすーと寝息を立てて気持ちよさそうにいつもの顔で。


 それが『彼』だとしてもこれから起こる未来の『彼』とは乖離し過ぎている。


 なら、この心の恐ろしさは何なのだろうか。私は、この恐ろしさを常に視ていたのだろうか。


 だとしたら、夢から覚めるときっと消えてしまうのだろう。これからも、これまでも記憶にないのなら、きっと夢は夢として覚めた時一瞬で消え去ってしまうのだろう。私の未来の記憶は忘却の彼方へ投げ去ってしまうのだろう。


 この空間はふわふわと浮いて、気持ちの浮き沈みが激しい。


 それもそのはず、この空間は夢でありこれから起こることの未来を指し示す。


 もう慣れたことだった。


 手に持ったガラス球を落とすと、足元で割れて、周囲に映像を広げさせた。ガラス球の破片は一つ一つ形を変えて舞台の小道具を作っていく。


 これはきっと魔法。

 美しきチカラ。


 第一次PLANT殲滅戦で初めて使われるようになった、動く植物PLANT対策の一つ。


 そして私を縛る悪しきチカラ。


 どうしてそんなことを考えるか、と言えば大抵私はツンツンと何ものに対してもこうして嫌いから入ることにしているからだ。そうしないと全て好きになってしまうからだ。


 どうして全て好きになってしまうのがいけないのか。


 それは嫌いさえも好きになってしまえば、私は最愛の人でさえ忘れてしまうかもしれないという恐怖を拭い去ってしまいたいからだ。

 この空間からでた時、隣で寝ている彼を一番に『好き』と言いたいからだ。


 空間は成立していく。

 私の嫌いなものを、ちゃんと見せてくれる。


 私の嫌いなものはいくつかある。


 まず一つは『未来』だ。

 理由は簡単で『未来』さえ見えなかったら、彼との初めてももっとエキサイティングに、どきどきとした面白いもになったのではないかと思う。


 目の前に植物の景色が写る。足元には生え放題の草が広がる。緑色の青々とした美しい色をした生きる色がある。そんな草を私は蹴とばす。


 こんな草なんてひとつとして良いと思ったことはない。こんな植物の世界、ひとつとして道理にかなったものなんてない。未来に起こることだから、ここで蹴とばしたって意味なんてない。


 目の前に写る景色はいつも同じだ。


 植物で覆われた世界。左右を確認すると、大きな木がどしんどしんと並んでいる。それはもう横柄に。ここは俺達の場所だとでも言うように。


 ここは私の場所だ。私の世界だ。貴方たちがどう言おうがそれは変わらない。


 しかし、その植物たちは動かない。動いていない。ただそこに佇んでいるだけ。


 なら、ここを私の目が写しだしたのはどうしてだろうか。何かわけがあるはずだ。


 私の嫌いなものしかいつも映し出さなかったこの瞳が私に意地悪一つしないはずはない。


 私の嫌いなものの二つ目。


 ほら、やっぱり来た。

 木々の奥から、何かが動いている。垣間見える影を瞳に焼き付ける。


 大きな木。しかも動いている。木の根を這わせ、そろりそろりと、ゆっくりとどこかへ向けて。天上に向けて手を伸ばすように生えしげている枝を重そうに傾けて、ゆっさゆっさと体を右左に揺らす。


 これから彼は、『プラント』として人を襲いに行くのだ。


 私はそれが嫌いだ。


 右手にはめた時計を確認する。プラチナブルーに光っている時計の秒針は午前八時頃を示していた。いつかの午前八時という未来。それでは曖昧なので、今度は上着の右ポケットに入っている携帯を取り出した。ぱかっと画面を開けると、そこには日付が書かれている。四月の……


「春祭りの日だ」


 私の街で行われる祭りの日の朝にこうしてプラントが発生している。この場所はどこか分からないけれど、それは確実だった。


 人がプラントに襲われて死ぬなんて考えたくもない。


 嫌なことだ。


 今日の夢はまだ良かったものの酷いときは、大きな木が人の上に乗っかっているところを写しだす。

 またある時は蔓が人の首に巻き付き締め付けられるところを写しだす。


 嫌な夢で嫌な未来しかうつしだされない。



「あんまり見ないことをお勧めするよ」



 後ろから誰かが話しかけて来た。


 私は振り返り、その人を見るが、その人は黒いもやがかかり見えない。もやもやとした黒い霧がその人の周りだけ覆いかぶさっている。まるで黒い垂れ幕を下ろしたみたいに。


「あなたも未来が視えるの?」


 男か女かも分からない声がその靄から響く。


「視えるさ」


 混声された声はまるで幼子の用も聞こえたし、大人びているようにも聞こえた。姿は視えたり隠れたりして、結局視えていない。


 この視えている世界自体曖昧な世界で、未来に起こるか分からない夢なのだから、そう見えたって仕方ないのだとは思う。


「ほら、こんな物とか視ることになるからね」


 その黒い人は、靄から手だけを出させて、ある方向を指さした。すると周囲の光景は一瞬にして変わる。


 変わったのは場所だった。


 さっきの見慣れない木々に覆われた暗い森ではなく、明るい場所に居た。足元はよく整備された雑草が覆い茂り、日に照らされてか緑黄色の木漏れ日が舞っている。


 近くに街があるのかどこか、森を整備する者がいるのか不思議といつもの植物の生臭い匂いは薄かった。


 しかし、どこか血のような鉄分の匂いがほのかに香っていた。


「ほら」


 ほら、ほら、ほら、とさっき靄が呟いた言葉が空間の中で何回も繰り返される。


 眩い光が目を差し、その光景をしっかりと見ることは出来なかった。しかし光の中に、誰かが誰かを殺しているような風景が浮かんでいるのだと直感的に理解した。この血の匂いは確かに、殺しの現場においての特有の匂いだった。


 ちょっとだけぞっとした。背筋に悪寒が走る。この夢は現実に起こるのだとしたら私は、なんてものを見てしまったのだと、後悔した。


 大丈夫。


 ぺちっと、頬を叩く。これまでだってそうだった。この悪寒は常に未来を視る時付きまとっていた。


 これから起こるんじゃないか、それが変えられない未来ならどうするんだ。


 しかし、しかし、だ。全て変えてきたじゃない。視る、と言っても、私は変えられる未来しか視たことがない。


 だから、大丈夫。


「こんな悪い未来じゃない」


 これは誰の言葉だろうか。この視る空間によく響く声だった。その姿を見ようと、再び周囲を見渡すが、その姿は見ることが出来なかった。


 近くに居たあの靄から発せられる声とはまた違った雰囲気の声で、もしかしたら、私自身が希望をもって発した声かも知れない。


 ここはそういったものと混同して視る空間だ。ありえることだった。


 草を踏みしめ、リアルな空間に若干の気味悪さを感じつつ再び周囲を見渡す。変わらない景色に、苛立ち今度は体をくるりと回転させた。


 回転させる間に、ちょっとだけ良い物が、目を掠めた。



 それは誰かと誰かが会う夢だった。


 まるでボーイミーツガール。

 これは良い未来だ。


 ほっと一安心させたのもつかの間、目の前に現れた次の未来に息を飲んだ。


 今度姿を見せたのは墓だった。


 それはもうはっきりと視界にとらえられていた。四角く細長い寂れたお墓は、前に隣で寝ている彼と訪れた場所だった。

 とても縁のある場所だ。それはそれはよく縁がある場所だった。職業柄離れられない、そんな場所。


 それもこれも隣の彼のせいだ。


 恨み言を言ったって現状は変わらない。


 よくよくその墓を凝視してみる。細長い長方形のお墓は先祖代々使われているお墓だった。隣には私の良く知る人のお墓。その隣も、その隣も。


 見慣れた文字ばかりがある。


 灰色のよく手入れされたお墓がある。一本一本菊の花は供えられ、供養された人の色が菊に表されていた。そのどれも故人の魔法石の発光の色だと私は知っていた。


 魔法を使えば発せられるこの光を私は供えたのだ。その人を思って一本一本。


 私の右手にはホワイトブルーの腕時計は付けられていなかった。つけていたとしても、見たくはなかった。


 薄ら寒い季節なのか風が吹き、私の頬を冷たく撫でる。後ろで括られた髪の毛はこの時、括られておらず鬱陶しいぐらいに髪を揺らした。


 顔が冷たい。そんなことを気づいた。頬に感覚を注視すると、涙が風で冷たく乾いていた。それが風で吹かれて、頬を痛ますのだ。ちりちりと燃やすのだ。


 手には、誰かの墓参りに来ていたのか、水と桶がしっかりと持たれていた。たっぷたっぷと歩くたびに水はこぼれそうになる。足の砂利は足元の感触を克明に刻み付けてくれる。その足には力がなぜか入らない。


 この夢で最後だ。

 いつもこの夢で終わるのだ。


 正確にはこの未来で、いつも未来を視終わる。いつ何時起きていて視る時も、起きていないで今日みたいな夢として視る場合も、最後はこの未来だ。


 私の目はいつなんどきも、変えられる未来を選択し見せてくれる。だから、この夢だって変えられるだろう。


 信じて、いつもこの墓を歩くしかない。


 先に見えている、あの墓を目指す。そこは私の家の墓だった。彼はその家の分家だったけど、私達はその墓で静かに眠ることを許されている。


 そんなこと、どうだっていい。死んだら会えない。死んだら最後。

 なんて人も居るだろうけど『死』を間近で感じている私にとってはそう考える方が楽だったのかもしれない。彼とそうして死んだあともずっと一緒いるんんだって。


 決心して、最後の墓に辿り着く。


 大きな墓。彼のためだけに用意されたみたいな、そうであってそうでないお墓。


 私はそこに辿りつき、連なった名前に目を向ける。


 ああ、この人も。この人も。と、並んだお墓を見て悲しむ傍ら実際はこの墓のこの名前しか気が向いてなかった。


『黒木ハチ』

「あなた……」


 私の隣で寝ている彼、私の愛すべき夫。

 私、黒木香奈のまぎれもない夫の墓だった。







 隣で寝ている彼が音もたてず、瞼を開かせる。


「起こしちゃった?」


 ごめんね、と素っ気なく私は謝り、上着を着た。


 こんな夜更けに、しかも明日は春祭りだって言うのに起こしちゃ悪い。彼だって明日に備えているのに、更に私は申し訳なさを感じる。


「いや……最近この時間になると自然と目が覚めてしまうんだよ」


 ベッドの横にあるスタンドの下には薬の抜け殻と、透明なコップが置いてあった。


 明かりもついていないのに、私の目は冴えていた。視えた後はいつもこんな感じだ。よく見えすぎてしまう。彼がすぐ起きたことも、私の居場所も、魔法石の場所も。


「また薬を飲んで寝たの?」


 私は心配して優しく話しかけた。


 私はつくづく彼に甘い。

 本来の私はこんな言葉や、言い方、しない。相当甘いのが分かる。でも、仕方ないのだ。彼を思ってしまうから。


「ああ……」彼は曖昧に返した。「君は? これからどこへ?」


「これから、隣町のPLANT対策支部まで。私これでも支部長だから」


 あの動く植物PLANTを対処するために、出向かなければならない。今の私の支部内の人数では対処しきれない。そのために要請だ。


「いってらっしゃい」と言ったのか言葉がひしゃげて「いってらっさぁ」と途切れる。彼の思考は今し方消滅したのだろう。彼にいろいろ言いたい事とか、相談したいことがあったが、今日もお預けになりそうだ。


 こんな時に、そんな寝言のような挨拶をするなんて、そんな若い年でもないのに、こういうところがあるのがとっても可愛するいなあ。



「いってきます」



 魔法石はその場において私はその場を離れた。

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