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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第七話「雨が降って(少女と血濡れの街)」

 街は閑散としていた。


 皐月ちゃんと、香奈さんを連れて手近にある家を一つ一つ調べて行っても、誰も人が住んでいなかった。むしろ住んでいない状態が何年も続いていたみたいで、家具は埃を被っていた。


 八年前、こんな大きな村が隠されていたのが不思議だった。人が住んではいないが、誰かが住んでいても不思議でないほど設備が整っていて、次の日からでも住もうと思えば住めた。むしろ皐月ちゃんにここに住まない? とか言ってた気がする。

 しばらくして探索するのも疲れてあたし達は家の一つに入って、一休みした。


「人が居ない」


 皐月ちゃんの声が思い出される。あたしのさっきの考えは皐月ちゃんがそう言ったからかもしれない。本当は此処が村の入り口だからで、奥には確かに人が住んでいた。あたしは人を人だと思ってなかっただけだ。


「いないねぇ」


 皐月ちゃんの腕に縋りついて、あたしは騒いだ。


「アヤカ、本当に人はいないんだな」皐月ちゃんが確認する。あたしはうんと元気よく返した。それでも皐月ちゃんの不安そうな表情は変わらなかった。「じゃあ、なんでこんな血生臭い匂いがするんだ」


 勘がものをいうのか、皐月ちゃんはずっとあたしの方を見ない。皐月ちゃんだって怖いんだ。この時は、もう気づいてたんだ。ここの村に大きな魔法の反応があることを。皐月ちゃんは魔法に関しては反応が速い。遠くに居ても気づくほどに。

 香奈さんの表情もすぐれなかった。ずっと俯いて何かを見ていた。


「黒木さん?」皐月ちゃんが聞くと、気づき顔を上げた。

「陰田くん。ごめんなさい。ちょっと視てたの」

「何を視てたんすか?」


 額に手を当てて、香奈さんはさっきよりもっと青ざめた顔をしていた。手が小刻みに震えている。


「は……か……」


 吐き出された言葉にあたしは「お墓」と元気よく返した。すると香奈さんはううん、と頭を振り、苦笑して見せた。


「いつも通りだから気にしないで。それより、こっち来て」


 皐月ちゃんの肩腕をあたしは占領していた。困った香奈さんはもう片方の腕を掴みかかり、引っ張る。鋭い目つきになっていた。瞳が告げていた。やはり「墓」だけではなく、もう一つ何かを見ていたのかもしれない。


 村の大通りに出る。大通りの右左には寂れたコンクリートの家が建っていた。入って来た入り口にはかやぶき屋根がちまちまとあったが奥に進むにつれてコンクリートの家や白い壁の家が多くなってきた。


「いって」と、唐突にあたしの手を振り払い、皐月ちゃんが頭を抑える。

「入って来た時ものがもう一回あったのね」


 香奈さんが心配して足を止めて、皐月ちゃんの頭に手を置く。あたしはその光景にぶすっと頬を膨らませた。


「でも、もうちょっと我慢して。この先にきっと君の香った血の正体があるはずだから」

「血の正体?」

「薄い膜のようなものがあって、二人には見えてないんだろうけど、私には見えるの。薄っすらだけどね。この村、先に赤い光景が広がっていたわ」


 足元の砂は、黄色く乾いていた。赤なんて見えない。あたしの大好きな色はこんなに明るくない。

 あたしは他の物を見ようと顔を上げた。


 白い人工的な真四角の家々が建ち並んでいた。どれも一様に同じ形で整然と並べられている。歩いてきた道にあるコンクリートの濃い灰色とは対照的だった。まるで最近作られたかのような場所だ。足元は白と黄色交じりの砂が敷き詰められている。さらっとしたその触感は冷たさとガラスのようなつるっとした手触りがあり、どことなく人が作ったのかもしれないと感じ取れた。


 全てが人工的だった。大規模な実験場。今は分かる。ここは政府の管理下にあったのかもしれない。それなら今まで気づかれずにあり続けた意味が分かる。


「ほら、赤だわ」


 香奈さんが指さした先に血塗られた家があった。左側の家だ。四角い白に、透明な水色の窓が取り付けられている。外からでも見えるその窓は割られ、血が滴っていた。よくよく見て見るとガラスの破片が剣のように壁や地面に突き立てられ刺さっていた。ぎらりと光る破片は一欠けらも、突き刺さっていないものがない。

 気づいて右側を見ても同様の景色が広がっていた。


 認識を確実するため、皐月ちゃんは頭を振った。私も同じように振った。


「ここは……」


 皐月ちゃんは言葉を失った。


「すっごい。アトラクションみたい」続けてあたしののんきな言葉。


 切り刻まれた死体が転がっている。黄色と白の砂は全て赤に染まっている。血の生臭い香りが香っている。肉塊でしかないものがある。全てに刃物が刺さっている。あらゆる種類の刃物と言う刃物が肉に刺さっている。肉は切り刻まれて原型がないものまであった。その肉が奥の一際大きな四角い施設までところせましと並んでいた。白だと思った人工物の白い家は赤色に代わっていく。

 皐月ちゃんは挿げ替えられた光景に唖然とし、動けなくなっていたみたいだった。


「見えた? ちょっと陰田くん聞いてる?」


 何も皐月ちゃんは答えない。

 しびれを切らした、香奈さんはすぐに口を切る。


「危ないから、陰田くんとアヤカちゃんは此処に居て。何かあったら、陰田くん、あなたがアヤカちゃんを守るのよ。私は奥にあるあの大きな施設を見て来るわ。もしかしたら此処の場所を統括している場所かも知れない。それに、生き残っている人がいたら助けたいから」


 大丈夫? と皐月ちゃんに聞くとやっと現状を受け入れた皐月ちゃんがぶっきらぼうに頷いた。


 香奈さんがここを立ち去らなかったのは、それなりに力に自身があったからだろう。皐月ちゃんも居た。当時の支部三強メンバーの二強が集まっているしね。もう一人は皐月ちゃんのお姉さんの水無月ちゃん。あたしはまだ入ってない。


 香奈さんは丁寧に、それでいて大胆に死体を踏み越え、大きな建物まで進んでいった。


 あたしは香奈さんにも皐月ちゃんにも納得いってなかった。二人ともあたしのことなんておざなりにしてことを進めていた。あたしがこの場所を見つけたのに。もっとここで遊ばせろ。なんて考えてたりして。仕方ないから近くの魔法を見た。


「見て、皐月ちゃんあっち、あそこすごいよね。あんな魔法の使い方あるんだよ」


 あたしが見やった先は、さっきのガラスの破片。それにあらゆる種類の刃物の数々。あたしは感動する。こんな大きな破壊が出来る創造された武器が勢ぞろいしている。


「魔法なんだな」皐月ちゃんが驚いたのか呟いた。

「うん。魔法だよ」


 刃物は次第に壊れていく。輪郭の端からぽろぽろと光の粒が出ていた。だがまだ刃物自体が壊れる時じゃなかった。まだ刺さったまま。つまり、この魔法が展開されたのはつい先ほどで、この死体も先ほどまでは生きていたことになる。


 なんてすばらしい事なんだろうか。この魔法を使った人はどこにいるだろう。当時の私はわくわくしていたに違いない。早く会いたいなんて、考えていたに違いない。未だってある感情だもの。分からないわけがない。当時のあたしほど愚かな生き物はない。


 皐月ちゃんといちゃいちゃしていると、こっちに近づいて来る影があった。最初は香奈さんが戻って来たのかと思ったけど違った。その影は香奈さんほど小さくて細くはなかった。それに来ている白い服が赤色の血に染まっていたから、明らかに違うって分かった。違うけど、合ってた。


 この施設の奴らをやった殺人鬼が、やってきた。

 あの殺人鬼であっていた。


 当時から見た目が変わらない。大きな体躯に、黒が似合う雰囲気の男。血が降り注いでもその黒は変わらない。のっそのっそとけだるげに歩いているのは違う。でもこの記憶で分かった。



 翔と二人で見た、電灯の袂で猫を刈っていたあの殺人鬼の姿と寸分たがわず変わらない。



 名前はきっと『るい』。

 ほらやっぱり八年前に、あたしはもう会ってた。合ってたじゃない。あたしの予想も、翔に突っかかる理由も合ってた。


 当時の殺人鬼は翔と二人で会った時ほど意気揚々としていなかった。ひどく不機嫌で、宙にずっと刃物を浮かせていた。その刃物も、もう死んでいる者にも刺して回っていた。右手で猫をつまんでいた。首のない猫だった。


「アヤカ」


 逃げろと皐月ちゃんは合図したけど、あたしは引かなかった。

 あたしは気づいてしまっていたから。彼が、この殺人鬼が何でこんな悲しいことをするか。見た瞬間、分かった。隣の皐月ちゃんより、ずっとずっと、殺人鬼の大切にしたい思いが見えないことに一人、悔しかった。

 彼の思いがこの血のありさまだったなんて、誰も知らなかった。その行動にあたしは惚れて、あたしは悲しんで、どんどんさっきのワクワク感を焼失させた。


 ああ、あたしあの人に言わなきゃ、と思った。あの殺人鬼を感じた。


「あれはいけない。アヤカ、聞け」


 ねぇ、皐月ちゃん。


「アヤカ!」


 あの人……


「アヤカ!!」


 皐月ちゃんが動こうとしないあたしを見かねて、後ろに押しそうとした。でもね、そんなものあたしなら簡単に避けること、皐月ちゃんなら知ってたよね。


「ごめんね。皐月ちゃん」


 あたしはひらりと避けて、魔法石を意識し肉体を強化した。で、思いっきりぐーで殴った。皐月ちゃんのお腹を思いっきり。皐月ちゃんの体は吹き飛び、赤くなった家の壁に背を叩きつけられた。


 あたしは彼に向き直る。

 あたしは彼の瞳を見る。


 運命の赤い糸でぐるぐる巻きにつながっていたいほどに、もうこの時には彼が好きでいたのかもしれない。

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