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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第七話「雨が降って(少年と青年魔法使い)」

 翠と会った後、北西方向にある八年前の施設に目星をつけて、俺は殺人鬼を追った。途中施設までの道に一人、交戦中のやつを見かけた。


 植物が覆い茂る森。大きな木が邪魔をし、なかなか敵を捉えられず、一人相対する魔法使いは苦戦していた。相手の正体が掴めない。俺の目からするすると抜けていく。


 というのも、相手は次から次へ上、下、右、左、と次々動き滑空していた。と、思えば、地面を這いずり回り、交戦中の魔法使いをおちょくる。これはかなりの手練れだ。もしかすると何人も魔法使いを殺してきたプラントかもしれない。しかし相手をする魔法使いも相当で、プラントの動きを見越して先回りし、その影をとらえようとしていた。相手が少しでも立ち止まれば、すぐにでも打ち取れる。隙の無い構えだ。


 どちらも一歩も引かず、争う。


 ちらりと目についたが、相手はあの陰田皐月か。

 まだ若い容姿。体も未成熟で、筋骨は逞しくもなく、それでいて、弱い体格でもない。中肉中背で、一般にいう、雑誌や何やらに載っている優男と違わない。雨で黒い髪が濡れている。水も滴る優男。


 --アヤカが見たら、嬉しがる光景だ。

 

 部室で嬉しそうに嫌いだと言う幼なじみのことを語るあいつを思い出して、少し笑ってしまった。


 確か陰田の魔法は応用魔法だったはずだ。だいたいバランスよく何でもできる。だが、現状は雨で視界が悪く、うろちょろとゲリラ戦をしてくる相手は相性が悪い。あいつは他の魔法使いが得意とする認識を、勘でしか補えない。アヤカみたいに匂いで認識できるわけじゃない。常人だ。


 ここはあの施設の通り道だ。ここで戦っているとなると、俺は先に行けない。


 アヤカがここを通って何分経った。あいつが、あの残忍な殺人鬼が通って何分経った。戦闘中に通ったのか、それともこのさなかにここを通ったのか。もしくわ、陰田皐月の相手をしているやつがこの先に誘導したのかもしれない。あっち側にあの殺人鬼を招き入れるために。


 いや、それはない。確かに招き入れるだなんて、恐ろしい事だが、今はまだその時期でもない。今招き入れるなんて、味方陣営に大量に死人が出る。考えれば、デメリットでしかない。だがデメリットはあるが、メリットもある。少しでも可能性があるのなら、急いだほうがいい。アヤカもいることだ。


 ……なんでこんなこと考えているのだろうか。そんなこと俺にはもう関係ないのに。今動いているのだろうか。

 俺を「翔」と呼ぶ老婆は死んだ。中立は終わりだ。何人も、死んだ。亡くなった。もうプラントにも人にも深く関わるべきではない。それなのに。それなのに。


 考えても仕方がない。


 ひとまず俺はあいつらが戦っている間ここで大人しくしていよう。俺は対プラント戦には向いていない。道が開けるまで何もできないのなら待つしかない。


 幹を背に付け、ずるずると下にしゃがむ。

 ここまで大慌てで来たから、体が悲鳴を上げていた。細い体では何かと不便で、すぐに筋肉痛になる。筋肉の痛みぐらいならすぐに回復するが、いちいち鈍痛が起きているので若干邪魔に覚えるのだ。痛みが鈍いのにこういったものはすぐに感じるのは面倒だ。


 雨で冷えた体を木に寄せて雨宿りさせて、乾かす。


 ……ケケケッ、と辺り一面に大きな笑い声が響いた。どうみても嘲笑っている。あのプラントの笑い声だろう。


 途端、上から大量の蔦が垂れ下がって来た。目の前に細長い緑色の物体が突然入って来て、俺も戸惑う。その蔓は俺のことに気付いてのか、垂れ下がった蔓の先に幾重にも細い蔦を巻き、口の形を作りだす。緑色の蔦の口は大きく空いて、笑い声を発した。


 ケケケッ、と。


「お前はどこにもいけない俺を嗤うのか」


 俺が問いかけた言葉に、蔓は何も答えない。答えずにただ笑っているだけだ。笑い声は俺の内部に侵食し、脳内を笑い声で埋め尽くしていく。


 こいつにとって、この戦いは意味があるものではない。ただ魔法使いや俺を嗤いたかっただけなのか。だからこんな無意味なことをして、俺達を見下げて、戦っている魔法使いを牽制しているのだろう。


 歯を強く食いしばる。なぜか分からないが感情が動く。分からない方向へと痛む。目の前で嘲笑うこいつを壊したい欲求にかられた。


 目に光を写す。光の粒が空間中に舞う。浮かび上がる光の粒の中で色濃い場所を見つける。そこがこのプラントの核だ。これさえ潰せればこのプラントは死ぬ。鬱陶しい嘲笑も掻き消える。小さいプラントだ。蔦なんて俺一人でも殺せる。俺はプラント戦に向いていないが、殺せるはずなんだ。


 長い付き合いだろうが、俺がどちらに立とうが関係ない。この感情はどこにも行かない。目の前のこいつにしか、向けないように目線を合わせている。

 隠していた小さなサバイバルナイフを取り出した。


 刈ってやる。


 だが俺の感情もむなしく、すぐにその嘲笑はやんだ。俺が対面していた蔦は口の先からはじけ飛ぶ。俺の頬に蔦の残骸が張り付く。


「俺が出来る限り小さな粒子を作りそこら中に広げた。粒子は内部に侵食して、俺の合図とともに、はじけ飛ぶ。核がどこにあるか分からないが、これでおしまいだ」


 陰田皐月の雨の中、声が響く。木に茂った葉が雨を遮っている。とすれば、雨がない中微細な粒子を飛ばすのは簡単だ。粒子は雨にさえぎられない。


 ケケケッ、と陰田皐月の言葉を聞いて、蔦は再び笑った。森中にすっと響き渡る。

 どうみても終わりだ。核の位置もすぐにばれる。それなのに、笑い続けている。


「お前は、あの時姉ちゃんを殺したやつだろ」


 陰田皐月は木の上に居る本体を睨みつける。森の中の蔦の一本を、皐月は恨んでいる。

 奇しくもそれは俺が割り出した蔦の本体だ。


「やってやる。お前のことを、八つ裂きにしてやるぐらいでは腹が収まらない」


 ケケケッケケケッケケケッ、と蔦はわめきたてる。森の中で葉っぱがこすれ合う。葉の音と雨の音が混じりあい、気持ち悪くなる。頭がやられる。もうすでにくらくらと頭をもたげていた。


 こいつも魔法型、魔法を使えるプラントなのだとしたら、これは幻覚であることもあり得る。幻覚? それが使えるのならば、本物に交えて、幻覚をしのばせることが出来る。核の位置を誤認させるぐらい、お手の物だ。

 俺が見たあの核の位置と、皐月が見ている核の位置では場所は同じだが、もしかしたら、この位置ですら間違っている可能性もある。俺もあいつも誤認させられているのかもしれない。


 俺は立ちあがり、皐月へと顔を見せた、瞬間空間に膨大な光の粒がきらめきだした。目も当てられないほどの光の爆発。目を閉じた。吹きあがる風に乾いた服が揺らめく。短い髪が巻きあがる。


「なんだお前、ずっと隠れて出てこないと思っていたのに」皐月のひねくれた低い声がする。


 目を細めて開けると、髪をかいている皐月の姿があった。への字に口を曲げて、眉も顰めている。ほそっこくも大きな体ではない。ちゅうくらいの大きさの青年が投げやりにゆらっとふらついた。


「何逃げられてんだ。だっせぇ」ぐっと皐月は堪えて立ち上がる。

「あいつはやっぱり逃げたのか」


 問いかけると、鋭く睨めつけられた。明らかに不機嫌だ。


「逃げた、逃げた。お手上げだ。多分俺と同じ『破壊』も『創造』も『修復』も魔法でやってのける。姉ちゃんの力だった」


 強敵だ。陰田皐月が逃がすとは、古参のプラントだったのかもしれない。十年前から生きていたのなら、それもあり得るし、あの魔法の使い方も納得がいった。上手いのだ。幻覚も現実も認識させるのはあちらが一歩上だった。


「お前は?」と、言葉に皐月の溜息が含まれる。

「俺は、類を探してる」

「あいつなら……」


 皐月が後ろの獣道をちらりと見た。確信していなさそうだが、皐月の勘に違いない。こいつの勘は信頼できる。皐月が感じたのなら、俺はもう乗っかるしかない。


「アヤカが木のさっき上から通ったし、鉢合わせしているだろうなあ」

 皐月の意地悪は続いた。

「俺はさ、八年前の当事者として言わせてもらうが、お前は過保護すぎんだよな。別にアヤカ自身の記憶で罪悪を感じようが、何を思おうが、アヤカの勝手だろ」


 なら、俺は思うはずだ。

「類が誰を殺したって、アヤカが殺されたって、お前は平気なのか」と。


 皐月の返答はない。本当はどうだっていいと思っていることぐらい分かっている。アヤカのことも、俺のことも世界のことも、こいつら魔法使いはどうでもいいんだ。狂っているから。


 政府も、街も、黒木家も、魔法使いも、俺にはどうだっていい。ただそこにある命や思いを守れたらいい。平和でありたいだけなのに。だから拙い感情で、人と嫌々交わろうとしているのに。どうしてそれが分からないんだ。


 俺は類がアヤカを殺すなんてことは耐えられない。傷つけたくない。できれば、人の命が尊くあってほしいし、簡単に壊されたくない。


「……平気さ」


 皐月の遅めの返答がくる。その返答に心臓を揺さぶられた。冷たい氷の刃が射抜いた。続いて来る皐月の乾いた笑いに、歯ぎしりする。ケケケッと先ほどのプラントの笑い声が思い出された。皐月が蔦と重なって見える。


「今、俺は昔の復讐相手を見つけて最高に歓喜しているんだ。あんまりしょうもねぇこというなよな」


 皐月は大きく手を振り、手に持っていた割れた魔法石を放り投げた。魔法石からは光の粒が漏れ出ていた。あの老婆から死ぬとき漏れ出ていた光が見えていた。


「俺は、俺の範囲内で守れればいい。命なんて、俺の見ている中の命だけ尊くていい。それ以外の命なんてへでもない。ましてや、アヤはそれを勝手に選択したんだ。俺のしったことじゃねぇ」


 ――違う。


「違わないさ。お前だって、そうしてんだろ。目の前に居る人しか救えていない。ただ、お前の場合目の前に居る物すら救えていない。仇も取れていない。アヤカの中にお前の記憶がないのは、お前がその程度の存在でしかないからだ。お前の存在なんてものはその程度の価値しかねぇからだ。救われる価値なんてねぇからだ」


 ――違う。


「そのくせ大層に言葉を紡いでいる。本当の所自身の感情が分からなくて、知りたいってだけで、『救う』ことをただ場しのぎの理由付けしてるだけなんだろ。薄っぺらい化け物な自分を受け入れたくねぇんだ」


 ――違う。


「お前の命は全くの無価値だ。お前の感情はこの世において一番無為なものだ。なあ、何でお前は此処に居んだ? 何で生きてんだ?」


 口が悪いんだよ皐月は。


 俺は、言葉では、かなわないんだ。

 感情も分からない。


 老婆の思い? 

 傷つけるのが許さない?

 ここは俺の友達が居る場所だから? だから救う?

 その場しのぎの『救う』理由を振りかざし、人っぽくしているだけ。

 いっちょ前に感情を持ったふりしていただけだ。


 俺はどこまでいっても変わらない。奴が言った通り人ならざる者。





 ――空っぽの化け物だ。





 体が震えていた。口が開かない。それなのに、今俺の表情は上手く作れず無表情のままだ。


 本当の所、俺は人の命なんてどうだっていいと思っているのかもしれない。さっきからてきとうに理由を付けて、動いているだけだった。俺の行動原理は、一体どこにあるのだろうか。


「これじゃあ、言葉を授けた奴が浮かばれねぇな」


 皐月の声で流れる痛い言葉は、本当に皐月本人が言っているものなのか。はたまた俺が言われたくない言葉を脳内で流しているのか、もう分からなかった。

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