プロローグ:ご
高校登校、初日。
新品の着慣れない制服を身にまとい、アパートを出る。
何度も鏡を見直し、寝癖になっていないか確認した。携帯も、鍵もある。火元も消した。魔法石も、ポケットに常備されている。
しっかり確認したことを何度も考えながら、俺は幼馴染が待っている集合場所まで歩いた。
春祭りとは違う清清しい春だった。
桜の淡いピンク色が散りゆくさまを眺める。ピンクカーペットになった道は歩むのがはばかられたが、新たな門出ということであえてその道を選び、踏みしめた。
型がついていないのかブレザー何度も擦れる。手のしわに浮き出る汗はぬめぬめとして気持ちが悪い。薄く何も入っていない鞄に不安を覚えた。
集合場所までの慣れた道のりを歩む。
その道の果てにいるブレザー姿の幼馴染二人による。
手を上げると、こちらに気づいた幼馴染の一人である少女が柔らかく笑った。隣の少年は俺のことをみるとほのかにしかめっ面になる。
少年は俺が少女の隣にいることに少しは嫉妬しているのかもしれない。表情にはでないし、そういう露骨な感情もあらわさない幼馴染だけど俺は長年の付き合いから端の端ぐらいの反応は分かっているつもりだ。
「誉、遅いよ」
少女、盾倉矛月が緊張しつつ、喜びの感情を言葉に混ぜた。
「お前らが早すぎるんじゃねぇか。まだ集合の十分前だ」
「だって、登校日初日だよ。気になるよ」と反論してくる矛月。
「俺も矛月に同意」と便乗するのは坊主頭の野球少年、唐崎祐。その言葉の端で「俺じゃあ、いけないんだから」としょぼくれている。
正直俺は矛月に対して祐のような気はない。逆に応援している方だ。
俺は、好きな子がいるし、祐のことも応援している。頑張れ、とは言えないがきちんと成り行きは見る覚悟はある。
「それより、絢ちゃんだよ絢ちゃん」
矛月が満面の笑みをまき散らす。
その時、俺たちの周りで桜の花びらが一斉に散った。風が強く吹き、矛月の黒い髪が巻き上がり、スカートが翻って、太ももがちらりと見え、桜のカーペットが崩壊する。巻き上がった花びらはひらひらと世界を彩った。
思い出すのは苦労の塊だ。
あの後大変だった。
あの後、つまりは矛月や祐が早めに退散して、藤村と俺が喧嘩した後だ。
言い合いにけりはつかなかった。藤村も一歩も引かなかった。しかしあの場で言い合うのはさすがに魔法使いたちには邪魔だったようで、魔法使い達、数人がかりで無理やり藤村は引き釣り下ろされた。
それで止まる俺達ではない。
俺達は喧嘩しつつ靖神社に戻った。陰田先輩が現場の検証が終わった後、俺達を見に来て藤村を無理やりに連れ帰った。
この無理やり、言葉通り『無理やり』で魔法使いは本当は他人を傷つけることに魔法を使うことは許されていないのに、喧嘩になるところを両成敗という形で先輩が物理的に魔法で止めに入ったのだ。
これには流石の俺達も驚き、対応できなかった。
お互いが両成敗、つまり気絶したところで先輩が藤村を負ぶって帰ってしまった。そのせいで勝負はつかなかった。
その事実に俺が気づいたのは、次に目を覚ました翌朝だった。
そこから準備するのだが、いかんせん体が重い。夜遅くまで言い合っていたせいか、寝不足で祭りの二日目を行うことになってしまった。
二日目は神社にどこからともなく現れる魔法石を参拝客に配る仕事だ。俺達の街はやや特殊でこの魔法石がどこからともなく現れる、魔法石の産地だ。このため参拝客、観光客が多く、対応するのも気疲れが生じてしまっていた。
おそらく寝不足で倒れる寸前だった。こなした俺に称賛をしてほしい。
嫌なとばっちりを受けた。
一生藤村とは関わりたくはない。
矛月が鞄を持ち直し、風で巻き上がった黒い髪を整える。耳に髪をかけるしぐさをすると、俺の大っ嫌いな話をつづけた。
「絢ちゃんに、また逢えたらいいなあって。今、祐と話してたの」
ね、と祐に目配せすると祐はまんざらでもないように上機嫌になった。嬉しそうに矛月と笑みを見せて、うんとうなづいた。
「そんなやつ忘れた」
不満たらたらに言ってやるが、矛月は反応しない。それに乗って、隣の祐も坊主頭をかいて、矛月から向けられる瞳に照れて、俺のことなんか目もくれない始末だ。
なんだかやるせない。
「あー、また会いたいなあ。絢ちゃん」
「その名前聞きたくねぇ」
耳をふさぐが、彼女の声ははっきりと聞こえた。
矛月はああいう明るい女の子が好きだ。多分憧れを抱いているのかもしれない。また会いたいなんて、その典型的な感の矛先だ。
「まさか同じ高校だったりして」
冗談っぽく祐が告げた。
「まさかまさかの同じクラスとか」
矛月が楽しげだ。
まさかまさかのまさか、そんなこと俺が許さねぇ。
次会ったららきっと、俺はこの運命を呪ってやる。
「やめろおおおおおおおおおおおおおお」
音を上げる俺声が周囲に響いた。
――その後、誉が学校に着きクラスの名簿に『藤村絢香』という名前を見つけ愕然とするが、それはまた【未来】のお話。