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PLANT-プラント-  作者: 千羽稲穂
第一章『青春と葛藤と恋愛と…』
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第七話「雨が降って(少女は殺人鬼を探す。)」

 赤色の傘を差す。


 今日はいつもよりも植物達プラントの香りが強かった。

 昨日までなりを潜めてたはずなのに。

 どうしてだろ。

 こんなに香り強くなかったはずなのに。



 どうしてだろ?



 あたしは、そんなことを考えつつ、それでいてあの人に今日はあえるだろうか、なんて考えて登校日でもないのに、学校がある街の周りをうろちょろしていた。


 あたしが持っている赤色の傘の柄の部分には『ふじむらあやか』と油性ペンで書かれている。

 この傘はあたしが小学校の頃から使っている傘だ。物持ちが良いのはこの傘だけ。他の物はいつもすぐになくなってしまう。だから宝物だ。変わらない昔の宝物。これだけしかない。


 傘を肩にもたらせながら、私は街を歩いた。商店街を通り抜けて、誰もいない廃墟へ。廃墟を散策していたら、大きな木が見えて、木をよく見てみようと歩いていると、知らないうちに支部の前まで来てしまっていた。

 支部は相変わらず大きい。透明のガラス張りになっている一階部分。二階からはシークレット仕様になっている。四角いビルに突き抜けているのは大きな木。その大きな木は、枝葉を伸ばし、ビルを雨宿りさせている。


 ぽつぽつと傘に雨の音がする。水が弾けて、傘を伝う音が私の耳に馴染んてくる。


 これからどうしようか。



「もしもし」



 と、その時背後から聞きなれた声が聞こえて来た。あたしはすぐに近くの廃墟に飛び移る。


 びしょぬれになったけど、まあ、見つかるよりもいいかな。


 そこから、声の主を見る。

 見た目は少しだけ若めの女性。雨にさらされながら、携帯電話を片手にきょろきょろと辺りを見ている。後ろ手に結んだ黒い髪の先から、雨がぽとぽとと落ちて、コートに水滴を垂らす。茶色のコートを羽織っているのに、それがおじゃんになってしまいそうな濡れ方だ。もったいない。


 いつもは人にあーだこーだうるさい人なのに、今はそんなことどうでもいいぐらいに焦ってる。一体何が起こっているのだろうか。この人がこんなに取り乱すところなんて久々に見る。


 そこでぴーんときた。


「黒木支部長が動いてる」

 電話しているのはきっとどこかに応援を要請しているんだ。


 あたしは思わず呟いてしまった。バレていないか黒木さんの方を見る。どうやらあたしがいるってことはバレてないらしい。変わらず電話をかけ続けている。


 黒木支部長が焦って、動いて、いやこれは要請しているんじゃない。……何かを探しているか、誰かに会話を聞かれないか警戒しているのかも。と、いうか探している時点で、未来視の範囲外なんだろうなとは分かるんだけど。


 けどあんなに警戒する事とか、動くことって、しかも取り乱すことって何があるだろう。

 あの人プラントの前でもでもあんまり取り乱さないのに。


「もしもし。黒木」うん、と支部長は一回頷く。「そう。黒木香奈の方」


 あたしは耳をすました。



「石田さんが亡くなったの」



 ……石田。


 あたしの胸がきゅっと縮まる。一瞬翔を思い浮かべて、でも『さん』なんてつけるなんてあの人しかいないでしょ? と思って、より強くあたしの大好きだったあのお婆ちゃんを思い出した。


「駄菓子屋のお婆ちゃん」


 ああ、そっか。やっぱりか。

 あのおばあちゃんがって、ちょっと悲しくなった。あたしもたくさん思いであったから。お婆ちゃん、そう言えばこのところ体調も悪かったし、仕方がないよね。


 それなのに、やっぱり思い出す。


『一番悲しいのは、死んで別れることや』


 優しくなでてくれたお婆ちゃんのことを。


『だから、大切にしーや。あんたの身近な人も、今の気持ちも』


 ほっと胸を撫でおろして心を無理やり落ち着けさせる。人が死ぬぐらい当たり前なことなのだ。どうして今こんなにたじろいでしまったのだろうか。この言葉の時そんなに印象が残っていたのだろうか。


 でも、でも……この言葉っていつもらったんだっけ? あれ? そう言えば、あたし、お婆ちゃんと会ったのはいつもあの駄菓子屋でお菓子を買う時や、ふらっと気ままに立ち寄った時ぐらい。あたし、あのおばあちゃんと真剣に話したことあったっけ。風邪の時訪問したけど、ぜんぜん話せてなかった。なんであたしにこんな大切そうなこと言ったんだろ?


「多分、今日中に動くよ。プラントも……」


 黒木支部長さんが真剣な声色で電話の相手と話す。


「ううん。今日は視てないけど……陰田くん……」


 黒木さんの電話の相手は、皐月ちゃんだった。

 あたしに、皐月ちゃん、支部長さんでなんだか既視感があるメンバーだ。どことなく懐かしい。


「シロから連絡があったの。類がいないって」


『そりゃ、やばいな』皐月ちゃんの電話越しの声が大きく響く。『ここ数か月いなかったけど、ようやく見つけたってのに』


 やばい、なんて言ってるのに、皐月ちゃんの声は楽し気だった。この状況を楽しんでるみたい。あたしもドキドキしてる。類ってもしかして……あの殺人鬼かもしれないって思って。

 そんなことないのに。でも、なんとなくつながりそうだったから。



 もしかしたら今日会えるかもしれない。



 皐月ちゃんの電話越しの声が萎む。


「そう……このことは誰にも言ってないけど……そう、私の方はプラント対策に向けて急遽人員を集めるから、陰田くんも探してくれない?……って、そんなこと言ってもまたサボる気でしょ? あーどうしよ」


 困り顔の黒木さん。じっと見てたら、探したくてうずうずしてきた。今にも跳びだしそうな気持になる。思わず見てられなくて、ちらっとあたしは赤い傘を見た。そこにはやっぱりいつもと同じ赤い傘がある。ぎゅっと握ってみる。何か吹き出しそうになった。あたしは目をつぶって、今度はその何かにあたし自身を浸してみる。


 この傘を差しかけたい人が居た。

 赤い赤い血の上に立つ彼の姿があった。


 はっとなって、目を開けた。


 支部の前ではまだ黒木さんが困っている。何かしら対策を取らなければならない。でも、取れない。そんな感じ。

 今なら、あたしが探せばいけるかもしれない。


 ごくりとつばを飲み込み、あたしは立ち上がった。傘を握り、廃屋から出る。魔法石に力を込めて、体を強化して廃屋の屋根に飛び乗った。ずるっと少しだけ滑るけど、足に力を入れて止まる。



 行くしかない。



 雨粒が傘に当たる。ぽつぽつとした音が頭上の傘から鳴り響き、それがあたしの心を駆き立てた。

 早くしないと、この雨が匂いをかき消してしまう。


 そんなこともないんだけど、やっぱり早いに越したことはない。


 あたしは屋根から屋根に飛び移った。

 背後から「アヤカ?」と支部長さんの声。

 どんどん背景が遠ざかっていった。



 □□□



 かごめかごめ

 かごのなかのとりが

 いついつであう

 よあけのばんに


 うたっているとさ月ちゃんが、後ろから、かたをたたいて来た。


 これはいつだったっけ。あの日の記憶。たぶん、ずっとずっと前のこと。あたしが夢だって思ってたこと。夢なんだろうなってまだおぼろげなんだけど、でも、違うのかもしれないって、思ったかすかな記憶だ。


 あたしは自分の家の前の道路で蹲っていた。手には赤い傘。柄の部分に『ふじむらあやか』とあたしの名前。それはお母さんが書いてくれた名前。まだあたしが、漢字が読めないだろうってことから、きちんとひらがなにして書いてくれた。


 あたしは道路の真ん中でじっと傘に当たる空の涙の音に耳を澄ませていた。すると聞こえてきた。ずっとずっと向こうから、変な声と悲し気な重たい粒が降っている音が。


 そこで皐月ちゃんがあたしに近づいて、肩を叩いた。


「そんなところで何してんだ」

「あーやっぱり皐月ちゃんだ。知ってたよ?」


 あたしは皐月ちゃんが近づいてくることを匂いで気づいてた。だから、くすくすと笑って、皐月ちゃんを困らせる。皐月ちゃんはこの時もう、あたしの特別な鼻も、力も気づいていたんだろう。だから、何も反応せずにああ陰田皐月だとだけ返した。


 あたしは皐月ちゃんのこと何も知らないで、皐月ちゃんが言ったことをうーんとね、と考えて、なんとか説明するように考えた。


「雨の音を聞いてたの」


 道路にはおおきな水たまりができていた。でも、上からでは見えない。あたしがしゃがんでいる方から見ると、透明な鏡のように反射して曇り空が克明に写しだされていた。不穏な灰色と、道路の色が混ざり合い、一つの絵を完成させている。

 水たまりの傍にあるあたしの足には赤い長靴。皐月ちゃんの方を見ようと立ち上がると、かぽっと音がした。お姉ちゃんのおさがりの長靴はあたしにはまだ大きかった。


「ほら聞いてて」


 ぼつぼつと傘に雨が跳ねて当たる。



 ――かごめかごめ籠の中の鳥がいついつ



 ぽとんぽとんと傘に跳ねた雫が、傘の表面を滑って、端から零れていく。



 ――出会う。夜明けの晩に。つるとカメが滑った。



「後ろの正面だぁれ」


 あたしは微かに聞こえる声に合わせて歌った。とても美しい伸びやかな歌声だったのだ。それが雨を下地に聞こえてくる。可愛らしくもあったし、和やかな気分にもなった。


「かごめ?」皐月ちゃんが首をかしげる。「そんな歌聞こえる?」

「うん、なんかね。今日の雨はね、歌ってるんだ」


 ふーんと皐月ちゃんが頷く。まあ、こんなの子どもの幻聴だ。この声の正体はあたしには分からない。ただ聞こえただけ。子供は、そう言うのを全て世の中にあるものとしてとらえる。例えば、前世の記憶。前世の記憶なんて夢と混同しただけだ。あたしのこの記憶もそう。それと一緒だって思ってる。


「アヤカ、俺今からバイト行くんだけど、来るか?」


 そう言えば皐月ちゃんは一人だった。他に誰もいない。いつもなら誘ってくるのは皐月ちゃんのお姉ちゃんの水無ちゃんのほうだった。でも今は皐月ちゃんだけだった。

 不思議に思ったけど、その時のあたしの皐月ちゃんの評価はとても良かったから、イケメンのお兄ちゃんと二人でパトロールって考えたらとっても嬉しくて、うんっと元気よく頷いた。


 今にして思うと皐月ちゃんも皐月ちゃんで一人は寂しかったのかもしれない。


 このパトロールに出かけるため、あたしと皐月ちゃんは隣町まで一緒に行った。楽しくて、皐月ちゃんが引っ張ってくれる手は温かかった。パトロールに出かけるためにに支部に戻って知らせに行くと、なぜか現支部長の黒木香奈さん現れて案の定げんなりするんだけどね。


 思い出してくる記憶。とっても温かかったのに、なんで忘れようとしているんだろう。まるで夢の中みたいにふわふわしてる。

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